第7話 親子は似るもの?

「ただいま。何だ、この匂いは?」


 最悪のタイミングで父さんが帰ってきた。


「おかえり。アルがね、一人でお菓子を作っていたの」

「お菓子を? アルが?」


 父さんが俺の方を向いたので、俺は「うん」と首を縦に振った。


「勝手に厨房を使っちゃダメだろう?」


 父さんは俺の目線までしゃがんで俺を叱った。


「はい、ごめんなさい」


 俺が謝ると、父さんの腕が伸びてきた。すかさず俺は目を瞑る。


 しかし、その手は俺の頭の上にのっかった。ゲンコツでも貰うのかなと思ったが、いつも俺を褒めてくれるようにガシガシと父さんは俺の頭を撫でた。


「そういえば、ずっとお菓子を作りたいって言っていたな。で、そのお菓子はどこにある?」

「まだオーブンの中だよ」


 俺がそう言うと、父さんはオーブンに近づいて、鼻をクンクンさせながらオーブンから漂ってくる匂いを嗅いだ。


「しかし、どうやってこんな香りを出してるんだ?」

「バニラビーンズを使ってるんだよ」

「バニラビーンズ?」


 やっぱり、バニラビーンズはこの世界ではマイナーな食材のようだ。


「うん、これだよ」


 俺は余ったバニラビーンズを父さんに見せた。


「この黒いのがバニラビーンズ? ああ、でもとてもいい香りがする。アル、よくこれを使おうと思ったな」

「うん、とても甘い香りがしてたので、お菓子に使えるかなって思ったんだよ」


 嘘だ。俺はお菓子のレシピをいくつも知っている。そんなことを言ったら気味が悪い子だと思われるに違いないから、俺は誤魔化した。


「そろそろいいんじゃないか?」


 流石、父さんはお菓子職人、お菓子の焼き加減は感覚でわかるようだ。


「うん、そうだね」


 俺は厚手の手袋をつけて、オーブンから鉄板を取り出した。


 鉄板の上にはこんがり狐色のクッキーが見えた。食欲をそそる美味しそうな色合いに俺の唾液が量産されていく。


 父さんと母さんは俺を囲むようにして出来上がったクッキーを見つめる。


「すごいわ、アル。初めてなのに上手にできたのね」


 母さんは両手をパチっと合わせて、目をキラキラさせている。


「アル、食べていいか?」

「うん、いいよ」


 俺は父さんと母さんに俺が作ったクッキーを差し出す。

 二人はクッキーを摘み上げて、パキッと一口食べた。


「美味しいわ。甘さも控えめで妊娠中の私も食べやすいわ」

「ああ、美味い。硬さも食べやすくて丁度いいな」


 俺の作ったクッキーの味は好評のようだ。俺も一口クッキーを口にする。


「うんまぁ〜」


 久しぶりに美味しいお菓子を食べたので、俺のほっぺたが落ちそうだ。


 たくさん焼いたはずのクッキーなのに、俺がもう一個手に取ろうとしたら、すでにクッキーが無くなっていた。父さんが口を膨らませてもごもごいっている。


 ……そんなに慌てて食べなくても。


「アル、これはどうやって作るんだ? こんなの初めて食べたぞ」


 父さんがクッキーを食べたことがないというのは驚きだ。バニラビーンズ以外は、ごくありふれた食材で作っているので、近いものはあるのかと思ったが、そうではなかったようだ。


「え、そうなの? 使った食材はそこにあるのだけだよ?」


 俺は残りの食材が置いてある台に向かって手を向けた。


「ああ、よく見る食材ばりだな。だが、この組み合わせでこの味を出せるのか……」


 父さんは腕組みから左手を顎に当てて考え込む。


「うーん、やっぱりわからないな。どうやってこの組み合わせであの味を出すんだ?」


 父さんは眉毛を八の字にしながら考え込んでいたが、答えを導き出すことができなかった。


 仕方がないので俺は、もう一度父さんたちの前でクッキーを作ってみせた。混ぜて焼くだけなら父さんもやっていたが、混ぜた生地を一旦氷室で寝かせるということは考えたことがなかったらしい。


「一時間休ませるだけで、こんなにも味が変わってくるのか……」

「うん。今回は一時間くらい休ませたけど、一晩休ませるともっと美味しくなるよ!」

「本当か?」


 探究心を抑えられなかったらしく、父さんは生地をこね始めた。お菓子職人にとって、より美味しいお菓子を作りたいという気持ちは世界が変わっても共通のようだ。

 俺は、負けじと父さんと張り合って生地をこねる。


……きっと、お店の売り物になるのだから問題ないよね。


「あらあら、流石親子ね。うふふ」


 母さんは俺と父さんがお菓子を作る姿を見て微笑んだ。

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