第二章 破壊神編

第11話 新たなる旅立ち


    1


 平和極まる城下町。石造りの建物が並ぶ道。白いタイルをキュッキュと踏みしめて、一人の人物が歩行していた。

 人物ではある。人型だ。サイズも人間とは遜色ない。しかし人間であるとは言えない。人の形をしたドラゴンである。黒い鱗が、太陽の光で鈍くそして重々しく輝く。


 そのドラゴンは歩き続けると、一つの酒場の前で停止した。名前は『飲んだくれのダメ勇者』。いかにもあの男に相応しい。

 ドラゴンはその酒場へと進むと、入って直ぐに目標を見つけた。


「こんな所に居たか。クサナギよ」


 奥のテーブルで一人飲む男。だらけきった勇者クサナギである。

 そのクサナギもドラゴンを見つけた。見つけて反論をすることにした。


「俺が何処に居ようと勝手だろ? それよりそちらさんはどなたさん?」


 クサナギからすれば見知らぬ他人。いや見知らぬ人型ドラゴンだ。

 もっともクサナギは勘が良いので、彼が何者かは気づいていたが。


「我はグラドルグ。竜族の王」

「やっぱりチビか。だろうと思ったよ」


 この竜人こそがかつてのチビだ。成長したのか何かの魔法か?

