今、古びた宇宙港であなたを待ちながら

@Usankusaiossan

第1話 今、古びた宇宙港であなたを待ちながら

今あなたを待っている。

古びたこの宇宙港で、あなたの乗った旧式のロケットが逆噴射をしながらゆっくりと空から降りて来るのを。

空は雲一つなく青い。

先程までは豆粒のような点だったロケットが、だんだんと大きくなって行く。

このだだっ広い宇宙港ビルのテラスで、ただ一人。

風に髪をたなびかせ、手すりに手をおいて立っている私に、あなたは既に気づいているだろうか。

これほど長い間離れ離れになっていたのは初めてかもしれない。

いや、以前もあっただろうか。


人類の宇宙空間への進出を推し進めたのは、高度な推進ロケット技術以上に、コールドスリープ技術の開発だった。コールドスリープを使えば空間と時間を飛び越えることが出来る。

到達するのに何十年、何百年も掛かるような遠い星にも辿り着くことが出来る。

もちろんそれは旅立つ前の世界とは違う時間を生きることを意味するが、今やそれはさほど重要なことでは無い。なぜならコールドスリープと同様にクローン技術の進化により、私たちはほぼ永遠の命を手にしたから。ただ、お金さえあれば、の話だが。

お金。この拡散し偏在する世界で、お金などと言うものがいまだに意味を持っていることは不思議なことだ。もはや誰にも管理出来ないようなものなのに。でも、他になかったのだろうと思う。皆が信じることが出来るようなものが。

だからお金というのは、今では人類を繋ぎとめる唯一の宗教のようなもの。

信じるものは救われる、とそう思って私も生きて来た。

そうせざるを得なかった。


もちろん今でもそれぞれの星の地表にへばり着いて生きている人はいる。というよりそう言う人々の方が圧倒的に多い。私たちのような宇宙旅行者はむしろ少数派だ。故郷とは空間的にも時間的にも隔たった世界で生きる。永遠の命を求めて。

本当は地表にへばり着いて、本来の寿命を全うするのが幸せな生き方なのかも知れない。

だけど私たちは、過酷な人生を選んだ。

そうせざるを得なかったから。


もうすぐあなたに会える。

私の人生の唯一の仲間。恋人であり、家族であり、戦友でもある。

長い時を共に戦って過ごした仲間。


そう、もうすぐあなたに会える。





我が国のアネクネメリア・ソルジャーの損失はここ10週間で18%も増加し、これは今回の敵対国であるゴンドワナ共和国連合の数値を大きく上回っており、軍務大臣は戦略の見直しと戦力のテコ入れを指示した。一方閣内では今回のバトルは6週間以内に終わらせるべきであるとの意見があり・・・。


ディスプレイにニュースの文字だけが淡々と流れて行くのを俺はうつろな思いで見ていた。

今回のバトルは明らかに不利に展開していた。

戦略の見直しだって?

一体誰が戦略を立てているのかも俺には全くわからなかった。

この星に送り込まれて、既に400日以上が経っている。

前回のバトルはまあまあ、有利な形で終えることが出来たハズである。俺の身近で死んだヤツも居なかったし、バトルが終わった後は皆たんまりと報奨金をもらって、近くにある宇宙ステーション「イルミナ17」に去って行った。

前回のバトルからここにずっと居残っているのは俺だけ、、、。いや、確か南方の前線に確か後3人居たかな。あいつらいつもツルんでやがる。でもいつもツルんで戦える仲間がいるという事は良いことだろう。俺だって別に一匹オオカミという訳じゃない。この間も同じチームで戦った連中とはうまく連携出来ていた。その仲間が毎回毎回違うというだけだ。

このバトルにはルールは無い。

俺らの国、アトランティア共和国では、誰が決めたのか知らないが。1チームの基本単位はメカ・ソルジャー5~6体、サイボーグ3人、ミュータント3人、ブレイン1人とだいたい相場が決まっている。まあ、ミュータントが2人になってサイボーグが4人になったりとか、細かいところは変わって来たりはするが。噂ではミュータントはコストが高いらしいが、実際のところは良くわからない。まあ、俺みたいなサイボーグは後から手術をすればいくらでも作れるからな。

今回のバトルでは俺のチームで既にミュータントが一人殺られた。まあ、ちょっとボケっとした感じのヤツだったが。メカに至っては既に3体破壊されている。ブレインは何をやっているんだ? 優秀なヤツだと思ったのだが。何か歯車が狂っているのだろう。

戦力の補充は本当にあるのだろうか。

今はレッドゾーンから120㎞程退いて、この缶詰のような移動基地の中で一時の休息を取ってはいるが、いつ敵が攻撃してくるかもわからない。

何せ、バトルにはルールが無いのだから。

それにゴンドワナの連中は資源に物を言わせてメカばかり大量に投入して来ている。こちらはまともに攻撃を受ければ死ぬメンバーが半分以上。相手は倒しても倒しても新手を投入して来る。

