第12話 秘密の会話

 第1層を無事にクリアしたイカたちは第1層の出口から螺旋階段で第2層の入口へと向かった。なかは暗くてなにも見えない。タラバガニとたけさん、BLT、イカ、アルウェンと続く。入口の光が届かなくなったところで、アルウェンが杖に魔力をこめて明かりにする。あたりは深い暗闇だ。足元には枯れた木が転がっており、踏むとパキンと硬い音が響く。


 タラバガニが脚になにかを感じて引っ込める。ねばねばしたなにかに触ったらしい。


「どうした?」とたけさん。タラバガニは腰を捩じって脚にくっついた何かを振りほどく。


「糸、みたいですね」


 アルウェンが明かりを高くすると白い糸の塊がカーテンのようにぶら下がっている。足元の低い植物にも糸が絡みついている。天井は高いようだ。


 一行は前に進む。気配ともつかない不気味な空気があたりに充満している。汗がぽとりと落ちた。

 暗闇に時間の経過は吸い込まれて、いまがいつなのか、どこなのかも分からなくなってくる。糸の塊をたけさんが剣で切って進む。これより先へと行ってはならないというサインのようにも思われてくるから不思議だ。アルウェンが足元に気を取られた。

 小さな蜥蜴とかげか虫か。


「あっ! やめ……」


 アルウェンが空中に消えたと同時に明かりが消えた。タラバガニとたけさんが振り向く。BLTがジャンプしたが、暗闇のむこうにアルウェンは見えなくなった。一行はお互いの声でお互いを確認しなければならなくなった。


「みんないるな?」とたけさん。強いリーダーシップで皆を引っ張ってくれる。こんなときには頼りになる。


「アルウェンは天井に消えた、これはモンスターだと思う」


 冷静なBLTの洞察力が冴える。


「モンスターなら倒してみせますよ」


 タラバガニの勇ましさは心強い。


 4人は進むことを止めて、とにかく上を目指すために登れる場所を探した。BLTが坂道を見つけ出すと、BLTの声が上から響いてくる。


「BLT、待ってくれ。いまからそっちへ行く」とたけさんが叫ぶ。

「匂いがする。アルウェンの匂いだ!」


 BLTが遠いところで探索を続けている。残りの3人は坂道を登ったところだった。


「うわぁっ!」


 BLTの悲鳴がした。


「BLT、BLT……!」


 たけさんが彼を呼んだが、彼の声は消えた。たけさんとタラバガニそしてイカは密集して武器を構えた。

 何らかの意図を持った攻撃を受けていると、はっきり認めた。武器を握る力が強くなる。呼吸を整えて暗闇に目を凝らす。タラバガニとたけさんが上を睨んだそのとき、黒い無数の足が2人を捕えてしまった。

 イカはひとりになった。ロングソードを構え、荒くなりそうな息遣いを鎮める。イカの思考はこれまでのことを思い出している。

 敵はなぜアルウェンを先に狙ったか。そしてBLTを捕まえたか。力を削ぐならば、タラバガニやたけさんを先にするはずなのに、なぜ……?

 アルウェンでしか持ちえない力は何だ。聴力、魔力、あとは……。


「そうか……光だ」


 イカは気づいた。アルウェンの持つ明かり、敵はそれが苦手なんだ。イカは装備を変える。殺気がイカを捉える。何かが凄まじい速度でイカに襲い掛かる。

 ライトサーベルを抜く。暗闇によく慣れた目。まぶしい光があたりを照らすと、イカの目の前には大人ふたりほどの高さの蜘蛛くもがいた。蜘蛛は叫びを上げて、足をじたばたさせた。この暗闇でふだん過ごしている蜘蛛だ。この光は眩しかろう。

 イカは容赦しない。蜘蛛の足をライトサーベルで両断した。蜘蛛の足から体液がふきだす。それでもイカはライトサーベルを振るのを止めない。蜘蛛の胴体が地に落ちたところでイカは飛び上がり、蜘蛛の頭にライトサーベルの一撃を食らわせた。蜘蛛は動かなくなった。