 どちらにしてもどうでも良いことだ。クサナギはもう役目を終えている。


「で、そのチビが俺に何の用だ? もう魔王はこの世には居ないだろ?」


 クサナギは魔王の首を抱えて、人間の王国に凱旋した。

 全裸であろうと勇者は勇者だ。讃えられパーティーが行われた。喜び踊り酒を飲む人々。クサナギの銅像も建てられた。

 ただし約束は果たされていない。セシリアとは結婚していない。


「俺はー女に捨てられてー……」

「この酒場で、一人飲んだくれたと?」

「ああ? 言っとくが酒は飲んでねー。飲んでも酔えない体質なんでな」


 紫色の液体が入った瓶をクサナギは一つ持っていた。

 更に空いた瓶が既に数本。しかしそれは全てグレープジュース。


「なるほど。酸も毒も効かないか」

「それに酒は不味いしな。馬鹿げてる」


 言うとクサナギはまた瓶を煽る。この堕落を止めうる者は居ない。

 クサナギは悲しみに暮れたいのだ。例えアルコールを使えなくとも。


 だが、クサナギ自身間違っていた。


「グラドルグ。勇者はいましたか?」


 その声を忘れようはずもない。緑の美しすぎる瞳もだ。

 クサナギは見た。酒場の入り口を開いて入ってきたセシリアを。


「セシリアちゅわああああん!」


 その瞬間、クサナギは大きく──跳躍した。両手を拡げセシリアに接近。

 だがすんでの所で止められた。チビが頭を掴み取ったのだ。


「だー!! 離しやがれチビのくせに!」

「離せるわけがないだろう? 勇者よ」


 チビが呆れ果て、溜息を吐いた。

 しかしクサナギにも言い分はある。確かに二人は約束したのだ。


「とにかく、ここでは人が多すぎる。詳しいことは城で聞かせてやる」


 チビが離すとクサナギは唸った。

 だが結局、城へと同行する。勇者ですら惚れたら負けであった。


    2


 ここはタラスパ王国の王城。大きく、豪奢である建造物。それは他国の王城と比しても、比べものにならない物であった。

 大きいのは王城だけではない。タラスパは大きく豊かな国だ。故に勇者はこの国に招かれ、駐留していたと言うワケである。


 そんな国の城にある一室に、クサナギ達三人はやって来た。

 おそらく騎士団用の会議室。それでも嗜好は凝らされているが。特に、床に敷かれた絨毯は真っ赤でいかにも高価そうである。


 三人は、その部屋の真ん中に──置かれた机の側へと立った。

 机の上には地図も有る。会議をするには打って付けだろう。


「それでは勇者クサナギ。貴方に……私達の現状を伝えます」


 そこでまずセシリアが口を開く。


「貴方が魔王を討伐した後、魔王軍は解体されました。瓦解したと言っても良いでしょう。率いる者が消えた結果です」


 彼女は淡々と解説をする。

 もっとも、ここまではまだ常識だ。クサナギですらそれは知っている。


「それで? 万々歳なワケだよな? なのになんでお前ら二人が来た?」

「それは、新たな脅威の兆しに私達が気付いてしまったから……」


 クサナギが聞くとセシリアは──拳を胸の前で握りしめた。


「貴方が持ち帰った魔王ザメク。その頭に私は触れました。事後調査としての行為でしたが、その時に私は感じたのです」

「何を?」

「魔王が残した脅威。破壊神達の微かな残渣を」


 破壊神──それがなんであれ、セシリアはそのためにここに来た。避けていたクサナギの目の前に。そのことからして危険度がわかる。


「魔王ザメクは一度敗れていた。敗北への備えがあったのです」

「その破壊神? が備えなワケか」

「そうです。既に動き始めている」


 事態は非常に深刻だ。セシリアは凜然りんぜんと依頼する。


「お願いします。勇者クサナギよ。もう一度力を貸してください。世界を救うために破壊神を、彼等を打ち倒してほしいのです」

「えー。やだー。めんどくさー」


 だが、その一方クサナギは──絨毯にくるまって遊んでいた。


「あのー……勇者クサナギは何を?」

「見てわかるだろう? ミノムシごっこだ」


 セシリアはそれを見て困惑した。

 だがチビの方は付き合いが長い。


「ただふて腐れているだけだろう?」

「うるせーチビ。俺は傷ついてんだ」


 そう。チビは理解しているのだ。クサナギという男の性格を。


「セシリアよ。あまり言いたくはないが、契約を履行すべきではないか?」


 故にか驚きの提案をした。クサナギには超絶に僥倖だ。

 もっとも、セシリアには逆だったが。


「貴方まで何を言い出すのですか。私は竜の巫女を束ねる身……」

「だが約束をしたのではないのか?」

「それはそのう……確かにそうですが!」


 セシリアは頬を上気させていた。

 それを見てクサナギはほっこりする。


 とは言え拒否をされている以上、クサナギが動くにはまだ足りない。


「クサナギには前にも言いましたが……私は彼を何も知りませんし!」

「それは珍しい事ではなかろう。人の婚姻とはそう言う物だ」


 チビの言うことは正論だ。クサナギもかつて指摘したように。

 恋愛結婚をする者などはこの時代極々少数である。主たる結婚の手法はお見合い。それすらない事も珍しくない。


「う……じゃあせめて展望を! 生活の展望が知りたいですっ!」


 そこでセシリアは次の手を打った。

 チビから見れば断る口実を探していることが明白である。

 だが幸いクサナギはバカだった。故に意気揚々と回答する。


「ふっふっふ。ならば答えよう。俺はこう見えて家庭第一だ。二人で仲良く暮らしていきたい! 後子供も出来れば授かりたい! これは親父との約束でもある!」


 クサナギは絨毯を巻いたまま、びょいんと立ち上がり問いに答えた。人間にしては規格外であるクサナギとしては普通の答だ。


 しかしセシリアは何故か停止して、その後に神妙な顔で聞く。


「あのー……そもそもなのですが、子供はどうすれば出来るのですか?」


 巫女の生活をしてきたセシリア。その知識は子供に等しかった。

 ただしそれはクサナギも同じこと。クサナギはチビに目で合図をする。

 するとチビもとりあえず察知して、クサナギの側に向け歩み寄った。


「おいチビ。恥を忍んで聞くが……子供ってどうやったらできるんだ?」

「それを何故ドラゴンの我に問う?」

「他に聞ける奴がどこにもいねえ……!」


 そこでクサナギはヒソヒソと聞いた。

 クサナギは両親と死別した。その上山奥に一人暮らしだ。結婚生活に憧れはある。だがその像は曖昧なのである。


「なら我が彼女に説明しよう。お前に教えるのはリスキーだ」

「なんか理由は釈然としないが……まあ頼んだ。お前だけが頼りだ!」


 今日のチビはヤケに協力的だ。トントン拍子で話が進む。

 と、クサナギは思った。だがしかし──チビが今度はセシリアにヒソヒソ。するとセシリアが茹で蛸になった。怒りも照れもマックス状態だ。


「そんなこと出来るわけないでしょう! クサナギに何を言われたのですか!?」


 そして何故かチビへと食ってかかる。

 怒ったのはクサナギも同じだが。


「おのれチビ! 俺を裏切ったな!?」

「我は誰に対しても誠実だ」


 しかしチビの態度は揺るがない。二人に対してビシッと言った。

 クサナギもチビのことは知っている。彼は無駄に嘘をつく事は無い。

 それはセシリアも同じなのだろう。だが全く納得はしていない。


「とにかく破壊神を倒してから! そうでないと結婚いたしません!」


 セシリアはキッパリと断言した。その態度に揺らぎは見えなかった。


    3


 城下町の出口。門の外には草むらや畑が広がっていた。その上空は抜けるような青。まさに冒険の出発日和だ。


 クサナギは結婚を断られた。しかし結局ここに立っている。その理由は明確に一つだけ。セシリアもまたここに居るからだ。


「いやーセシリアちゃんも来るのなら、先に言ってくれよー。まったくもー」


 クサナギはウキウキの気分である。見ようによっては婚前旅行だ。

 ただし、チビもまた同行している。真面目で常識的なドラゴンが。


「浮かれて後れを取るなよクサナギ」

「はっはっは。心配するなって!」


 だが彼の苦言も効力は無い。クサナギは幸せな気分なのだ。


「はあ。私は凄く不安です」


 一方、セシリアはうつむき言った。

 ともあれ後世の歴史によると今日は重要な──旅立ちの日だ。ここから破壊神を巡る旅、その苦難の道のりが始まった。


 入手アイテム:冒険セット

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