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 息を切らせて戻ると、家族は「心配したよ」「よかった、まだ間に合う」とホッとした顔だった。

 

「時間は、あと10分しかないの。誰から始める?」


 母さんが心配そうに言うと、父さんは「聞いてくれ!」と大声を出した。

 決死の覚悟って感じの声だ。真剣だ。

  

「実は父さんの会社、潰れたんだ」


 父さんは血を吐くように告白した。

 重い告白だ。今にも死にそうな顔で頭を下げる父さんに、俺の息が詰まった。


 忙しそうにしてると思ってたけど、そんなことになってたなんて。

 ぜんぜん、想像もしてなかった。


「すぐに再就職する。家のことを疎かにしているのだから、その分、外で稼がないといけないのに。仕事もままならず、俺はダメなやつだ。本当にすまない……すまない……!」


 俺は胸が締め付けられる思いがして、妹と目を合わせた。妹はスマホでLINEチャットを送ってくる。アイコンタクトを放棄するなよ。

 

 妹:今の世の中って、仕事で悩む大人はめっちゃ多いらしい

 

 妹:理不尽なことがいっぱいで、体も心もすげー疲れて、金を稼ぐってストレスだらけで、一説によると学校は社会に出てストレスまみれになったときのためのストレス耐性をつける訓練場なのだとか

 

 妹:メンタルクリニックとかはストレスが高くなりすぎた人たちの予約でいっぱいで、会社を休む免罪符になる「あなたは疲れていますね、休む必要がありますね」という診断書をみんながほしがって行列をつくるのだとか

 

 妹なりに真剣だ。

 だが、待て妹よ。


 兄:それはわかったが、今父さんが目の前で話してるだろ。スマホいじらないで真剣な顔で聞いてやろうよ。


 妹はスマホを仕舞って、目を合わせてきた。

 そして、軽く顎を引いて目を伏せた。


 まさか、こいつが反省してるのか!? 

 

 現実に驚く俺の耳には、父さんのため息が聞こえてくる。

 

「はあ……」


 父さんは、見るからに疲れていた。なんか、倒れてしまいそうだ。


 心配していると、母さんが父さんの手を握った。

 

「……いいわよあなた。のんびり休んでよ」


 からりとした夏の太陽みたいな笑顔だった。


「母さんね、実は趣味でVtuberしてるの。夏野サンっていうのよ」


「サンちゃん!?」


 それはFPSの腕がよくて大会にも出てる個人Vtuberだ。中学生のはずだけど。

 ってか、俺スパチャしたことあるけど。どゆこと?

 

 俺が母さんに貰った金で母さんにスパチャしてたってこと?


 考え込んでいると、爺ちゃんが告白している。

 

「わしも、実はVtuberアバターをつくっておってな。あれは儲かるのう。わしは老い先短いし、稼ぎは全部やる。ずっと長い間働き詰めだったんじゃ。休むのもいいじゃろ」


 妹はその波に乗った。

 

「あたしのBLエロ同人、実は黒字でさ。コミッションサイトで依頼もきてさ。売上で積み立てNISAしてたら増える、増える。あたし、お金持ってるから学費自分で払えるよ」


 妹、まだ中学生なのにすごくね? 

 え、なにそれ。俺の立場ないじゃん。

 

 と、そこで俺に視線が集まる。

 

 俺は婆ちゃんの形見のブタさん貯金箱に入れた100円玉すら翌日に出して使うような男だぞ。

 金はない。

 ポケットを探ると、卒業祝いに部活の後輩がくれたギフト券があった。

 ケンタッキー・フライド・チキンのチキンが4ピースとポテトセットで引き換えできるやつ。


「……父さん、俺の気持ち」

  

 ギフト券をあげると、父さんは泣いてしまった。

 どういう涙なのかは考えないでおこうかな。なんか自分でも泣きたい。


 もっと言うべきことあるだろ。感謝とか。

 もっと、親孝行なこととかさ……。


「ちょっとぉ。泣かないでよぉ」

 

 そんな父さんにつられて、母さんも涙を流して白いハンカチで目元を拭っている……あれ? 母さんの泣き方、なんか違和感あるな?


 と、そのタイミングで、ロリボイスがした。桜の精だ。

 

「おぬしたち、和解したようでよかったのう」


 桜の精は満足そうだ。

 綿飴みたいなピンク髪をふわふわ揺らして、「メスガキ」って言われそうな生意気そうな表情をして顎をあげている。可愛い。

 

「ということは、俺たちは元に戻るんだなぁ……」


 よかったよかった。一件落着じゃないか。

 と思っていると、みんなが俺と妹を見た。えっ、何?


「まだじゃろ?」


 何かを見透かしたような声だった。

 すると。


「はーい! あたしはイケメンのままがいい!」


 妹は底抜けに明るく、すごいことをカミングアウトし始めた。


「自分をモデルにできるって最強! あたし、ずっとイケメンになりたかった!」


「生理とか女子グループの付き合いとか面倒でさ。試験とか旅行の時に生理になったのが本当に嫌だった。ネットとかで女ってだけで目の仇にしてくる連中もいてさあ。よく女になりたいって男がいるけど、それって一生女で過ごす覚悟あんのかな? あと、夜道で知らない奴に後ろから突撃してきてタックルかまされて押し倒されたことあんの。逃げたけど、本当に怖かった」


「お前、そんなことがあったのか」


 妹がそんな怖い目に遭っていたとは。

 ショックだ。

 

 兄ちゃんもいいなよ、と視線を向けてくる。


 いや、どうだろうなー。今の話聞いちゃうとな。

 さっきナンパされた時、実際、怖かったんだよな……。


 なりたいような、なりたくないような。

 俺の中に心が二つある! 俺の本心は、どっちだろう?

 あっちかな? こっちかな? いや、やっぱあっち?


「お、俺は――――!」

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