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 翌日の午後、静香さんから連絡があり見舞いに行くことになった。

 お礼も兼ねて迎えに来てくれるというので、急いでプリンを作り手土産にする。

 静香さんは来るなり事務所に行き、ばあさんと父さんにぺこぺこと頭を下げていた。

 この人もうっかり結婚したばかりに、しなくて良い苦労をしているんだよなぁ。


「ではお嬢さんをお預かりします。なるべく早い時間に送ってきますので」


 静香さんの言葉に母が頷く。


「よろしくお願いします」


 車に乗り込むと、静香さんが大きなため息を吐いた。


「本当にごめんね、洋子ちゃん。迷惑かけっぱなしで面目ないわ」


「そんなことないですよ。静香さんこそ会社大丈夫ですか? けっこう休んじゃってるでしょ?」


「そうなのよ。せっかく希望の部署に配属されて、今からバリキャリ目指すぞって思ってた矢先でしょ? もう肩身が狭くて」


「大変ですね、大人って」


「自分で選んで大変にしちゃってるだけだから。でも最初に躓くとなかなか挽回できないのよね」


「おじさんは出勤したのですか?」


「休もうかとは言ってたけど、いても沙也ちゃんが困るでしょ?」


「ああ、そうですね。気まずいですよね」


「何て言うか不器用すぎるのよね。視野が狭いって言うか、キャパが小さいって言うか、バッファがないって言うか」


 私は無表情で笑いを堪えた。


「あら、ごめんなさいね。ふふふ、ちょっとすっきりしちゃった」


「それなら良かったです」


「深雪に聞いたのだけれど、来たんだって? 沙也ちゃんママ」


「ええ、私もそう聞きました。沙也さんはなんて言ってました?」


「来たとは言ったけれど、落ちたのは自分が滑ったからだって言い張ってる。子供ってそうなのよね、どんなに酷い親でも絶対に庇おうとするの。捨てるのはいつも親の方よ。私の場合もそうだったもの」


 私は俯くしかなかった。


「沙也さんも庇ってる?」


「うん、多分そう。分かっちゃうんだよね、経験者としては。だから彼女の決定に従うつもりよ。勿論再発防止は絶対だけど、仕事をしていると守り切れないし悩んでる」


「方法はいろいろあると思います。私もできるだけのことはしますし。仕事を辞めるのはいつでもできるんじゃないですか? あ……生意気な口をきいてすみません。うちの祖母がいつもそう言うもので」


「ううん、有難いわ。そうかぁ、そうよね。おばあ様は現役でいらっしゃるんですものね。尊敬するわ」


 いや、ばあさんが現役なのは諸事情があるからなのだが……


「静香さんってどんな仕事してるんですか?」


「普通の商事会社よ。何かがやりたくてそこに入ったわけではないの。とにかく働かないと暮らせなかったから、給料だけで選んじゃった。でも意外と面白くて続いてるって感じ」


「事務じゃないですよね……営業ですか?」


「元々は事務系よ。でも今は研修センターっていうところにいるの。スケジュール管理とか新規顧客へのプレゼントとかが主な仕事ね。マネージャーって呼ばれてるわ」


「面白うそうですね」


「うん、面白いのは間違いない。でも……家庭が無ければもっとやれると思ってしまうことが多くて、そのたびに自己嫌悪に陥るわ」


「後悔してるんですか?」


「結婚したこと? う~ん、どうかな。しなければしない人生だっただろうし、したらしたなりの人生だからねぇ。どっちにしても文句は言うし愚痴は溢すでしょ? だから同じことよ。同じことなら家族が増えた今の方が、あの頃より責任感は増したかな」


「家族かぁ……家族って何でしょうね」


「哲学的な質問ね。私にとっての家族はっていう答えでいい?」


「是非お願いします」


「私にとっての家族は、欲しいなら努力して維持するものかな。要らないって思ったら、それはそれで生きていけるのよ。だから家族なんだからって思わないとすぐに壊れちゃう。そう言う意味では一番近いからこそ一番気を遣う存在ね」


「家族に気を遣うんですか?」


「うん、だってそうでしょ? 一番長い時間を共に過ごすのだもの、気持ちいい方が良いわ」


「確かに」 


 仰る通りだとは思うが、果たして自分はどうなのだろう。

 気を遣うのと遠慮するのは違うはずだし、媚び諂うのはもっと違う。

 当たり障りなく接するというのも納得できる回答ではない。

 家族って何だろう……

 もしかしたら教科書では学べない、もっと大事な事があるのかもしれない。

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