第40話 りんごあめの呪い

「な、なに……?」


「なに? じゃない。りんごあめ。

 由佳ゆかが先に休憩するから、買ってくるって約束」


「…あっ……」


 由佳は、思い出した。

 由佳は自分と狗巻いぬまきのどちらが先に休憩に行くかを決めるとき、由佳がりんごあめを買ってくるから先に休憩させてくれと狗巻に約束していた。

 狗巻が突き出した手も、制止のために手を出したのではなく、りんごあめを渡すように促す「ちょうだいちょうだい」の手だった。


「忘れたのか?」


「ご、ごめん……。ちょっとそれどころじゃなくなって……」


 由佳はしまったと思った。狗巻が屋台のりんごあめが大好きなのを知っていたからだ。

 案の定、狗巻の表情はみるみる曇り、怒りの感情こそはなかったが、期待していた「お土産」がないことにとてもがっかりした様子だった。


「す、すぐ買ってくるよ! ちょっと待ってて!」


「いや、いい。それどころじゃなかったんだろ? 何があったんだ?」


 駆けだそうとする由佳の袖口を掴んで、狗巻は由佳を引き戻した。

 申し訳なく思いつつも、由佳がこれまでの顛末を話そうとすると、そこに叡斗えいとがやってきた。


「よー。なんの話?」


 いつものようにひょうひょうとやってきた叡斗がりんごあめを持ってるのを見て、由佳は、あっと思った。

 そんな由佳の様子を、叡斗も敏感に察した。


「あ。りんごあめならもう売り切れたぜ。人気だからな。これが最後の1本だったんだぜ」


 そういって叡斗はりんごあめにかじりついた。

 苗蘇高校びょうそこうこうの夏祭りのりんごあめはとても人気で、地域住民からは「夏の風物詩」として親しまれていた。

 夏祭りでりんごあめを食べないと、夏の猛暑を乗り切れないというファンも大勢いて、毎年、たくさんのりんごあめが用意されていたが、すぐに売り切れてしまっていた。


 叡斗の「りんごあめが売り切れた」という言葉に由佳は衝撃を受けた。

 だから休憩に行く時、りんごあめが売り切れる前に買っておこうと思っていたのに、その期を完全に逃してしまった。もう今から急いでも、売り切れてしまった以上、どうしたって取り返しがつかない。この事実は痛恨だった。


 由佳は自分の袖口を掴んでいる狗巻が、力なく膝から崩れ落ちるのを、まるでスローモーションのワンシーンを見ているかのように目撃してしまった。

 自責の念と、狗巻の痛々しい姿に目を逸らしたくなる光景だったが、一瞬たりとも視線を引き剥がせず、狗巻がうなだれるのを見ているしかなかった。


「なんだ狗巻? まさかりんごあめを買ってなかったのか? 狗巻の大好物だし真っ先に買ったもんだと思ってたのに」


 狗巻の崩れようには叡斗も驚いた。


「ご、ごめん。狗巻。そうだっ。同じ屋台の人が、今度は一条神社いちじょうじんじゃの夏祭りでもりんごあめを売ってくれるよ。その時に2本───いや3本買うから元気出してっ」


 由佳は必死に狗巻を慰めた。


「だめだ。りんごあめは人気だからひとり1本までしか買えない。それがルールだ」


 確かにりんごあめは人気だったので「おひとりさま1本まで!」と屋台に大きく張り紙がされていた。

 正義感の強い狗巻はそのルールに反するいかなる行為も犯すつもりはなかった。


「オ、オレがかじったあとだけど、ひとくちどうだ? こっち側ならきれいだし」


 叡斗が気を使って狗巻に提案したが、狗巻はかぶりを振った。

 叡斗の提案に、狗巻は一瞬だけ心が揺らいだが、やはり自分で1本を持って食べることこそ、りんごあめを味わう最上の方法なので、例え叡斗のりんごあめを一口もらっても、気持ちが満たされることはないだろうと瞬時に判断したのだ。


 がっくりとうなだれていた狗巻だったが、しかし、ここからの立ち直りは早かった。

 狗巻はすっくと立ち上がると「諦めたらそこで試合は終了する…」と自分に言い聞かせた。

 それは狗巻がバレー部のキャプテンとして、日々の辛い練習や、厳しい試合に直面した際、くじけそうになっても自分を奮い立たせ、困難に立ち向かい続けた日々の努力の賜物だった。


「い、狗巻…」


 由佳は心配そうに狗巻を見守ったが、狗巻は急速に自分を取り戻しつつあった。


「大丈夫だ、由佳。もう立ち直った」


 狗巻は由佳を安心させようと、由佳の両肩に優しく手をのせた───が、次の瞬間、由佳の体が持ち上がってしまうほど強く由佳の両肩を握りしめた。


「だがしかし...! 今回、りんごあめを逃したショックは大きい…!

 今度の一条神社でりんごあめを買った際、お前のりんごあめを一口もらうからそのつもりでいるように…!」


 狗巻に怒りの感情はなかったが、その両目はドラゴンが吐く灼熱の息吹のような炎が燃え上がり、由佳に有無を言わせぬ気迫に満ちていた。


「は、はいっ。わかりましたっ、狗巻さまっ。本当にすみませんでしたっ。一口といわず全部差し上げますので、どうかお許しくださいっ」


「いや。一口でいい。さすがに全部を食べられないのは由佳も辛いだろう」


 狗巻の優しい気遣いだったが、由佳は「いや……私はそこまでりんごあめに執着はないんだけど…」と心の中で思った。しかし、これは絶対に狗巻に言ってはいけないと察し、口を固く結んで言葉が出ないように努めた。


 それよりも狗巻が一口、自分のりんごあめを食べるということは、その後に狗巻がかじった部分を最終的には自分が食べることになるので、間接キスの上位クラスなのでは…?と気づき、みるみる茹でタコのように顔が赤らみ、頭から湯気が出るほど紅潮した。


「あ、あの…。ごめんな、みんな。そ、そろそろ、ええかな…?」


 そうおそるおそる切り出したのは静子しずこだった。

 静子はずっとそこにいたが、まるで存在しないかのように扱われてしまっていた。



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りんご飴っておいしいですよね(*´﹃`*)

大好きです(*´﹃`*)

お祭りに行くと、ついつい買ってしまいます(*´﹃`*)


家で自分で作ったこともあります!(๑•̀ㅂ•́)و✧

ただやっぱりプロの味は再現できないのと、りんごあめはお祭り会場の空気感の中でかじるから美味しんだと気づきました。


それはさておき、この回のお話も読んでいただきまして、本当にありがとうございました。

(⋆ᵕᴗᵕ⋆)


次のお話で3章が終わり、いよいよ最終章の4章に突入します!


引き続き頑張ります!୧(˃◡˂)୨

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