第17話 相棒よ、永遠なれ!

 目覚めたとき――――俺の意識は、宇宙を航行する戦艦のなかにあった。


「は?」


 ちょっと待て、ちょっと待て。これアップリフト・オンラインじゃない。ギャラクシアの世界観だろ?

 モニターでAIがあいさつしてくる。


「プカプカさま、お目覚めですか。当フリゲート艦はポイント3632に向かっています」


 俺は尋ねる。


「作戦内容を頼む。エリーゼ」


 俺、つまりイカを乗せた艦隊は超光速航行でオオカミのクランの前線基地のエリアへと向かっている。現在、我が艦のうしろには2万の艦が控えている。これだけの大規模作戦を企図したのは、台頭するオオカミのクランの力を削ぐためである。

 作戦内容はわかった。ヨシ! ヨシ! やれる。アップリフト・オンラインの異世界はマジでどこ行った?

 単独でこのエリアへ訪れたのは、記録によれば交渉をするためらしい。交渉なんて選ばなくてもいいだろう。なんで戦争になってるか考えてみればいい。

 そうしてイカのフリゲート艦はオオカミのクランの前線基地のある小惑星バウトンに辿り着いた。バウトンと通信する。


「こちらイカのクラン(でいいんだよな?)。交渉に来た」


 バウトンのなかの将軍が言った。


「われわれは白旗を揚げない。なぜならBLT大帝がそれをお許しにならないからだ」


 BLT大帝! あいつも偉くなったもんだな……。


「しかし、われわれは戦ってほどこす策もなく、犬死にするのも我慢ならない」


 オオカミだけに、か。


「われわれは判断に困っている。戦うことはしたくない。しかし上の命令に従うもの、ごめんだ」

「ならばどうする?」


 とイカは尋ねてみる。


「あなたの力をお借りできないか?」

「生憎、敵を援助する気にはなれんな」


 こいつら、もしかしたらBLTにめちゃくちゃ反発してるのか? だったら――


「大帝を討てば、いいのではないか?」


 言葉が相手に深く伝わっているのがわかる。長い沈黙の後、将軍が言った。


「わたしはオオカミのクランの将、もみじおろし。その策に乗らせてもらう」


 俺がもみじおろしに伝えたのは簡単な計略だった。BLT大帝の前に俺を差し出す。大帝が油断した隙にもみじおろしの艦隊が大帝の艦隊を打ち破る。混乱のさなかでイカの2万の艦隊が突然現れて大帝の艦隊を撃破する。

 俺はもみじおろしの艦隊についてゆくことにした。超光速航法で一瞬、オオカミのクランの本部のあるリュリュエンタール要塞に俺はいた。要塞? 聞いてないんだが。手順は同じか。


「ひさしぶりだな……イカ」


 BLTと顔を合わせるのはひさしぶり、でもないか。さっきぶりだし。だが、BLTの顔には大きな傷があり、まるで別人のようだ。


「BLT……俺の墨でパスタでも食えばいい!」


 やけくそだ。なんか言っとけ……!


「イカ。もうすこし顔を見せてくれないか……」


 イカの入った球形の水槽が浮かび上がる。そしてBLTの目の前で止まった。

 俺はBLTのまえで笑った。口角はないがニヤリとしたのだ。

 もみじおろしの艦隊のクーデターが始まった。要塞が大きく揺さぶられる。俺は乗ってきたフリゲート艦にいそいそと戻る。大帝が怒りの形相でまわりを見ている。


「なにごとだ?」


「わかりません。要塞内で砲撃があったとしか……」


「裏切者がいるということか」


 もみじおろしたちは要塞を破壊し尽くす。そして大帝の艦隊も破壊する。要塞が火の塊となって崩れ落ちていく。そしてイカの艦隊が一斉に現れた。崩れていく要塞に最後の一撃を加える。

 要塞からひとつの艦がオレンジ色の火柱となってこちらへ向かってくる。はっきりと分かった。BLTだ。もみじおろしに撃破するように指示する。オオカミのクランの一時代が終わりを告げた。俺は友を討った。

