オムニバス世界

音三

どれもこれもが頭の中の独り相撲


【どれもこれもが頭の中の独り相撲】



 ざあざあと雨が振り出したのは今から一時間くらい前のことだ。

朝から出向いた図書館、窓際の一人席を確保。平日ということもあり疎らな利用者と本棚を縫いながら次の仕事に使う資料を探していればあっという間に時間が過ぎる。


 ふと腹の虫が鳴きそうになりスマホを見れば午後一時だという。何か食べるかと本を閉じ、おもむろに顔を上げれば窓についと雨垂れの跡を見付けた。数えるほどだった筋は見てる間に数を増していく。そうして降り始めを見届け本降りな今に至る。


 机の上に持ってきた本はお堅い技術書と実用書。そして癒しを求め見付けた世界のネコを特集した写真集。成人してしばらく経つが、動物と意識的に触れ合う機会はとんとない。ゴミをつつくカラスや公園の鳩。路地を横切る野良猫に飼い主に連れられて闊歩する犬。どれも見ることはあっても触れる対象ではない。


 雨は勢いそのままで止む様子がない。ペラリと適当にめくった写真集には三毛猫がカメラマンを振り返る姿があった。


 日本とは違う町並み。先の道が何に繋がっているかも分からない路地。レンガを積んだ独特な造りの家々が密集し、カラフルな布が這わされた紐に吊るされて風に靡いている。窓辺の植木鉢やプランターに並々と草花が植えられ穏やかさをプラスしている。晴れ間の天気雨だろう雨粒がキラキラと辺りを光らせ、祝福を与えるエフェクトのようだった。


 きっとこういうのを異国情緒というのだろう。殺風景なコンクリートジャングル、光を照り返すガラス張りの高層ビルに馴染んだ目には、とても色鮮やかで美しい景色に見えた。三毛猫が住む町。たった一枚のその写真の中に生き物はその猫だけなのに、人々のにぎやかで温かな愛も当然のように溢れ存在していた。


 この暮らしを疑問に感じたことはない。生まれてこのかた地元を離れたことがないから他所がどういう環境かなんて詳しく知らない。知って、比較して、羨んだり憧れたり。同時にこちらが優位な部分をどうだと得意気になったり自慢したり。自分の変わらない世界が少しでも良いものだとレビュー付けるために、競争相手に優劣をつけて悦に入るのだ。


 馬鹿馬鹿しいのに自分の意義のために比較する人生。この猫の姿はわたしと一生交わることはない。どんよりと黒めいた雨雲と雨が図書館にわたしを閉じ込める。この猫は雨をシャワーのように浴びながら優雅に世界を堪能しているのに。


 世界の広さに怖じ気づいて安全な箱の中にいるわたしにはお似合いだなと鼻で笑った。


 雨はまだ止まない。

 わたしの腹の虫の合唱もまた止まない。

 貸し出し手続きのためにカウンターへ行こう。

 一歩、気ままな猫のように踏み出すのも悪くない。

 豪勢なランチを食べて、わたしの人生にも色を付けよう。




【終】

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