第15話 監禁

 ……ん、ここは。

 あかねは目が覚めると、先程嗅いだクロロホルムがまだ脳内でうごめいているようで、頭がくらくらして、吐きそうになる。

 それに、埃被った匂いがする。あかねは皮膚のアレルギー症状が物心ついた時からあって、身体のあちこちが痒くなる。

 部屋は真っ暗だ。あかねは手足を縛られていないのが救いだった。


 目も暗闇から慣れた時に、周りは何もないことに気が付いた。狭い部屋に一人だけいることが分かった。

 そうだ、あたしサングラス二人組の後を付けた後に、何者かが背後からハンカチのようなものを嗅がされたんだ。

 となると、この部屋は彼らのアジトなのか。

 何だか怖い。あかねはこの部屋から動けないことを知ると、一気に怖気づきそうになった。


 すると、隣の壁から声が聞こえた。あかねは思わず部屋の壁に右耳を当てた。ひんやりとしたレンガ造りの壁だった。

「どうします? あいつ、殺しますか?」

「殺して山に埋めます?」

「いや、まて」館野は背もたれの椅子に浅く座って、あかねの――黄土色の三流のメーカーだが、シンプルでオシャレな長財布の中身を彼は確認する。

 出てきたのは、あかねの免許書、それから探偵の名刺、その他もろもろなポイントカード、大量のレシート。一方現金は紙幣が一枚と、小銭は沢山あるが、全部合わせても五百円程度、全て見たが、何ともずさんな管理だった。


「財布のデザインは良いが、中身は汚いな。まあ、あいつはどうやら探偵らしいな」

「探偵……」

 館野と一緒に宝石強盗を共にした野口が恐れおののくように言った。

「警察がオレたちのことを嗅ぎ付けたのか?」

 館野は静かに野口ら三人を見た。「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、ここでじっとしてても、いずれかは警察にバレてしまう。選択は、この探偵の女を殺害して逃げるか。それとも今、監禁してるあの女を誘拐として、身代金を貰うのも手だ」


