私は怒ります

 放課後、私は瀬奈さんに呼び出されました。美人委員長に呼び出されたモブ、ここだけ見るとラブコメが始まりそうですが、現実はそうはいきません。


「久美さん、少し相談したいことがあるんです」


 真剣な表情でそう訴える瀬奈さん、彼女の眼に浮かんでいるのは難儀している表情でした。何かあったのでしょうか。


「なるほど、場所を変えましょうか?」


「いえ、そんな長い話ではないので。えっと、アヤメさんって分かりますか?」


「水瀬アヤメさんですよね、もちろん知っていますよ」


「はい。そうです。彼女の事で相談があるんです」


 水瀬アヤメさんはいつも瀬奈さんを揶揄からかっているギャルです。二人のじゃれ合いはいつ見ても微笑ましいんですよね~。


 はっ! ま、まさか、瀬奈さんがアヤメさんの事で相談って……告白のやり方とか?! どういう流れで告白に持っていったらいいのか、悩んでいるのでしょうか?!


 む、無理です! 私はMSUの整備は出来ても、恋路の整備は出来ませんよぅ~!


「アヤメさんの事、ですか。もしかしてそれって……」


「気付いていましたか。そうなんです、あの子、いつもMSUのメンテナンスをサボっているんです」


「え? ああ、そっちでしたか」


 そ、そうですよね。冷静に考えて私のような整備士モブに告白の方法なんて聞かないですよねー。えーっとそれで相談内容は何でしたっけ?

 あ、そうそう。メンテナンスをサボっているって話でしたね。そうなんですか、知りませんでした。


「そんなにも酷いんですか?」


「はい。もう機体が煤だらけで……。先生から注意されたらその日はちゃんとやるんですけど、次の日には元通りで。どうしたものかと思って」


「なるほど、それは困りましたね。うーん」


 瀬奈さんも私もこの後用事があったので、結局この日は何も対策を思いつかないまま解散となってしまいました。




 家に帰った私は人の行動に変化をもたらす方法について勉強することにしました。そこで「行動変容ステージ」という考え方を知りました。

 これは禁煙外来などで用いられている考え方だそうで、相手の状態を5ステップに分ける考え方です。


・無関心期:本人が変わろうとしていない

 例)そもそも禁煙に興味がない

・関心期:変わりたいと本人が思っている

 例)禁煙したいと思いつつも実行できていない

・準備期:行動を変える前段階

 例)禁煙のプランを決める

・実行期:実際に行動を変える

 例)禁煙する

・維持期:変わった状態を維持する

 例)禁煙を続ける


 この考え方に当てはめると、アヤメさんは今「無関心期」にいると考えられます。これを「関心期」に変えるために、危険性を教えてあげる必要があります。「きちんとメンテナンスしないと、こんな危険があるんだよ」と教えてあげるわけです。

 ……とはいえ、これだけでアヤメさんが変わるとは到底思えません。先生から注意を受けても変わら無いらしいですからね。ただ説明するだけでは効果が無いでしょう。


「あまり褒められた方法ではないですが……。これは私にしかできない事ですよね」


 何時間も考えた末に、私はとある作戦を実行に移すことにしました。




 根回しに数日かかってしまいましたが、いよいよ決行の日になりました。戦闘の授業を早めに切り上げた先生は皆を集めてこう言いました。


「今日は予定を変更してMSUの健診を行う。何か気になっている事があれば、整備士の先生に相談するように」


「え? 来週じゃなかったっけ?」「予定変更?」「マジで?! 聞いてないって……」


 この学校ではMSUに不具合が無いか確認する「健診」を一か月に一回行います。健診ではメンテナンスが行き届いているか、破損しそうなパーツが無いか、関節の可動域がおかしくないか、などの項目をチェックします。

 今月の健診は一週間後の予定だったのですが、今日にしてもらいました。整備士権限をフル活用です!