これでは不利だ。

どう戦略を立て直すと言うのか。

脇の下に振動があり、ブレインから連絡が入っているのが分かった。ヘルメットを被ると情報を視覚と音声で伝えて来た。

敵はまだレッドゾーンの中にいて、こちらの西方に5つほどの塊に分かれて終結しつつあった。やはり攻撃を仕掛けて来るつもりか。

べスターと言う名の俺よりだいぶ年上に見えるサイボーグが割り込んで来た。

「敵の状況は分かったが、こちらの戦略や戦術はどうなっているんだ? 戦力は補充されるのか?」

ブレインのカミュが静かに答えた。

「今の見込みでは50時間以内に補充される可能性はゼロだ。一番近くにいる仲間は北東18㎞と南西26㎞。今交信中だが、北東側と合流した方が良さそうだ」

「敵の攻撃は何分後と予測される?」

もう一人のダイクというサイボーグが訊いた。

「恐らく45分~50分以内。あるいはもっと早いかも知れない」

おいおい、そんなに早いんかい。俺は思わず口走った。

「交信終了。これから合流地点は移動する。皆攻撃に備えて何時でも散開出来るよう準備を」

「缶詰」の振動が大きくなった。地中を高速で移動しているのだ。


人類が地球にのみ住んでいた時は、資源を確保する為には余所の国の領土に攻め入らなければならなかった。人類が太陽系の星々に居住可能な環境を作り出して、大規模に移住するようになり、人類は地球外の資源を確保出来るようになった。それでも人々は余所の星から一部の必要な資源を確保する必要があった。もちろん多くは貿易によって、平和的に手に入れる事が出来るのだが、他者から力づくでも奪うという人類の遺伝子に刷り込まれた本性は無くなることは無かった。ただ、変わった点もある。人々は戦争をお互いの領土から離れた星で行うことにしたのである。そしてバトルと呼ばれるようになった戦争は、それを専門とするプロによって行われるようになった。いや、専門家というのは綺麗な言い方に過ぎないだろう。世代を重ねる内に、それは太陽系社会における一定の階層となった。バトルを専門とする人々の階層。バトル・ソルジャーである。バトルは地球の領土を基本とする国家間での政治的紛争を解決する為の手段となった。戦争は文字通り外交の一部となったのである。一方ではバトルは、人々の最高の娯楽になった。誰もが自国のバトル・ソルジャーを応援し、そしてその勝負には莫大な掛け金が掛けられるようになった。優秀な戦歴を上げたバトル・ソルジャーは国民的英雄になった。彼らの一部は引退し、億万長者となった。しかしバトルの本質は戦争である。明確なルールは無い。そしてソルジャーの殆どは。最後はバトルで命を落とすのである。人々はソルジャーを讃え、弔い、そして忘れる。


「缶詰」が地表に出た途端に攻撃が始まった。予想よりずっと早い。

俺たちは缶詰から射出機により、文字通り飛び出して行った。すぐに地表に降りるのは危険だ。俺らは空中に飛び出して行った後、上空を滑空した。この辺りは起伏の少ない土漠で、敵が前方に集まっているのが見える。やはりメカ・ソルジャーばかり数十体。今缶詰から直接ミサイルで攻撃すれば一網打尽でやっつけれそうだが、同時に攻撃を受けるだろう。

ブレインを守るのが俺らの戦い方だから、ここは少しづつ、出来るだけ相手の戦力を削いで行くしかない。今のように開けた地形で正面攻撃は無理だ。後方に少し高くなった丘と小さな岩山があるので、そちらまで移動しよう。こちらに気が付いた敵のメカが飛んで来たがまともに相手はせず、後退した。岩山に降り立つと既にべスターが居た。

「あまり固まるのはまずいな」

ダイクも少し離れた丘の窪みの中に身を隠している。

しかし敵のメカはそれ以上こちらを攻撃はして来ず、北方の味方の方に向かっている。同じチームのミュータント達はどこに行ったのか。既に北の方の味方のメカ部隊と敵のメカ部隊が交戦を開始している。しかし敵の方が多い。メカ部隊と行動を共にしているのは仲間の他チームのサイボーグかミュータントだろう。ここを出て助けに行くべきか。味方であっても他チームのメンバーとは交信出来ない。それが出来るのはブレインだけだ。ブレインのカミュからはまだ何も言って来ない。

「暫くは様子見だな」

べスターが言って来た。

ダイクも了解と言う合図をテキストで送って来た。

敵は全てメカばかりなのか、、、そんなハズはない。どこかにミュータントかサイボーグが紛れているハズだ。でも今居る場所からはどこに居るのか判断出来ない。

カミュからイメージで連絡が入って来た。仲間のミュータントの居場所と攻撃オプションについて。フォルランとK.G.(それがミュータントの名前だった)は敵の両側面にそれぞれ付いている。べスターは右側のフォルランと、ダイクは左側のK.G.と共に攻撃する。そして俺は単独で敵の後方に回って攻撃する。よし、任せておけ、と言う感じだ。高速移動しながらメカの弱点を正確に射撃する腕では俺は誰にも引けを取らない。仲間のミュータントのサポートは要らない。敵のミュータントかサイボーグ、そいつらがどこに居るのか分からないが、さほど難しい戦いにはならないだろう。

