40.戦いの後

 ───クロヴィカスとの戦いから1夜明け、俺たちは村人に貸して貰った一室で休息を取っていた。ノエルの魔法によってクロヴィカスとの戦いで負った傷は完治しているが、トラさんの吹き飛ばされた腕を治す事は出来ず包帯が巻かれている。

 切断されただけなら魔法で繋げる事が出来るがトラさんの場合は肘から先は吹き飛んでしまっている。これでは治す事は出来ない。


「トラさんの腕が痛々なのじゃ」


 ベッドに腰掛けるトラさんの腕を見てダルが顔を顰めている。俺たちの方にはクロヴィカスがいた為苦戦を強いられたが、エクレア達の方は特に苦もなく終わったらしい。開幕からエクレアが聖剣を解放して近付いてくるゴブリンを一掃。その後はサーシャが魔力を気にせず広範囲の魔法を連発。7割近い数がサーシャの魔法によって死んだらしい。我は殆ど出番がなかったぞ!とダルが笑っていた。


 俺たちの方もクロヴィカスを倒した後は殆ど苦もなく終わった。操っていた張本人が消えたらしく、ゴブリンは正気を取り戻して一目散に逃げ出した。放っておくとめんどくさいのでサーシャに逃げるゴブリンを倒して貰った。

 『狂乱飛燕』が使えたら残党処理は簡単なのだが、クロヴィカスに対して蓄積分と俺自身の魔力を使い切ってしまったので直接斬るしかない。逃げるゴブリンを追いかけて斬るのは流石に時間がかかるのでサーシャにお願いした。

 『なんであたしが…』とブツブツ言いながら処理していたな。


 ノエルはトラさんを始め、クロヴィカスの魔法やゴブリンによって負傷した者の治療をしていた。ゴブリンの数を減らすくらい『ジャッジメント』を連発していたにも関わらず、全員の治療が出来るあたり魔力量が底知れない。流石は教会始まって以来の才女であろう。

 始末したゴブリンは1箇所に集めてからノエルが浄化する事になっている。流石にあれだけの死体を放置しておくと、病気の発生源になるので無視は出来ない。こういう時に跡形も残さず魔物を浄化出来る『聖』属性は便利だ。

 魔法耐久がない魔物なら簡単に浄化出来てしまう。

 補足として話しておこう。俺たちにクロヴィカスの情報を与えてくれたエルフの死体も手厚く埋葬した。彼が生きた証である身分証はテルマにいる家族の元へと送られた。

 命懸けで俺たちに情報を与えてくれたエルフに報いる事が出来て良かったと思う。


「傷の痛みは大丈夫か?」

「ノエルのお陰で痛みはないぞ!右腕が使えないのは不便だがな」


 クハハハと笑うトラさんは何時も通りだ。ノエルがトラさんに詰め寄っていたな。『どうして僕を庇ったりしたんだい!?』って。

 それに対して『お前たちを守ると言ったろ』と返したのは惚れそうになった。ほんとカッコイイよトラさん。

 普段ツンとしているノエルもその時はトラさんに優しかったな。傷を癒して包帯もノエルが巻いてあげていた。

 今、この部屋の一室にノエルはいない。1日休んで魔力が回復したのでゴブリン浄化の為に出掛けている。


 さて、これでクロヴィカスの問題が解決した訳だが目下の問題はトラさんの右腕だ。トラさんは気にした様子はないが、肘から先がない状態では不便だろう。

 闘いにも支障が出る筈だ。そこでドワーフに頼んで義手を作って貰おうという話になっている。クレマトラスにもドワーフの技師はいるが、戦闘にも耐えれる高性能の義手となると作れるドワーフは限られる。

 ドワーフの国である『タングマリン』で探した方がいいだろう。今すぐにでも向かってトラさんの義手を作りたい所ではあるが、ここクレマトラスにはまだ一つ問題が残っている。


 レグ遺跡にいる四天王『不死の女王アンデットクイーン』シルヴィ・エンパイアだ。俺たちが滞在していた町『マンナカ』を出発する際にクレマトラスに使者を出してシルヴィの対応をお願いしていた。

 今も騎士団が出向いてレグ遺跡を包囲しているらしい。俺たちはクロヴィカスの対応に回っていたので今レグ遺跡がどうなっているのかは分からない。クレマトラスから伝令が来てくれると助かるのだが…。


「今すぐにでもタングマリンに行きたい所なんだがな」

「シルヴィを放置して行く訳にもいかないから連絡待ちじゃない?」


 部屋に備え付けの机に無数の酒瓶を並べ、ご満悦な表情でお酒を飲むサーシャがいる。この女、クロヴィカスとの戦いが終わって直ぐに村にいる商人からお酒を買いにいった。それでも足りないからと村人にまで分けてもらっている。『お酒がないと生きていけないわー』と言っているサーシャをみてこいつはもうダメだと頭を抱えたものだ。


