「飼育」 大江健三郎 1958年上半期 第39回
この回は、ある意味で芥川賞の性格の変革が齎された回でもあった。今回、選考の議論は誰に渡すかではなく、大江健三郎に渡すべきか渡さないべきかというのが議論の中心だったようだ。前回の「裸の王様」のような対抗作がなく、「飼育」が頭一つ飛び抜けていたのだ。しかし、大江健三郎は既に流行作家となりつつあり、「新人賞」としての「芥川賞」の選考に揺らぎが生じるのだ。だが、結局「飼育」は受賞した。この件以来、「新人」とは言い難い作家が受賞する事例が増えていく。
肝腎の「飼育」は、戦時中の人々に潜んでいる闇を暴いたような1編である。村の火葬場で骨の「採集」を諦めた「僕」と弟は、帰りの道中、「採集」の約束をしていたはずの兎口と遭遇する。そんなとき上空を見上げると敵の飛行機が飛来していた。翌日の朝、大きな衝撃音が「僕」を起こす。何やら敵の飛行機が墜落したようだ。村の大人たちは敵の捜索を始めた。夕方、村の大人たちに連行された黒人兵の姿を目の当たりにした。
黒人兵の処遇が決定されるまで、彼は「僕」の家の地下倉庫に「飼育」することになった。そこから、「僕」と黒人兵の奇妙な暮らしが始まる。子供たちは興味本位で捕虜を観るのが日課となっていく。殊に「僕」は、彼の餌やり係としての特権を有した。
村中はもはや黒人兵の存在に慣れていった。そんなある日、黒人兵の引き渡しが決定される。「僕」はそれを知って黒人兵に駆け寄ると、「僕」は彼に捕まってしまう……
大江健三郎は以後も人間の闇の把捉、そして死生観の描写が徹底された小説を書き継ぐ。彼は後にノーベル文学賞まで受賞し、名声を我が物にするのだが、世界の文壇から高い評価を受けたからといって、世間的な知名度が高いとは限らない。私は大江健三郎を好きな作家のひとりとして挙げているのだが、彼の文章は実に難解だし、ひとにはあまり薦めない。また、『世界の小説大百科 死ぬまでに読むべき1001冊本』という脅威の小説の収録数を誇るアメリカ発の図鑑があるのだが、夏目漱石、遠藤周作、村上春樹、さらに宮部みゆきなどといった日本人作家も多く取り上げられているなか、不思議と大江健三郎は全く明記されていない。何か大衆と文壇の乖離が感じられるのだ。
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