第3話:彼女はたくましい。

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貧血騒動の後、明確に拒絶された俺は凹みっぱなしだったが美玲の方は至って普通だった。とはいえ勝手に気まずくて、仕事以外では声をかけられないまま気づけば月末に差し掛かっていた。



「黒田さん、これチェックお願いします。」

「後で見る。」

「お願いします。」



そんなやり取りはもう何度目だろうか。月末はどうしても翌月分の物が溜まりやすい。残業が嵩むことはないが、普段より余裕がないことは確かだ。心なしか社内も少しピリリとする。



「美玲さん、お昼食べましょ!」



昼休みになってそう寄って来たのは、あの晩飲み会で酔い潰れた新入社員だ。あの子はあれ以来美玲によく懐いている。



「桃ちゃん…。同期と食べなくていいの?」

「大丈夫です、今日夕飯行く約束してるので!」

「そっか。いや、私が皆に入れてもらったてお昼食べたらいいのかな? でも邪魔かな。」

「え! 邪魔じゃないです! じゃあ向こうで皆で食べましょ!」



桃ちゃんこと桃原ももはらは美玲の手を引くと同期の輪に美玲を連れて行った。難なく新入社員の輪の中に入れる美玲がすごすぎる。受け入れることより、受け入れられることの方が難易度が高い。特にできている輪の中に入っていくのは難しいものだ。あのコミュニケーション力はどこに行ってもかなり強力な武器だろうな。そんなことを思いながら美玲を眺めて苦笑していると、海野が盛大な溜め息を吐いた。



「早く普通に話せよ。」

「無理。そんな度胸ない。」



明確に終わりを突きつけられたらさすがに心が折れる。少しくらい保身に走りたくもなるというものだ。

ここ最近は梅雨時で屋上には足を運べず、俺と海野は休憩室で昼食を摂ることが多くなっていた。夏や冬もここにいることが多いので、春や秋の短い期間しか屋上を楽しむことはできない。あの屋上の開放感が恋しい。

屋上で見上げるビルの中の青空を思い出していると、耳にお局の声が飛び込んできた。



「やだ、男子の次は若い子に媚び売ってるの!?」



振り向けば美玲がキョトンとした顔でお局を見上げていた。美玲は笑顔になってお局に切り返した。



「灰田さんも一緒にどうですか?」



お局こと灰田はいだは思い切り顔を顰め、そして嘲笑を浮かべた。



「やぁね、私みたいなオバサン話が合わないもの。あなたたちも無理することないのよ〜?」



新入社員たちにそう言うと灰田は休憩室を出て行った。それを見て怒ったのは新入社員たちだ。



「なんですかあれ。なんでいっつも玉寄さんに絡むんですかね。」

「美玲さんも言い返せばいいのに!」

「あの人贔屓激しいんだよなぁ…。」



口々に愚痴が漏れ始め、ヤバいと思って動きかけた俺を制止したのは海野だった。海野は無表情のままただ美玲を見ていた。



「はい、そこまで。怒ってくれるのは嬉しいけど、愚痴はダメ。特に社内で社内の人の愚痴は厳禁。誰が聞いてるか分かんないからね。」



美玲は笑顔で新入社員の愚痴を止めた。



「でも…。」

「きっと灰田さんも疲れてるんだよ。大変なときって性格悪くなるから。根っこからの嫌な人なんていないでしょ?」



特に桃原は納得していなさそうだったが、新入社員たちは口を閉ざした。美玲は穏やかな顔をしていた。そんな美玲を見て海野はニヤニヤしていた。



「さすが。いいねぇ、肝が座ってて好きだわ〜。」

「……玉寄さんがメンタル食らわなきゃいいけど。」

「ふは、じゃあ話聞いてやれよ。」

「……。」



それもそうだ。本人は平気そうにしているが、先日からお局に絡まれる姿は目にしている。ある意味良い機会だ。夕飯にでも誘って聞いてみよう。俺は決意を固めながらオフィスへと戻った。

けれど思っていたよりもその機会は早いタイミングでやってきた。



「お電話ありがとうございます。株式会社〇〇です。」



美玲は電話を取るとキーボードを叩き始めた。顧客情報の検索のためだ。けれどその手がすぐに止まる。

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