 イカともみじおろしの作った大艦隊は銀河を駆ける。もみじおろしたちはバウトンに戻るらしい。俺も気ままな職業軍人に戻ろうと思う。



 画面に見覚えのある白い仮面が姿を現した。

 ゲームマスター。



「最高だ。私にもっとゲームをみせておくれ」

「ここはアップリフト・オンラインじゃない。ギャラクシアだ。ゲームクリアの条件だって違うはずだ」

「いいや、ギャラクシアはアップリフト・オンラインの下部構造で両方の世界はつながっているのさ」

「とりあえず、だ」

「何だ?」

「ログアウトさせろ」

「それは許さない」

「なぜ?」

「私はお前に期待しているからだ。お前の成長をもっと見せてほしい」

「成長だと?」


 イカは苦笑いした。


「どこにこんなクソゲーをやって成長するやつがいる?」

「いるさ、お前たちクライアント・レースだ」

「何だ、それは?」

「私が見出した準知的生物のことだ。選び抜いた種族だ」

「分からないことを言うな!」

「このようにして私とお前が話をできるのは、私がお前たちをそのように改造してやったからだ」


 つまり、どういうことだ。これ、ゲームのなかだけの話だよな?


「ゲームマスター、あんたは何者だ?」

「直にわかる」


 イカのフリゲート艦のレーダーが鳴る。フリゲート艦の前方に複数の反応だ。

 目の前に大艦隊が見える。分が悪そうだ。イカのフリゲート艦は停止した。目渡す限りの大艦隊だ。これだけの艦隊を揃えられるクランなんて存在するのだろうか。イカの目の前は真っ白になった。



 また彼女の夢を見ている。シビュラの夢だ。そこにいるのは誰だ。



「そなたはいつも眠り込んでいるな……」

「あなたは確か……」

「始祖だ。名はこれ以上ない」


 イカと始祖は向かい合って顔をまじまじと見た。記憶のなかのシビュラそのものだ。


「あなたが前に言った真実の世界ってはなし……」

「ああ」

「俺はプレイヤーじゃないって話ですよね。俺は単なるレビュアーでしかないって話だ」


 始祖は笑って答えた。


「そんなことはどうでもいい。皆がほんとうの世界を欲している。ゲームではない、ほんとうの世界の姿を」

「知ってどうなるんですか?」

「そなたたちが何に囚われているかがわかるはずだ」


 もっとヒントが欲しい。抽象的すぎてなにがなにやら分からない。


「わからないようだな。イカ、そなたはイカだ。だが知性を持つイカだ。その知性はどこから来た?」

「知りませんよ。俺はもとからあの狭い部屋でゲームのレビューを書いているんだ。生まれた時からずっと。とても長い時間をあんなふうにして過ごしてきた」


 そうだ、友達も作らず、恋人だっていない。ゲームだけが俺に安らぎや癒しを与えてくれる。


「それはだ。その体験は作られたものだ。ほんとうのまなこで真実を見るんだ。もっと高く、誰にも届かない高さでものを見ろ。そなたにはすでにその力が宿っている」


 俺がいた場所。銀河アパートの暗い一室。隣人は緑色の巨大な大男。ゲーム中継……。



 BLTのクナイの痛み――――

 ゲームへの苛立ち――――

 俺はクライアント・レースなのか――――? 



「そなたはきっと真実に気づくことができる。期待している」



 ならパトロン・レースはどこにいる――――?

 

 イカが目覚めると大きな鏡のまえにいた。背後の銀河が鏡に映っている。銀河アパートでもない、異世界でもない。ましてやフリゲート艦のなかでもない。


「ようやく気がついたな」


 鏡のむこうで男が笑っている。男は長身でワイシャツとスラックス姿だ。


「あなたは誰だ?」


 イカは外部発声装置を使って尋ねた。


「おれは佐伯さえきゆう。きみをずっと待っていた」

「あなたがおれを?」

「そうだ、もうかれこれ400年は待っていた。ほんとうに疲れたぜ」


 イカははっきりと事実を呑み込むことができない。


「きみに名を与えたい。なんと呼べばいいかい?」

「名前……?」


 そのとき、俺はふたたび生まれたんだと思う――――

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