13

 業務用の掃除機を使いながら、作業中の部屋を伺うと、そこは明らかに出て行った姉の部屋だった。

 ということは、ここは母親の部屋だったのだろうか。

 壁紙に染みついたような香水の匂いが、やけに生々しい。

 姉の部屋から運び出されていく家具たちは、どれも乙女チックなデザインだった。

 白い塗装が少し剝げかけているドレッサーは猫足だし、付属するスツールの座面は赤い生地で覆われている。


「ああ……ここに元祖がいたのか」


 掃除機のスイッチを切って私はそう呟いていた。

 まだ剝がされていないポスターでは、葛城と同じ髪型をした少女が2人と、ポニーテールが1人、極めつけは耳の上で大きなシニヨンを結いあげた2人が決めポーズをとっている。

 どれが姉なのかはわからないが、あのツインテールのどちらかだろう。


「これは?」


 兄が葛城に聞いている。


「それも……捨ててください」


「いや、無理しなくても……」


 戸惑った兄の声に驚いて部屋をのぞくと、葛城が座り込んで泣いていた。

 玄関が開く音がしてドカドカと無遠慮に階段を昇って来る押し音がする。

 

「全て不要だから、全部持って行ってくれ!」


 初めまして鬼畜なお父様と、私は心の中で挨拶をした。

 葛城が肩をビクッと揺らして顔を上げる。


「何をしている! 早くしなさい。内装業者が来るまでには運び出せと言っただろう」


 激動の数日を1人きりで乗り越えてきた娘に対する言葉がそれですか?


「君たちも早く運んでくれ。こいつのことは放っておいていいから。とにかく急いでくれ」


 父親の声に止まっていた作業員たちが再び動きだした。

 父親が壁に貼られたままのポスターに手をかけようとした時、柏原さんが声をだした。


「うちの娘がファンなんですよ。廃棄なら貰っていいですか?」


「好きにしてくれ。必要なものは無いんだ。そちらでどうしようが関係ない」


 はい! 言質いただきました!

 私は急いでそのポスターを丁寧に剝がしてくるくると巻いた。


「他のも良いですか?」


「勝手にしろと言っている。とにかく急いでくれ」


「はい」


 ポスターを抱えた私は急いで掃除機のスイッチを入れた。

 あっという間に空っぽになった姉の部屋の清掃にかかる。

 しかし濃いピンクのカーペットに、白地にピンクの花模様の壁紙のこの部屋で、芸能人になることだけを考えて育った娘というのは、どんな性格になるのだろうか。


「あ……これは……」


 葛城の声がした。


「ああ、これですね」


 兄の声が続き、大きな段ボールが運び出されていく。

 ふと見ると、その段ボールの横には太いマジックで書かれた洋子という文字があった。

 葛城らしいといえばそうだが、もう少し考えても良いんじゃないか?

 そんな事を考えながら、バケツを持って階下に降りた。

 洋子印の段ボール箱を無事に軽バンに運び込んだ兄が、私を見てニヤッと笑う。

 とりあえずミッションコンプリートだ。

 

 新しい水に入れ替えバケツを持って二階に上がる。

 母親の部屋だったところは木の床だったので、雑巾がけをする必要があるのだ。

 そう言えば葛城はどうしているのだろう……

 気になって彼女の部屋を覗いたら、ベッドに座ってボーッとしていた。

 声を掛けようかと迷っていたら、再び階下から上がってきた父親が吐き捨てるような声を出した。


「座ってないで早く動け。まったく、出て行くならこいつも連れて行きゃあ良いものを」


 私は慌てて葛城の顔を見た。

 彼女は微動だにせず、先ほどと同じ体勢のまま俯いている。

 私は大きく息を吸って、一歩踏み出した。


「二階はこれで終わりですね。リビングの指示をお願いします」


 父親に詰め寄ろうとした私の前に体を滑り込ませた兄が、努めて明るい声で言った。


「ああ、ソファーセットとダイニングテーブルは廃棄だ。今行く」


 私の体を後ろで手止めている兄の前を通り抜け、父親が階段を降りて行った。

 兄が振り向く。


「ここは我慢だ。ぶち壊す気か?」


「うっ……ごめん。ありがとお兄ちゃん」


「酷でぇ親だが、親は親だ。あの子の側にいてやれよ。たぶんあと20分くらいで終わる」


 私は頷いて葛城の側に近づいた。


「大丈夫か? 葛城」


「洋子……ちゃん……空っぽになっちゃったよ。どうしよう」


「お前の部屋はこのままなんだろ? ここに居たらいいよ。用があったら呼ぶから」


「うん……」


 私は急いで床掃除を済ませ、窓を全開にした。

 姉の部屋だった場所の窓も開け放つ。

 向いあった2つの部屋を夏の風が吹き抜けた。

 不快な蒸し暑さと化粧臭さが混じり合い、私は居た堪れない気持ちになる。

 振り向くと、葛城沙也はぽんちゃんを抱きしめて泣いていた。

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