第29話 餡子作り教室

 餡子作りを教える日、シャーロットたちが俺の部屋にやってきた。

 

「アル、おはようございます。今日はよろしくお願いしますわ」


 シャーロットは満面の笑顔で俺に挨拶をする。

 シャーロットの衣装は軽装で、いつもと違って少し地味目な感じだ。



「シャーロ、おはようございます。ずいぶんと張り切っていますね」

「ええ、今日をとても楽しみにしていましたから」

 

 シャーロットのテンションが異様に高い。

 そんなに餡子の作り方を知りたかったのかな?


 俺はシャーロットたちを招き入れ、部屋を案内する。


「アルの部屋はこんな感じなのですね。意外と片付いていますわね」


 シャーロットは俺の部屋に入るなり、部屋のチェックを始める。

 俺の部屋が片付いているのは、基本的にキッチン以外は使わないからである。

 キッチンは俺にとって仕事部屋。

 衛生管理や整理整頓は当たり前だ。


 職人にとって身なりも大切なので、衣服関係はしっかりと洗濯をして、アイロンがけをして、シワにならないようにきっちり収納している。

 

「殿方の部屋に来るのは初めてで緊張しますわ」

 

 カリーナも俺の部屋を観察しながら進んでいく。

 男子の部屋がそんなに珍しいものなのだろうか?


 今世では女性と付き合ったことがないので、こちらの世界の恋愛事情はまだ知らない。

 経験はないが、前世の知識で行動すると碌なことにならないことだけは心得ている。

 

「こちらがキッチンです。どうぞ、おはいりください」


 特に隠したいものはないのだが、あまりジロジロ俺の部屋を観察されるのは気持ちが良くない。

 なので、俺はそそくさとシャーロットたちをキッチンへ案内する。

 

「流石ですね。とても綺麗に管理されていますわ」

「ええ、わたくしの店よりも数段綺麗ですわ」

「そうですわね。王宮の調理室とは比べ物になりませんわね」

 

 シャーロットたちが感動したのは、俺の衛生管理だった。


 前世では衛生管理が当たり前だったからこれくらいは普通だと思っていた。

 食中毒なんて起こしてしまったら営業停止だけでは済まされない。

 これでもかというくらい綺麗にするのは食べ物を扱うお店にとっては当然のことだ。と思う。


「ありがとう。でも、そんなに他のところは衛生管理が不十分なのですか?」

「わたくしの屋敷の専属料理人は一応清潔を保とうとしていますが、ここまできっちりされていませんね」

「ええ、わたくしのお店でもここまではしませんわ。もっと小さな店はかなり汚いです」

「あれ、でも、学院の授業ではかなり衛生管理に気を遣っているように思えたのですが」

 

 学院の授業でも衛生管理の話をしていたし、受験の時も衛生管理ができていない学生は不合格にされていた気がする。

 

「それは、わたくしが教育方針に加えたからですわ」


 俺の疑問にシャーロットが反応する。


 シャーロットの説明では、王立製菓学院はシャーロットの発案で作られ、運営にもかなり関与しているとのこと。

 

 って、あれ?

 

 父さんから王立製菓学院への入学を勧められたのは10年前。

 ということは、シャーロットは5歳くらいから王国の政治に参加していると言うこと?

 

 シャーロットって、天才少女なのだな。


 さて、これから餡子作りに取り掛かる。


 今回、餡子作りに使う食材はシャーロットが事前に手配してくれた。

 必要なものは全て揃っている。

 

「まずは小豆を煮るところからやりましょう」


 まずは、みんなで手分けをして小豆を軽く洗う。

 洗い終わったら、それぞれの鍋の中に小豆を入れていく。


 小豆を煮込むときの注意事項や、灰汁のとりかたなどを丁寧に教えながら作業を進めていった。

 

「下準備からすごく丁寧に行うのですね。工程の多さに驚きました」

 

 カリーナはビスコート財団の跡取り娘で、多くのお店を回っているらしい。

 

 洋菓子、和菓子に関わらず下準備にはしっかりと時間をかけるのは普通だと思っていたが、こちらの世界ではあまり時間をかけないようだ。


 たしかに、冷蔵庫や冷凍庫が無いので保存という観点で言うと、下準備の内容や季節によってはマイナスな面があるかもしれない。

 

「アルを見習って、業界の改革をしたいですわ。参考にさせていただいてもよろしいかしら?」

「ええ、問題ないですよ。むしろ一緒に業界を良くしていきましょう」

「ありがとう。そう言っていただけて嬉しいですわ」


 お菓子業界を俺一人で変えることなんて限界があるし、不可能だ。

 同じ想いを共有できる人がいるということは心強い。

 こちらこそありがたいくらいだ。



 その後、小豆が煮えてくると、一旦火を止めて蒸らしをする。

 これで終わりではなく、小豆の状態を確認しながら、煮る蒸らすを何回か繰り返していった。


 程よい状態になったら、小豆をザルをつかってしていき、その過程で薄皮を取り除く。


 何故ここまで同じ作業を何度もするのかと質問されたが、必要なものは必要なのだ。

 

 餡子作りは和菓子職人にとって重要な作業。

 ここに妥協なんて考えはない。


 作業はこれで終わりではない。


 漉した餡を布巾で包み、汁気を取る。

 鍋に水と砂糖を入れて砂糖を溶かし、甘みを付けて餡を練っていく。

 トレイに餡を移し、熱が冷めればこし餡の完成だ!


「できましたわ」

「長かったですわね」

 

 シャーロットたちは、いろいろと苦戦をしたが、初めて餡子を作ることができて満足そうだ。

 

「今日は餡子を作って終わりですの?」


 カリーナとマドレーゼは疲れた様子だが、シャーロットはまだまだ元気のようだ。


「そうですね。せっかくだから餡子を使ったお菓子を作りましょうか」

「はい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る