第6話 無敵の鎧:前編


    1


 衝撃で丸く砕かれた大地。至る所で赤く燃える炎。そのただ中に鎧は立っていた。三暴魔の一人タイードである。紫色の鎧に身を包み、皮膚の一片すらも見せぬ魔族。


 彼は今日も敵を全て屠った。破壊の跡は戦いの名残だ。

 敵であった者は今足下に、数名が倒れて転がっている。


「やはり勇者などはお伽噺だ。このゴミでは肩慣らしにもならん」


 それを見下ろしてタイードは言った。

 高慢さから出た言葉ではない。事実だ。故に人間は負けた。


「タイード様! も、申し上げます!」


 だがそこに凶報がもたらされる。

 部下の魔族が跪いて言った。


「サバカド様が! 敗北しました! 相手は人間の勇者クサナギ!」

「あのサバカドが……敗れただと?」


 それを聞いてタイードは考えた。

 確かに奴は田舎者の魔族。だが実力は疑うべくもない。サバカドの敗因は不明だが、今すぐに手を打つ必要が有る。


 しかし──一つ問題があった。


「奴の向かった場所は知っている。王城からの方角が真逆だ」


 ここからクサナギまでは距離がある。全力で戻っても間に合うか。

 もっとも手段がないワケではない。敵が速いのならば止めれば良い。


「戻るぞ。この戦争魔族が勝つ」


 タイードは言うと戦場を去った。敗者の亡骸をその場に置いて。


    2


 行軍する魔族の大軍団。荒野の砂が空へと舞い上がる。月夜に映える壮大な景色は、後の世に語り継がれるのだろう。


 狼のような者も居る。家ほどの大きさの者も居る。鎧を着込み剣を持った者、魔法使いのようななりの者も。


 この軍勢はたった一人の者──勇者を殺すために出撃した。そしてその勇者は既に魔族の、軍勢の側と言える場所にいる。もっとも土色の布を被って、魔族の目から身を隠しているが。

 いずれにせよ間も無く露見する。軍勢は近づいているのだから。


「いやー多いな。何人いるんだよ?」

「魔王軍も本気で止める気だ」


 クサナギとチビはヒソヒソ話した。地面にぺったりと身を伏せながら。


「で、どうする勇者よ?」

「んーそうだな。取り合えずまあ全部ぶっ殺す」


 だがクサナギはチビにそう言うと、ゆっくりと静かに体を起こす。


「正気か?」

「正気じゃない。勇者だしな。ま、お前はここで隠れて見てろ」


 そしてクサナギは歩み出た。チビを布の下に残したままで。

 勇者が退く事はあり得ない。悠然と魔王軍に歩み寄る。


 魔王軍も直ぐそれに気が付いた。武器を構え、呪文を詠唱する。

 しかしクサナギに当たることはない。何故ならばクサナギは勇者なのだ。


「だっしゃらああああ!」


 刹那、クサナギは──光と成り魔王軍を切り裂く。

 彼等が反応できない速度で、突撃し剣で斬りまくったのだ。もっとも彼が起こす衝撃波で吹き飛んだ魔族も無数に居たが。


「何が起こった!?」

「勇者だ! 反撃を!」

「逃げるな戦え! 手柄を立てろ!」


 魔王軍はカオスに落とされた。クサナギによるたったの一手目で。

 それでもクサナギは手を緩めない。次はトロールの肩に移動した。


 トロールは巨木の如く大きな肉体を持つ、魔族の重歩兵。一瞬でその肩に乗った勇者、クサナギはその首を切りつける。


 するとトロールは気付く暇も無くその頭を地面に落下させた。残った肉体が崩れ落ちると、クサナギはその上に着地する。


 このまま攻撃を続けてもいい。しかしたまには会話も悪く無い。


「多勢に無勢だが批難はしねえ。俺が相手だしな。気持ちはわかる」


 月の光をクサナギの瞳が、反射して狂気の光を放つ。


「だが、一つだけ言わせて貰うなら、何匹居ようが俺は殺せねえ」


 そして威圧した。だがこれは慈悲だ。抗う相手には容赦はしない。

 しかし慈悲の心など大抵は、意味が無いとクサナギも知っていた。


 混乱する者や逃げ出す者も決して少なかったわけではない。だが多くは抵抗を試みた。故にクサナギは──彼等を殺す。


「じゃ、失礼して。死ね死ね死ね死ね!」


 高速で移動しながら攻撃。高速で移動しながら攻撃。その移動経路に居た者達は、全て例外なく吹き飛ばされた。

 まるで突然巨大な竜巻が魔王軍に襲いかかったようだ。その上勇者のスタミナは無限。攻撃はいつまでも継続する。


 狂ったように響く阿鼻叫喚。舞う血しぶき。生産される死体。魔王軍の威厳が瞬く間に、失われそして弱体して行く。


 その悪夢のような戦いの中、クサナギだけが常に笑っていた。


    3


 クサナギと魔王軍が激突し、戦いが始まって数時間。クサナギは一人立ち尽くしていた。大量の死体のそのただ中に。


 クサナギの吐く息が蒸気となり、冷たい空気の中に溶けていく。既に朝日が昇り始めていた。夜中戦い続けていたのだ。


 と、その時だ──魔王軍ではない、生きている生物が寄ってきた。パタパタと羽ばたくドラゴン、チビだ。


「派手にやったものだ……」

「おうチビか。流石の俺も時間がかかったぜ」


 呆れるチビに、クサナギは言った。

 しかしその目は天を仰いでいる。まだクールダウンの最中なのだ。全身の力を抜ききっている。そして体の熱を取っている。


 今日もやがて気温は上がりはじめ、死体は地に帰りはじめるだろう。これはただの小休止に過ぎない。クサナギ達もそれは知っていた。


 入手アイテム:色々

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