俺はスーツの設定を高速移動に切り替えた。

行くぞ。

残りの二人も既に動き始めている。

ゴンドワナのメカ兵の弱点はわかっている。目と呼んでいる頭についている部分と、へそと呼んでいる胴体の下の方についている部分を超音速弾で射抜けばいとも簡単に機能不全に陥る。もちろんこれらの部分は固い装甲でカバーされているが、2,3発かませば露出させることが出来る。俺はべスターとダイクに「目とへそを露出させろ」と送った。

了解の合図が来た。

二人とも良くは知らないが、経験豊かな戦士なのだろうと思う。うまく動いて敵のメカの攻撃を側面に散らせている。それを見て敵の正面で交

戦していた味方が前身して来た。

右側のメカが一体、超音速弾を受けてのけぞるのが見えた。次の射撃でへその部分の装甲が飛んだ。俺はすかさずへそを射抜いた。メカが倒れるのが見えた。一丁上がり。次は左でもう一体の頭の装甲が砕けるのが見えた。高速で左へ移動しながら目の部分を射抜く。わずか直径2センチ程のへこみだが、完全に射抜くことが出来た。もう一丁上がり。仲間のミュータントが敵のメカを1体地中に引きずり込むのが見えた。こいつは俺が連射で装甲を飛ばして仕留めた。他の二人も既に2,3体倒している。

正面の仲間も圧力を強めている。

ダイクがテキストで「ガンガン行くぜ」と送って来た。

俺は「気をつけろ」と送り返した。

その時K.G.が殺られたと言うのが信号でわかった。地中で敵のミュータントにやられたのであろう。敵のミュータントが地中で動いているのだ。ブレインは何をしている。俺はカミュに問い合わせた。すぐに「相手のミュータントが補足出来ないので深度を上げる」と言って来た。俺らにはジェットパックで空中に逃れた方が良いと。馬鹿なことを言うんじゃない。今空中に出ればメカ兵の攻撃をまともにくらうだけだ。左側でダイクが地中に引きずり込まれるのが見えた。俺はメカを射撃しながら速度を上げて右側のベクターの方に向かった。だが、敵がこちらに一斉射撃を加えて来たので引き返さざるを得なかった。フォルランから初めてメッセージが入った。

「まずい。逃げろ」

どこに逃げろというのか。こういう時は攻撃こそ最良の防御だ。俺は敵から少しづつ離れながらも構わずメカを撃ち倒し続けた。漸くカミュは敵のミュータントを捉えたようで、イメージが送られてきた。既にベクターを取り囲むようにして地中数メートルのところに3体のミュータントが居た。フォルランは逃げたらしい。ベクターも気づいて一か八かジェットパックで空中に逃れたが、メカの集中攻撃にあって死ぬのが見えた。


気が付けば、敵のメカ兵がこちらに飛んで来る。一体撃ち落としたが、残りまだ6体こちらに向かって来る。敵のメカ兵も反撃を受けて身動きが取れない正面の味方とも距離が離れ過ぎているが、まずは逃げるしかない。

と、突然ブレインの乗っている「缶詰」が地中から飛び出して来た。同時に地中からミサイルが飛び出して来て「缶詰」に命中した。「缶詰」は大破して燃え上がっている。俺たちのブレイン、カミュは多分死んだだろう。

前方でも別の「缶詰」が2基、地中から飛び出して来た。一基は何とか空中に逃れたがやはり飛んで来たミサイルの餌食になった。直前にその「缶詰」からもミサイルが数発発射され敵が密集する辺りに命中した。その「缶詰」からは射出機でブレインが逃げ出していた。

またも爆発。混乱に乗じて俺は再度速度を上げてメカを打ち倒しながらブレインが逃げ出した方向に向かった。

突然目の前の地面が盛り上がって、その中から敵の移動基地が現れた。俺は近くにあった缶詰の残骸の影に逃げ込んだ。

まだ銃声が聞こえるが、勝負はおおかたついた。目も当てられない大敗だった。

他の前線はどうだろう。

基地の扉が開いて軽装備スーツに赤いヘルメットを被った女がゆっくり降りて来た。


そう、驚いたことに女のようだ。

女は真っ直ぐにこちらに向かって歩いて来る。

俺は超音速弾を放ったが、何故か女には当たらなかった。

メカ兵が取り囲んで来る。

女は立ち止まるとヘルメットを取った。

そう、ヘルメットを取ったのだ。この星の大気でヘルメットを取って問題無いということはミュータントなのか。

だが、女の顔はミュータントらしいところは一つもなかった。

美しい顔だった。

「捕らえよ」

と女はゴンドワナ語で言った。

(殺さないのか)

目の前に初めて見る敵のミュータントが2体現れた。

抵抗しても無駄であることは分っていたが、どうして殺さないのか、これから俺をどうするつもりなのか。

女はこちらを見ている。

俺も女の顔から眼を離すことが出来なかった。

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