悪評令嬢なのに、美貌の公子が迫ってくる

柏 みなみ/ビーズログ文庫

プロローグ


「……公子様。私たち、やっぱり合わないと思うんです」

「そうですか? 俺はとっても合うと思いますけどね」


 国立公園を一望できるカフェのテラス席の風はこんなにも気持ちいいのに、私の心には暴風雨がれ、平静をよそおうのにせいいっぱいだ。

 ここは広大なソレイユ王国国立公園の一画に造られた、四年に一度開かれる大規模どう博覧会の会場。

 そこにへいせつされた、白を基調とした上品なカフェでは、国内外の多くの貴族が博覧会の話に花をかせていた。

 そんな中、こんしんみで公子様に私たちの相性の悪さを告げるが、腹が立つほどに整った顔立ちの彼は、意外なことをおっしゃるという表情で軽く微笑ほほえんでいる。

 ラウル=クレイトン公子。

 じゃっかんにして王国団の団長にまでのぼめた彼は、今日は騎士服ではなく、のうこんのジャケットに金糸のしゅうほどこされた一目で一級品と分かる貴公子然としたいでちで、周囲のれいじょうたちからはかんたんのため息が聞こえてくる。

 そんな令嬢方の視線をひとめする男性は、さらさらとなびく銀のかみに、むらさきずいしょうひとみとろけんばかりにかがやかせて、私を見つめていた。

 カフェの店内にいる人たちも、公園を散策する人たちも、だれもが私たちの会話に聞き耳を立てていた。


「でも、公子様は無理に私に合わそうとしていらっしゃるでしょう? そういうのは長く続きませんわ。私もづかれしてしまいますし。けっこんなんてとうてい話になりません」


 ツンとあごを上げて、ここ数日がんって予習した小説やれんあい指南本の中に書かれているきらわれる女性の台詞せりふや行動がどんなだったか、おくこす。


「それに私はお金がかかりますわよ。ええと。ほら、最近人気の……その、……『マダム=シュンリー』のドレスもそろえたいし」

「あぁ、『マダム=シュンロー』ですね。妹も好きだと言ってました。話が合いそうだ」

「……それから、何でしたっけ……。ミッツ……いえ、『ヒッツベリー』の宝石もシーズンごとに揃えたいし」

「『ヴィッツベリー』の宝石は母も妹もよく身につけています。貴女あ なたかざらせるえいをいただけるなんてこの上ない幸せです」

〝パレンティアおじょうさま。店名をちがえないでくださいよ。昨日散々練習したでしょう?〞

 そんなじょのブランカのあきれた声が今にも聞こえてきそうだ。

 だん言い慣れない上に、興味のない店の名前など、全く頭に入ってこないのだから仕様がない。

 まどいをかくせない私に、公子様がふっと美しすぎる口元にえがく。

 ここでくじけてはいけないと、これでもかと言わんばかりにツンと顎を上げて、自分のくろかみかたからさらりと手で後ろにはらった。


「そもそも、貴方あなたと遊んでも楽しめるとは思いませんもの」

「そんなこと言わずに、おためしでもいいので。俺は貴女に遊ばれるならほんもうですよ」

「何度も申し上げましたが、他の殿とのがたとのデートの予約でいっぱいですので、公子様と遊ぶのはずいぶん先の話になりますわね」


 引きこもりの私の遊び相手なんて、異性どころか同性にもいないけどね。と自分で自分にっ込んで少しへこむが、気をゆるめている場合ではない。

 目の前にいるのは数々の令嬢とこいの花を咲かせてきたという恋愛『ちょう』上級者なのだ。

 微笑んだ公子様がきらめかせた瞳は、思わずのどをごくりと鳴らしてしまうほどにひんやりした空気と色香を放っていた。


「列に並んで大人しく順番を待つほど、出来た人間ではないので。その彼らには順番をゆずっていただきましょう」


 整いすぎた顔は、微笑んでいてもの念すらいてくるものだと初めて知る。

 待って。本当に困る。


「……公子様なら、遊び相手にはお困りではないでしょう?」

「遊んでいただきたい女性はパレンティアじょうだけですよ。そしてできれば、貴女の最後の遊び相手に」


 この世のものとは思えない美しい顔に笑みをたたえて公子様が言えば、周囲の令嬢方から「なんであんな女が!」と耳をつんざくような悲鳴が上がる。

「なんで私が!」と悲鳴を上げたいのはこちらの方。

 なんとしてでも私は自分で流した悪評をじっせんして、公子様に『こんな女とはこんやくしたくない』と思ってもらわないと困るのだ。

 私が、自由で、満ち足りた引きこもり研究ライフを送るためにも!


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