34 無能よばわり
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普段は絵物語の貴公子のように、その整った顔に穏やかな微笑みを浮かべるレオンハルト第一王子。
けれど今はその整った顔には凍てつくような冷たい微笑みを浮かべていた。
「レオンハルト、これは国としての判断で……私としても致し方なく……」
「私におっしゃりたい事はそれで以上ですか父上? 私だって暇じゃないので手短にして頂けませんか」
そしてレオンハルト第一王子は父親である国王が座る玉座まで一直線に歩み寄り、今にも噛み殺しそうな勢いで一時も目を離さずにじっと見据える。
その刺すような視線に居たたまれなくなった国王は、レオンハルトに対してぶつぶつと言い訳を始める。
「そう怒るなレオンハルト、私だって本当はクロヴィスにこんな命令はしなくないんだ。だがな王としてはそうするしか……」
「これ以上の言い訳はお聞きしたくありません、父上は臣下の小さな願いより国の利益を選ばれた、それが事実であり真実なのです」
だが息子から返ってくる言葉はどこか棘があり、まるで軽蔑でもしてるかのようにそっけなくて。
まるでアイリーン王妃が怒っている時にそっくりで、国王シュナイゼルの背筋を嫌な汗が流れた。
「我儘を言うなレオンハルト! 気持ちだけではどうすることも出来ないような事が、政治の世界にはいくらでもあるんだ。お前も将来王位に就くのならそのくらい理解しなさい」
「でしたら私は王位など必要ありません」
「レオンハルト何を言い出すんだ、言っていい事と悪い事もわからぬのか!」
「臣下一人の幸せすら守れないような王になど興味がありませんし、なりたくなどありません。私は継承権を放棄します」
「放棄……」
「適当に遠縁から後継者を連れてくるなり、新たに子を作るなり好きになされて下さい」
きっぱりとレオンハルト第一王子はそう国王に告げる、実際その程度も出来ないようなら王になどならなくてもいいと本気で思っているから。
予期せぬ親子喧嘩勃発に、謁見の間に集まった宰相や大臣達はどうしたものかと助けを求めるようにクロヴィスへと視線を向ける。
ここでクロヴィスが二人の喧嘩を止めてくれればそれでいいが、宰相達はどうすることもできない。
だが視線を向けれたクロヴィスは苦虫を噛み潰したような顔をするばかりで、それに気付く気配はない。
ただその視線に気付いた所でマリアベルと自分を引き裂こうとする国王の為に、クロヴィスがなにかする訳がないのだが。
「ま、待ちなさい。そう焦らずとも……な? お前ならほら……いい王になれると思うし」
「……それとも何です? 父上にその能力がないだけで、私なら出来るとでもそうおっしゃりたいのですか。ならば早々に王位から退いて下さい、貴方のような無能は玉座になど座るべきではない」
護身用に携えられた剣をレオンハルトは引き抜き、切っ先を国王の首筋に突きつけた。
その光景にざわつく謁見の間、そして駆け寄ろうとする近衛騎士達。
「……っわかったから! レオンハルト、まずはその剣を鞘に収めなさい! 危ないから! お前達も下がれ、何も問題はない」
駆け寄ろうとする騎士達を手で制する国王、もしレオンハルトの身に何かあれば王妃に何をされるかわかったものじゃない。
……最悪国が滅びる、それは冗談抜きに。
「……それで?」
「先程の話は聞かなかった事にしてくれ。だがアウラ国から来月にでも大使本人がやって来る。そこでマリアベルにどうするのか決めて貰うとしよう」
……完全に国王陛下の完敗である。
しかも息子から無能呼ばわりされて首に剣を突きつけられるという体験は、結構くるものがあるようで。
今にも倒れてしまいそうなほど顔色がよろしくない。
「では父上は『別れろ』とクロヴィスに強制はもうしないと、お約束して頂けると言うことでいいんですね?」
「ああ、もう『別れろ』とは強制はしない。だが大使が来るまでは二人の婚約は国として認められん。あと気軽に継承権を放棄しようとするな、お前以外の人間に王位を継がせる気など私にはない」
そしてこれが最大の譲歩だと国王は捲し立てるように述べて、この日の謁見はお開きとなった。
そして帰り際クロヴィスが国王の顔を窺うように見れば、ゲッソリと急にやつれて老け込んでしまっていた。
「……やっぱり強制的に退位させた方がいいかな?」
「それはやめろ、国が荒れる」
「でもあれ全然反省してないよ、断頭台とかどう? きっとスッキリするよ」
「物騒な事を平然と王子が言うな。あと国王に剣を突き付けるなお前が怪我したらどうする? それに後のことは王妃殿下に全てお話して任せておこう」
クロヴィスもあの命令に溜まり兼ねてしまったのか、国王の首の心配はしてあげないらしい。
「クロヴィスそれはいい案だね、父上は母上に頭が上がらないし……母上ならきっと素敵なお仕置きを父上にしてくれそう!」
実の親を平気で断頭台にかけようとするレオンハルトを、クロヴィスは宥める。
その気持ちだけは嬉しいが、私情で国を荒らす訳にはいかない。
「じゃあクロヴィス、対策を練らないとな」
「対策……? 何に対して?」
「それはもちろん、マリアベルに対しての対策に決まってるだろ? 今のままじゃアウラの大使に嫁に取られるかもしれないぞ」
「え……」
「結婚の承諾に関してはあの場の雰囲気と勢いでどうにかなったけど、マリアベルがクロヴィスを好きな気持ちなんて友情にちょろっと毛が生えた程度でしょあれ」
マリアベルはクロヴィスに好感は一応抱いているようだが、恋はしていない。
それは先程の態度を見れば一目瞭然で。
だからレオンハルトは邪魔者を排除した後、時間をかけてクロヴィスが口説けばいいと考えていた。
けれどそんな悠長な事を言っていられるような状況では、父親のせいでなくなってしまった。
早急にクロヴィスのことを好きになって貰わないと、アウラからくる大使にマリアベルを掻っ攫われてしまう。
「……痛い所つくよなお前? そんな事いちいち言われなくても俺が一番わかってるよ、マリアベルに男としてあまり意識されてないってことくらい」
「だからとりあえず二人で会う時間をなるべく増やして、とにかくデート! すかさずアプローチ! 私だって隣国なんかにマリアベル連れて行かれたくない、だからクロヴィスは死ぬ気で頑張れ! これ王子としての命令ね!」
「そんな命令お前にされなくてもやるに決まってるだろ? 何年片想いしてたと思ってんの……せっかく巡ってきたチャンス逃す訳がない、マリアベルは誰にも絶対奪わせない」
「おっ、カッコイイねクロヴィス! 流石は私の側近だ、その調子でマリアベルに好きになってもらおうね」
「カッコイイのはお前だろレオンハルト、さっきの……流石は俺が仕える主君だなって思った」
「うわ、クロヴィスに褒められるなんて明日はきっと季節外れの雪が降るね?」
「……ほんとお前、見た目と性格違うよな」
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