 ライトサーベルの明かりを頼りにイカは仲間を探した。太い糸でぐるぐる巻きになった仲間を見つけ出す。

 糸を解いてやると、アルウェンが言った。


「もう……ベトベト。お風呂に入りたい!」


 BLT、たけさん、タラバガニも助ける。イカは器用に触腕を使った。アルウェンがイカに、こそっと言った。


「助けてくれて、ありがと……もうっ、あんたに助けられるなんて不覚よ」


 アルウェンは決まりが悪そうにしている。イカは「仲間なんだから当たり前だ」と呟く。

 彼女はイカに念話テレパシーを送った。


『私はひとりで生きてきたの、だから仲間なんていらない。パーティーだってほんとうは組みたくなかった。私は助けなくてもいい』


『そんなことはできない。君を見捨ててなんて行けない……君はシビュラに似ているから』


『それだけの理由で助けるの? 馬鹿げてる。私はそのシビュラって子じゃない。分かっているでしょ? それとも私に発情でもしてるの? 気持ち悪い。吐き気がする』


 念話は途絶えた。アルウェンが小さく言った。


「魔力切れね……」


 仲間たちはイカを先頭にして歩き出した。敵はこちらに傷一つつけなかったようだ。あとで食おうとでも思っていたと見える。


 第2層の出口から白い光が漏れ出している。どうやらこの暗闇ともおさらばできるらしい。気配に気づいてたけさんが剣を振る。


「さいごまでご苦労様!」


 背後には大きな蜘蛛が2匹いて赤い目を輝かしている。お腹が空いていると見えた。タラバガニとイカも武器を構えて切りかかる。

 ダメージが蜘蛛に蓄積していく。ライトサーベルで足を切り落とす。力と力のぶつかり合いだ。蜘蛛は足を三本切られたところで逃げ去った。

 第2層のクリアを確認すると、仲間たちは座り込んだ。アルウェンが精霊とのおしゃべりエレメント・チャットをしているあいだに仲間たちは擦り傷に薬を塗った。じっとりとした疲労を感じる。回復役のアルウェンの魔力切れでは動きようがない。

 しばらく螺旋階段の下で眠ることにした。


『ねぇ、イカ。起きてる?』

 

 アルウェンの念話だと気がついた。アルウェンは精霊との交信が終わったようだ。


『アルウェン、君はもういいんだな』

『ええ。さっきの話だけど、シビュラって子のはなし』


 イカはこれまでのことをアルウェンに話した。


『そう、そんなことがあったの。このエルフのモデルはおそらくそのNPCをもとにしたデザインなのでしょうね。このゲームクリエイターのお気に入りのデザインってわけ。私だっていくつかのフェイスモデルを持ってる。でもどうしてかな、このモデルがいちばん動きが滑らかで使いやすい。精霊とのおしゃべりもステップが少なくて済んでる』

『だとしたら、このゲームを作った人間がそのフェイスモデルを使う者に何らかの特権を与えているとは思わないか?』

『そんなことってある?』

『わからない。けれどシビュラは巫女だ。シビュラと同じ顔を持つ者は、なにかこの世ならざる力を付与されていると考えると筋が通る』

『ねぇ、イカ。ずっと気になってた。あなたの額にある紋章。古い魔法よ』

『これはシビュラに貰ったものだよ』

『もう少し近くに寄って。もっとよく観察したい……これって装備スロットの無限化。ありえない。こんなことができるのはパラディンくらいしかいない』

『どういうことだ?』

『魔法にはいくつかの階級クラスが存在する。火をつけるとか、氷漬けにするとかクラスの低いものからゲーム・システムに及ぶクラスの高いものまで。装備スロットの解放はそもそも冒険者のレベルに応じて起こる魔法よ。でもあなたはさいしょから装備スロットがレベルマックスの状態に解放されてる。しかもその数は、信じられない数……』

『パラディンに許されているのはゲーム・システムの改変だったよな』

『そう、でもあなたはすでにゲーム・システムを状態でいるってこと。この紋章の写しを取りたいけど、いい?』

『構わない』


 アルウェンが写しを取ろうとしたそのとき小さな電流がアルウェンの指に流れた。


『これは……? 写すことができない。ブロックされてる。どういうことなの。まったく分からない』


 アルウェンが困惑しているとイカは言った。


『きっと巫女の加護だ』

『そんな非科学的なことがあってたまるものですか』

『でもこのように……』

『この改変があなたを特別なものにしている、その理由が知りたいわ』

『わからないよ』

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