やっぱり怪しいと思ったんだよ!

 懇親会は勉強会の後に居酒屋で開催されることになっており、下谷さんは不参加で、受験者だけで集まって、飲みながら交流を深めるのが恒例だった。


 私も懇親会に参加してみたものの、参加者はイケメン男性ばかりなものだから緊張してしまい、周りを見る余裕もなく、黙って飲食し、たまに愛想笑いを浮かべるだけであった。

 だが、何度か参加しているうちに緊張も取れてきたようで、トイレに立ったときにとうとう見てしまったのだ。居酒屋の片隅でマリコが男性参加者の股間に顔を埋めているのを。

 マジか。ここ居酒屋だけど、マジなのかマリコ。衝撃のあまり、私は何も見なかったことにした。現実を受け止めかねるというか。


 その後も、飲み会のたびにマリコのご乱行というか、ハレンチなものを目撃することとなった。飲みながら男性の服の中に手を入れているなんて日常茶飯事。イケメンの乳首をいじるマリコの隣の席になったとき、私は顔も上げられなかった。


 私が動揺しているだけで文句を言わないことに安心したのか、マリコはさらにエスカレートした。飲み会の途中で男と二人でいなくなったり、帰ってきたと思ったらまた別の男といなくなったりという、もうアレだ、はっきり言えないけど大変なことになっておるな、という感じだ。


 イケメンばかりを集めた勉強会は、つまりマリコの狩り場だったのだ。

 私は勉強会に参加したはずなのに、間違えて淫行サークルに入ってしまったようなのだ。


 しかし、全てのイケメンがマリコに食われていたわけではなかった。


 性に奔放なマリコに引いている男性もいて、そういう男性は私の周りに集まるようになり、やがて勉強会は私の派閥とマリコの派閥で真っ二つに分かれるという事態となってしまったのだった。


 当然マリコは面白くない。きっとこういう事態になるのを怖れて、女性は勉強会に誘わなかったのだろう。


 この頃からマリコは私を悪く言うようになってしまった。当然家に行き来することもなくなった。

 マリコと出会ったとき、私はいい友だちができたと思い、嬉しかったのだが、裏切られた気持ちだった。いや、マリコからしたら、狩り場に侵入してきた私のほうこそが裏切り者なのかもしれなかった。この勉強会とは関係ないところでは、あんなに仲良くしていたのに、と。

 お互いが悲しんでいるのかもしれず、かといって、どう友情を修復したらいいのか、そもそも修復できるのかどうかも私もわからなかった。

 マリコは私を見下すように笑うことが増えた。美人のはずのマリコの顔がひどく醜く思えた。

「北斗ちゃんって、オタサーの姫みたいだね。あはは」

 そのころ私の派閥には四天王がいた。性的なものを勉強会に持ち込まれるのを強固に拒否している四人の男性だ。

 私は懇親会だけでなく勉強会のときも、この四人に囲まれて座るのが常になっていた。マリコ派閥のイケメンたちは、最近では私にも淫行を仕掛けてこようとすることがあるので、それから守ってくれているのだ。


 勉強会では、無口だが渋くて良い声の眼鏡イケメンである広田くんが、誰よりも早く席についており、「北斗さん、こっち」と、手招きして、私を隣に座らせる。

 すると、おしゃれでレディーファーストが板についたイケメンの谷原さんが、「北斗さん、その席は空調の風が当たらない? 大丈夫? 広田くん、もっとそっちにずれて。うん、ありがとう」などと言って、私を挟むようにして座る。

 その後、ボランティア活動も頑張っている熱血兄ちゃん系イケメンの増子ましこくんが、「やべえ、やべえ」と騒がしく登場し、「昼飯食ってないから、倒れそう」などと言いながら、私の前の席に座り、こっちを向いた状態でおにぎりを食べ始める。顔の距離が近すぎる。のけぞるように背もたれにもたれかかると、「増子って、毎回毎回昼飯食ってないって言ってないか?」と背後から声がする。振り返ると、高学歴で会話もきれっきれな知的イケメンである陣ノ内じんのうちさんがいつの間にか私の後部席にいる、といったぐあいだ。


 前後左右を反エロス派に守られて座るというのが基本フォーメーションだ。大変心強い守護の布陣である。それがマリコからしたら気にくわない。オタサーの姫などと言ってくるのも、ブスなくせに男四人を従えていい気なもんね、そういう嫌味なのだ。

 また、全てのイケメンを食べてしまいたいマリコからしてみれば、この四天王がエロの相手をしてくれないのも腹立たしいようだった。特にマリコが好意を寄せているジェントルマン谷原さんが反エロス四天王になってしまったため、マリコの怒りはマグマのようにふつふつと煮えたぎり、噴火のごとく口から飛び出すのであった。

「私にはとても北斗ちゃんの真似はできないなあ」

「……それって、どういう意味?」

「あえてヤラせないことで、気を引こうとしてるわけでしょう。そんなの男の人が可哀想」

 公民館でトイレに立つたび、マリコがついてきて嫌味を言う。もうげんなりしてしまう。マリコの思い人である谷原さんは、誘いをのらりくらりとかわし、いつも私の隣に座るわけで、マリコのジェラシーはとまらない。やはり友情の修復は不可能であるように思われた。

「あ、逆かな。ヤラせないんじゃなくて、五人で変態っぽいことしてそう。そりゃ男たちも北斗ちゃんの言いなりになっちゃうよね」

 エロで男を言いなりにしていると言いたいのだろう。もちろん言いがかりである。もし私が四天王と恋愛とかエロとかに発展していれば、そういう批判を受けてもしょうがないのかもしれない。だが、違う。

 四天王は決して私を口説かないのだ。もちろん私だって口説かない。

 彼らは「性的なやつ反対派の四天王」なのであって「北斗のしもべ四天王」ではない。私はあくまでも反エロ派の旗頭に過ぎないのだ。私たちは個人的な話もしない。あたりさわりのない雑談や勉強の話ばかりだ。しかしマリコにはそんなことはわからない。脳内がエロでいっぱいなので、目の前に男と女がいたら、全部が全部エロ関係に見えてしまうのだろう。



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