そもそもの発端は六月に失踪した宝田昭義だった。


今年五月、宝田は些細な金銭トラブルで元暴力団員の関口喜一を殺害した。


関口は元々宝田の兄貴分の立場だったが、昨今の暴力団員への締め付けに嫌気がさし二年前に組から抜けたのだが、堅気の仕事は中々上手くいかず度々宝田に金の無心をしていたという証言が幾つも出てきた。


そのことで口論する二人の姿が何度も目撃されており、捜査本部は事件の原因を借金を巡るトラブルと断定した。


宝田の足取り追うのは難しいと思われたが、思いの外苦労することなく神降島へ向かう高速船に乗ったことが判明した。


宝田が神津島出身者だと分かると、すぐに神降島が捜査線上に上がったからだった。


ここまでは良かった。


関連性を調べていく内に、幾人もの観光客が神降島で行方をくらませているという事実が浮上してきたのだ。


行方不明者自体はそれほど珍しくはない、日本において一年を通しての行方不明者は年間八万にも及ぶのだから。しかし小さな離島で八人もの行方不明者が連続するのは異様であり、しかもその期間はたった数か月の間となると、何らかの事件性を疑うのは必然だろう。



「何度調べてもこの島が自殺の名所なんて話しは出てきませんでした」


相田が足元の猫を疎ましそうにしながら歩を進める。


「だよな、いっそ自殺の名所ってんなら話しは簡単なんだが」


そう話す、坂上の目の前にいかにも田舎の一軒家然とした建物がある。


「田舎の五分は長く感じますね」


不満そうな相田の意見は無視した。


「すみませーん、ごめんくださーい」


家の主は直ぐに現れた。


やや猫背気味の年配の女性。本人は八十二歳と言っていたがそれより若く見えた。野良着を着ているのは庭で作業中だったからだ。


「あー葵ちゃんはよく覚えてるわぁ、将来は写真家になるって言ってたかしら、元気な子でしたよ」


開け放したままの玄関の方を指さす。


「そこに飾ってあるのが、葵ちゃんが撮ってくれた写真」


よほど嬉しかったのか大判にプリントされた写真は額に入れられ、玄関横の棚の上に置かれれていた。海をバックに満面の笑顔を浮かべる馬松のぶが写っている。


「葵ちゃんは島を出る日に、お婆ちゃんまたねって挨拶してくれましたよ」


「そうですか…ありがとうございます」


結局、行方不明者の情報は殆ど得られず、植松の昔話を延々と聞かされるばかりだった。


ぐったりした二人は植松家を後にすると今度は海の方へ向かう。


小規模な漁港ではあったが、それでも数隻の船が停泊し日焼けした肌の漁師達が幾人も作業をしており、猫の数も一段と多く目につく。


島に上陸して一番の活気を感じ、ここならと相田は成果を期待した。


が。


「いや~俺らは観光客とは係わらんからね」


そこに居る誰に聞いても答えは同じであった。実際、漁の邪魔にならないようにと高速船の船着き場は別の入り江に設置されていたので、本当に顔を合わせる事がなかったのかもしれない。


「空振りでしたね」


「だな、今日はもう日も暮れるし、早く飯食って寝ようぜ。明日は山登りだからな」


そう言うと坂上は公民館の裏にある山を見上げる。


初めから滞在期間の二日目は山の中を捜索するつもり予定であったのだ。件の猫の集荷所も山の麓にあり、場所を詳しく聞くと公民館の裏手にあり徒歩で十五分程度らしい。


沈みかけの陽に焙られ、こんもりとした山景からは陽炎が立ち昇っていた。


坂上はうなじに嫌な気配を感じ振り向いたが、そこには鬱陶しそうに足元の群がる猫から距離をおこうとしている相田の姿があるだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る