17
小テストの波状攻撃を乗り切った私たちは、平々凡々とした毎日を過ごしつつ、合唱祭や体育祭を楽しんだ。
葛城はなんとか頑張って、私の鬼補習に耐えている。
制服も冬服に替わり、そろそろマフラーが欲しいという頃、葛城が頬を腫らして登校してきた。
「どうした?」
「うん……ちょっと……」
言葉を濁す葛城を連れて保健室に向かう。
「湿布を貰おう。酷いよ?」
途中で担任とすれ違い、1時限目の音楽は病欠扱いにしてもらうことになった。
葛城はコケたと言っていたが、くっきりと指の跡が残っている。
柔肌の女子高生をグーで殴るとか、あり得んだろう。
「誰かに殴られたね?」
保健室の先生が席を外した時、私は葛城を問い詰めた。
「お父さんが……でも静香さんがやり返してくれたから……」
「どういうこと?」
葛城が腫れた頬を擦りながらぽつぽつと話し始める。
昨日の日曜日は、義妹である深雪ちゃんの誕生日だったそうだ。
本人の希望で3人で出かけることになり、葛城はほっとしながら見送ったらしい。
相変わらずの疎外感の中で生きてるんだね……
「車の音がしたから、迎えに出て玄関を開けたら、丁度深雪ちゃんがいてね。大きなぬいぐるみを持っていたから前が見えなかったみたいで、私に激突したんだよ。コロンと後ろに転がって、静香さんが慌てて助け起こしたんだけど、そのシーンしか見ていなかったお父さんが怒っちゃってさ。私に駆け寄ってきて殴ったの」
「マジか……」
「静香さんは深雪ちゃんの後ろにいたから全部見てて、私が悪いんじゃないって言ってくれたんだけど、深雪ちゃんが泣きながら私に突き飛ばされたって言ってさ。そしたら静香さんが深雪ちゃんをしかって、そしたらもっと泣いちゃって。もう修羅場よ。私は口の中を切って血がボトボト出るし。あまりの泣き声に隣の人が来ちゃってさあ」
「そりゃ大変だったね。でも突き飛ばしたわけじゃないんだから誤解じゃん。それで? お父さんは謝った?」
「謝るわけ無いよ。連れて行かなかったから僻んだんだろうって言うんだもん。今まで二重生活だったから贅沢できなかったんだって。だから2人を旅行にも連れて行けるのも年に1度くらいで、記念日に外食するのが精一杯だったんだって。これから深雪のためにいっぱい思い出を作ってやろうとしているのに邪魔をするなって、すごい剣幕だった」
「なんだよそれ」
「私は1度も旅行なんて連れて行ってもらった事もないし、外食だって小学生の時の数回だけだよって言い返したんだ。そしたらお父さん……そんなこと知るかって吐き捨てるように言うんだもん。お前は両親が揃っていただろう、深雪はずっと片親で肩身の狭い思いをしてきたんだぞって怒鳴るんだよ。だからお前が我慢するのは……当たり前だって……確かに戸籍上は揃っていたけど……」
私は生まれて初めて、見ず知らずの大人に対して殺意を覚えた。
まあ、絶対にやらないけど。
「泣け! 葛城沙也! 声を出して泣いても良い!」
私の言葉に葛城はゆっくりと首を振った。
「でもね、その時ずっと聞いていた静香さんが、お父さんに謝れって言ったの。お父さんは驚いていたけど、謝らなかった。そしたら静香さんがお父さんの頬を平手打ちした。びっくりしたよ」
「へぇ……」
「部屋にいた深雪ちゃんを呼んできて、なんで噓を言ったのかって問い詰めてさぁ、また深雪ちゃんが泣き始めたんだけど、静香さんは許さなかった。すごいよね」
「そうか、静香さんはまともな大人だな。少し安心した」
「うん、お父さんと深雪ちゃんが寝室に戻って、静香さんとリビングで話をしたんだ。静香さんはお父さんの子供は産んだけど、入籍する気は無かったんだって。でも深雪ちゃんのためだからって言われて頷いたんだって言ってた」
「シングルマザー覚悟で産んだのか……すごいね」
「自分は母子家庭で育ったから、私と同じで中学の頃からほとんど1人で生活してたんだって。死ぬまでずっと1人で生きるのかと思ったら、怖くなって子供を産みたいって考えたらしいよ。結婚する気は無かったって言ってた」
「そうなんだ……でもお父さんは許せんな。絶対に謝るべきじゃん」
「静香さんもそう言ってたけど、どうかな。今朝も深雪ちゃんはおろおろしてるし、静香さんは謝るまで許さないって言い切ってたし。お父さんは早くに出勤してて顔をあわせなかった」
「なあ、葛城、今日はうちに泊まりに来ないか?」
「え?」
「帰りづらいだろ? 何なら父親が頭を下げて迎えに来るまで居て良いよ」
「そんなこと言ったら、そのまま放置かもよ? ありがとう。でも、今日は帰るよ。私が帰らないと深雪ちゃんの立場が無いだろうし、静香さんが気に病むだろうから」
「絶対に謝るまで無視してやれ!」
「ははは! それは日常生活と同じだから効果なしだね。してるんじゃなくて、されてるんだけど。ははは」
私は泣きそうになるのを必死で堪えた。
自分の無力さが腹立たしい。
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