「それだったら、宝石と割れば取り分は四人にしてもらえるんですか?」

 失敗した守山のチーム――ひょろりとした痩せ型の安宅が目を輝かせていった。

「まあ、成功すればな。一億は欲しいな。ハハハハハ」

 館野は高笑いを見せて、背にもたれた。大柄でまだ三十ほどの年齢だが、守山も含め五人の中では一番の年上だった。


 ……宝石? あの、宝石強盗たちなんじゃないのか。

 あかねはピンときた。こいつらは昨夜二店舗の宝石店に侵入して、今世間を騒がせている奴らだ。

 とんでもない奴らに捕まってしまった。一店舗は失敗しているとはいえ、もう一つは成功している。きっと頭のいい奴らに違いない。

 それに、顔は見られないが、一番のリーダー的存在の人物が、何となく、支配力があり、少しでも機嫌を損ねたら怖い人間だ。

 そいつに反抗してしまうと、どうなるかは分からない。


「取り合えず、まずは笹井探偵事務所に電話して、身代金の話を持ってこさせる」

 館野は独り言のように、しかし大きな声でいいながら、あかねのスマートフォンで電話を掛けようとしたのだが、そこで、彼女のスマホから電話が鳴った。

「つむぎって奴からだな」

 館野は電話に出た。


「もしもし、お姉ちゃん、どこにいるの?」

 館野はしばらく沈黙していたが。受話器をスピーカーに切り替えて、スマホを机の上に置いた。「……お前の姉は連れ去った」と、低い声でいった。

「誰ですか?」

「ハハハ、教えない。でも、お前ももしかしたら、知ってる人物かも知れないな」

 そのやり取りを聞いていたあかねは、感情的になり咄嗟にドアのノブを回した。


「つむぎ!」

「ひい、奴が起きてきましたぜ」と、安宅は身体をビクッと震え上がった。

 すると、館野はニタニタ笑いながら、持っていた拳銃で、あかねの部屋のドアに発砲した。

「きゃあああ!」

「お姉ちゃん! 何をしたんですか?」

「ちょっとお前の姉貴をいたぶってやっただけだよ」


「何が目的ですか?」つむぎも感情的になり、銃撃音を聞いたことで、声がうわずいていた。

「お嬢ちゃん、オレたちはお金が欲しいんだよ」

「……いくらですか?」

「うーん、いくらにしようかなあ」

「はぐらかさないで、ハッキリいってください」

「うるせえな。ガタガタいってると、お前の姉貴の命がねえぞ」

 あかねは叫んだ。「つむぎ! ここはこいつらのいう通りにした方がいい。こいつらはあの宝石強盗の奴らだよ」


「ガタガタ叫んでんじゃねえよ!」そういって、館野はもう一発発砲した。

「きゃあ」あかねはもう失禁してしまいそうなくらい、足元が崩れ落ちた。

「……分かりました。すみません」

 つむぎは虫の息のように小声になっていた。

「フフフ、面白い奴らだな。金は一億だ。一億用意しろ!」

「一億……。いつまでですか?」

「そうだな。お前の姉ちゃんを可愛がってからだから、猶予を与えてやるよ。明後日だ。それまでお前の姉ちゃんをいたぶってやるよ」

「……分かりました」


「その時に、また電話をする。警察には絶対に知らせるな。後、約束を守れなかったら、姉貴は守山と同じ山に埋めてやるよ。裸のままでな」

「……分かりました」

 本当につむぎは館野の話を鵜呑みにして聞いているのだろうか。あかねは刹那的に心配したが、それすらも気が遠くなるほど、へたばってしまっていた。

 館野は電話を切った。また背もたれの椅子に、身体を投げ出すようにもたれかかり、頭の後ろを組んだ。ギイっと床が重さにこたえるように軋む音がした


「本当に、警察にも頼らずに一億用意するんでしょうか?」野口は腕組みをした。

「一億も出せるんなら、相当な資産家でしかない。それにあいつの妹だから十代の学生だろう」館野は後ろを振り返り、あかねが居座っている部屋のドアを見て、また野口を見上げた。「一人で抱え込むのは無理だから、警察に相談するのが妥当だろう」

「警察が関与したら、この場所もマズいですよ」

「分かってる。金だけもらったら、海外に逃亡する。いいな」

 館野は立ち上がって、ニヤニヤしながら、革靴の靴音を立てて、あかねが監禁されている部屋のドアを開けた。


 さびた蝶番が、ギイっと鳴くように音を立てながら、館野があかねをみると、彼女は怯えたように、後ろを振り返って彼を見た。

 館野はあかねの服を片手で掴み、無理やり立ち上がらせる。彼の力だと小柄なあかねを持ち上げることが出来るくらいだった。

 あかねは館野の顔を見た。そこにはサングラスをして通気性のいいウレタンの黒いマスクを付けていた。ベースボールキャップを被り、髪が肩部分まであり、意外とさらさらとした黒髪だった。


「何するんだよ!」あかねは吠える犬のように、出来る限りの威嚇をしながら掴まれた彼の右手を噛もうとした。

「おっと危ない」館野は笑いながら、あかねを投げ出すように手を離した。あかねは半分持ちあがっていたので、不意にその場で手を突きながら、うつ伏せで倒れ込む。

「おい、お前ら、今日のメインディッシュをしようぜ!」

 そう後ろを振り返りながら、館野は笑った。


「館野さんから、召し上がってもらった方が……」野口は館野の横に来てあかねを見た。こちらも身長が高く、百八十センチくらいだ。

 安宅ももう一人の塩内もやって来た。四人ともニヤニヤ笑ってあかねを見ていた。

 野口、安宅、塩内の三人は変装みたいなことはせずに、そのまま顔を露わにしながらあかねを見ていたが、まるで大学生の男子サークルのように、爽やかそうな半面、今からしでかすことに、あかねは恐怖で思わず失禁してしまった。


 キャンプで使うランタンを持っていた野口は、あかねの顔を近づける前に、気が付いてジーンズから流れてくるモノを照らした。

「こいつ、小便してる」

「ハハハ、ビビってるんじゃねえか。強がってる女も悪くないな」

 そう仁王立ちしながら、館野は声を上げて笑う。


「オレもう我慢が出来ません。館野さんからやって下さい」安宅は自分が履いてあるスラックスのベルトを外す。

「お前たちのお陰で、今日はいいものが手に入った。ここは特別に輪姦をしようぜ。そこのドアを閉めろ!」

 身長百六十ほどの小柄な塩内が、従うように両手でドアを閉めて、内側から鍵を掛けた。

「早速頂きますか。お前たち用意しろ」

 館野はマスクを取って白い歯を見せた。あかねは目を閉じて自分を身構えるしかなかった。

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