「それにしてもカイルは変な体してるわね。呪いは効かないし、毒も効かないんでしょ?」

「そうだな」

「神の加護でも受けたのかしら?」


 心底不思議そうにサーシャがこちらを見てくる。神から貰った能力チートだから、加護と言えば加護か。クロヴィカスとの戦いはミラベルから貰った能力のお陰で勝てた。クロヴィカスが呪いではなく普通に攻撃してきたら危なかったな。


 ベッドに座るトラさんを気遣ったり、仲間と他愛もない会話をしていると部屋の扉が開きノエルが入ってきた。


「随分と遅かったな。浄化に手間取ったのか?」

「沢山いたから面倒ではあったけど、1箇所に固めてくれていたからそれほど手間取っていないよ」

「何かあったのか?」

「クレマトラスから伝令の騎士が来ててね。その報告を聞いていたのさ」


 彼女の表情から見るにあまりいい報告ではなさそうだ。シルヴィの対応をして貰っている騎士団がやられたとかか?


「騎士団がやられたのか?」

「いや、みんな無傷さ。シルヴィに戦う気がないみたいでね」

「戦う気がない…」

「そうさ。ただ、シルヴィを包囲する筈の騎士団が逆にシルヴィの操るアンデッドに包囲されてて、全く動けない状態になってるらしい」


 シルヴィに戦う気がないのはいいが、騎士団が危険な状況にあるのは分かる。シルヴィの気分1つで騎士の命が失われる事になる。


「早い話が騎士団を助けたかったら、シルヴィの要件を飲めって事さ」

「その要件は?」

「勇者パーティーをここに連れてこいだとさ」


 あぁ、なるほどノエルが顔を顰める訳だ。シルヴィはどういう訳か知らないが俺たちをご所望のようだ。普段であれば警戒しながらもシルヴィの元に向かうだろうが、今は不味い。俺の視線に気付いたのかトラさんが笑う。


「俺の事を気にかけてくれているのだろう?クハハハ!この程度傷どうという事はないさ。右腕がなくても左腕がある。左腕を失っても両足がある。最悪この口を使ってでも俺は戦うぞ。俺の事は気にするな」


 俺たちを安心させるような豪快な笑い声だ。何時ものトラさんだ。ノエルが何とも言えない表情をしている。ノエルが先程、顔を顰めていたのはトラさんの事を気遣っていたからだろう。守って貰ってからトラさんに対する当たりが柔らかくなっているのだ。

 変に気を使ってもトラさんに失礼か。どの道俺たちが出来る事は決まっている。


「それならシルヴィの要望通りレグ遺跡に向かおう」

「罠かも知れないわよ」

「騎士団が包囲されている以上、俺たちが行かなかったら見殺しだ。そんな事は出来ないだろう?」


 部屋を見渡せば皆が頷いているのが分かる。サーシャだけ仕方ないわねーとボヤいているが。彼女の場合はここでゆっくりお酒が飲みたいだけだ。今日は飲めるぞーとさっきまではしゃいでいたからな。

 正直、シルヴィが何の目的で俺たちに会いたいか分からない。彼女が味方だったのはタケシさんがいたからだ。

 それももう500年前。タケシさんは死んでもうこの世にはいない。シルヴィは敵なんだろうな。もしかしたら騎士団の命を人質に無理な要求をしてくるかも知れない。

 考え得る限りの最悪を想定してから向かおう。



 ───クレマトラスの騎士が用意した馬車のお陰でレグ遺跡に着くまでさほどかからなかった。遠目でも分かる程のアンデッドの量にパーティーの皆の顔が引き攣っていた。恐らく俺も同じような表情だっただろう。先日のゴブリンなんて比ではない。その数は間違いなく万を超える。

 俺たちを歓迎するようにレグ遺跡までの道をアンデッドが開ける様子はあまりにも壮大な光景だった。モーゼの十戒に海が割れるシーンがあるが、こんな感じか? こっちの場合はアンデッドの海だが。

 話には聞いていたが実際に目の当たりすると、四天王の強さを嫌という程実感させられる。歴代の勇者が四天王に苦戦する訳だ。少なくともこのレベルの化け物が4人もいる事になる(何故か5人いると噂されているが)。


 レグ遺跡に到着し、馬車から降りる。共に来ていた騎士はここで待機させられるらしい。周りをアンデッドに囲まれ顔が強ばっていた。

 俺たちの案内役はどうやらアンデッドのようだ。生気のない眼差しでこっちを見ているアンデッドが、付いてこいとばかりに先へと進む。

 敵地という事もあり警戒しながら進んでいく。俺は1度ここに来たことがあり、見覚えのある道にどこへ向かっているのか把握した。


 俺の予想通りにアンデッドはレグ遺跡の入口まで案内してそこで止まった。俺たちが付いて来ているのを確認すると、アンデッドはそこで踵を返して来た道を戻っていく。

 俺たちはアンデッドの事など気にする余裕がなかった。レグ遺跡の入口に彼女はいた。






 ───四天王の1人『不死の女王アンデットクイーン』シルヴィ・エンパイアが。

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