第9話 父さんからの提案

 翌日、いつもと同じようにお菓子を作り、品出しをしていく。


 彩られた棚に昨日は無かったお菓子が並べられていく。今までは棚の色に同化していて見栄えがなかったのだが、今ではお菓子がとても際立っている。よりお菓子を買ってもらえそうだ。


「おおー、実際にお菓子を並べてみると眺めが違いうなあ。こんなにも変わるものなのか……」


 父さんは腕を組んで満面の笑顔を見せる。


 開店の時間になると、チリンチリンと店の扉のベルが鳴った。

 開店を待っていたお客さんたちが次々と店内に入ってくる。


「ジョゼフさん、どうしたの? 店が見違えるように綺麗になっているわ」

「お菓子はいつもと変わらないはずなのに、とても美味しそうに見えるぞ!」


 店に入ってきた常連のお客さんたちは、お店の大変化に感激した。お菓子の売れ行きも好調で、お昼過ぎにお菓子が完売してしまった。

 

 いつもは夕方までお菓子が売れ残っている。しかし、今日は完売で、お菓子が一つも残っていなかった。


「アル、すごいな。これだけのことでこんなにお客さんの反応が変わるのだな」

「うん、そうでしょ。これだけ見栄えが良ければお客さんの購買意欲が増えるからね」

「アルは天才だな。こんなこと何処で覚えたんだ?」

「え、こんなの商売をする基本でしょ?」

「そんな基本聞いたことがないぞ」

「あ、いや、本を読んで勉強したんだよ。高級なお店の真似を少しでもできないかなって……」


 前世の当たり前がこの世界の当たり前じゃなかったということを思い出して、俺の声が段々小さくなっていった。


 ……やばい、やばい!


 父さんは俺の適当な言い訳で納得してもらったけれど、そう何度も誤魔化せないだろう。気をつけないと悪目立ちしてしまいそうだ。


「アルは勉強熱心なんだな。俺はここまで考えたことはないぞ。やっぱりあの話をしないといけないな」


 あの話とは何だろう?


 父さんは嬉しさ半分、寂しさ半分というような表情を見せた。


「まあ、片付けが終わってから話すよ。まずは後片付けだ」

「うん」


 今日のお菓子が売り切れてしまったので、夕方を待たずにお店は閉店になった。お菓子が入っていたバスケットなどを回収して、店内の清掃をして今日の業務を終えた。

 

「アル、そろそろいいか?」

「うん」


 父さんは真剣な顔で俺を見て、客間へ向かった。


 客間は滅多なことで使われることはない。その客間で話をするということはとても重大なことを父さんから伝えられるのだろうか。


「アル、そんなに身構えるな。お前にとって悪いことじゃない。むしろ良いことだ」

「良いこと?」


 ……俺にとって良いことって何だろう?


「王立製菓学院へ行ってみないか?」


 父さんから出た言葉に俺は固まってしまった。


「学院?」


 この世界に学校というものが存在していたことにも驚いたが、一番は製菓の学校があるということに一番驚いた。


「ああ、最近、王国からお菓子産業を広めていきたいとのお達しがあったそうだ」


 俺はまったく話の糸を飲み込めない。そこへ行くメリットってなんだろう?


「まあ、学校なんてものに縁がなかったからな。理解できなくても当然か。だが、アルの才能を考えたら学校へ行った方がいいと、俺は思う」


 父さんが説明するには、王立製菓学院には貴族や豪商の子供が通っている。貴族は義務的に通っているのがほとんどだが、豪商の子は店の跡取りがほとんどという。王立製菓学院を卒業できたというだけで箔がつくそうだ。


「そんなところへ俺が行っても大丈夫なのかな?」

「ああ、人間関係は難しいかもしれないが、問題ない」


 ……いや、そこ重要じゃない?


「でも、学費がかかるんでしょ?」

「もちろん必要だ。俺の店の一年分の売り上げ分くらいかな」

「い、一年分⁉︎」


 かなりの金額だ、それなら貴族や豪商の子供くらいしか通えないだろう。


「だがな、主席で合格すれば学費はタダだ!」


 何で、父さんはそんなに自信満々な顔を見せるんだ? 試験を受けるのは俺だろ?


「それで、入学試験っていつ受けられるの?」

「えーと、15歳だったかな。15歳になれば試験を受けられるって言っていたな」

「15歳? ずいぶんと先だね」

「ああ、まだ10年ある。その間にお菓子作りの腕をどんどん上げていけばいいさ。あと、経営の知識やこの王国の法律なんかも学ぶ必要があるから勉強も頑張らないといけないが、アルなら大丈夫だろう」

「う、うん。頑張ってみるよ……」


 ……あれ、簡単なお菓子を作って、当たり前のようにお店のレイアウト変更をしただけなのに大事になりかけてない? しかも、王立製菓学院の主席狙いって……。


 最初は俺と父さんだけの話だと思っていたが、気付けば母さんだけでなく、常連のお客さんにもその情報が渡っていた。お客さんが来店するたびに応援されてしまって、ものすごいプレッシャーを感じた。


 周りの人たちの期待を裏切らないよう、俺は仕事の合間を縫ってお菓子作りの腕を取り戻し、必要な知識を習得していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る