(うわー、メンテしてないって……)


 そんな声が聞こえてきた気がします。ふふん、これが狙いです。結果的に抜き打ち検査のようになったので、普段からメンテナンスをサボっている人が一目で分かります。


 しばらくしてアヤメさんの番になりました。少し気まずそうにMSUを見せてきます。


「……なんですか、これは。全然メンテナンスできてないじゃないですか」


「あーいや。あははー。気を付けまーす」


 アヤメさんは目を逸らしながらあまり反省していない調子でそう言いました。瀬奈さんが頭を抱えるのも納得です。こんな調子では、どんな風に説得しても焼け石に水でしょう。



 ――よほど印象的な事がない限り。



「なにヘラヘラしてるんですか」


 私は精一杯どすの利いた声でそう言います。私の変容っぷりに驚いたのか、アヤメさんは難とも言えない表情で私を視ました。

 周囲も「え、何事?」って表情でこちらを見てきます。ううう、恥ずかしいです。というか事前に作戦を伝えていた瀬奈さんまでびっくりした顔でこっちを見ているのはなんでですか?!


「え?」


「これは真剣な話ですよ。なにそっぽ向いて興味無さそうにしてるんですか」


 ……本当は胸ぐらを掴もうかと思ったのですが、流石にそれ不味いと思ったので肩をグッと掴んで引き寄せます。そして彼女を睨みつけます。

 今の時代、こんな事を教師がやったら体罰として問題視されるかもしれませんが、私はクラスメイトでもあるのでセーフです。……たぶん。


「ふえ?」


「なに間抜けな声を出してるんですか。いいですか、MSUはあなたが思っているよりもずっと繊細な物なんです」


 それから私は10分ほどかけてメンテナンスの大切さを説明しました。クラスメイトが見ているところで怒られている事が恥ずかしいのか、アヤメさんは顔を少し赤らめながら「はい……、はい……」と小さな声で頷いていました。

 ちょっとやり過ぎましたかね? でも、これくらい事をしないといけないと私は思うんです。


 これが私の作戦、「普段静かにしている子がブチ切れたら印象に残るはず」です。普段の私は静かに技術書を読んでいる(実際は百合を観察している)内気な女の子です。そんな私が声を荒げて怒ったら、さぞかし記憶に残るでしょう。

 このような手荒な手段を取るのはあまり褒められたことではないかもしれませんが……許してください。



「これからは毎日メンテナンスをするように。いいですね」


「ひゃい……」


「またチェックしますからね」



◆ Side アヤメ ◆



「……なんですか、これは。全然メンテナンスできてないじゃないですか」


「あーいや。あははー。気を付けまーす」


 いやぁ、急に健診とか聞いてないってー。そりゃあ、毎日きちんとメンテすべきって言われたら頷かざるを得ないけどさぁ。面倒だしー。

 ま、バレたのが久美ちゃんだったのは不幸中の幸いだね、怒られなくて済むし。そう思っていたのだけど……。


「なにヘラヘラしてるんですか」


 教室で見る大人しい久美ちゃんとは一辺、威圧感のある声でそう言われた。一瞬何が起こったのか分かんなくって思わず「え?」って言うくらい。


「これは真剣な話ですよ。なにそっぽ向いて興味無さそうにしてるんですか」


 そう言って久美ちゃんは私の肩を体を引き寄せてきた。えっ? 近っ! 近っか!


 以前から美人だなぁって思っていたけど、目の前で見ると破壊力がヤバい。ぱっちりとした目、長いまつげ、きめ細やかな肌、ちょっと潤ってる唇。なんかいい匂いもするし。思わず「ふえ?」って言っちゃった。


「なに間抜けな声を出してるんですか。いいですか、MSUはあなたが思っているよりもずっと繊細な物なんです」


 そう力説する久美ちゃんの顔は真剣そのもので……すっごくかっこいい。心臓がバクバクなっているのが分かる。ほっぺもなんだか熱くなってきた。


「これからは毎日メンテナンスをするように。いいですね」


「ひゃい……」


「またチェックしますからね」


 そう言い残して、久美ちゃんは次の子の健診を始めた。私は暫くその場でぼーっと立っていたけど、次の子の邪魔になってた事に気づいてさささーとその場から離れた。


 いつも瀬奈っちを振り回して楽しんでるけど……今日みたいに攻められるのもいいな。そう思った。



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