19.穏やかな一時

 エクレアは転生者だ

 良くもまぁ今まで気付かなかったものだ。鈍い自分に嫌気がさす。もっと早く確認しておけば良かったな。

 彼女が転生者だとすると、旅に出て直ぐにエクレアが行った犯行にも納得がいく...訳ないな。普通に考えて犯罪だ。転生者だとするならどんな倫理観の世界で生きて来たんだとツッコミを入れたい。


 先程のやり取りで彼女が答えられる質問とそうじゃない質問がある事が分かった。

 神と転生者、それと彼女が喋れない根本的な原因。神が関わってそうだな。

 これについては今度ミラベルに会った時に聞いた方が早いな。もしかしたら彼女が関わっている可能性がある。

 エクレア本人に聞くにしても、先程のやり取りを考えたら不毛な気もする。聞いた所で答えられないだろう。


「答えにくい質問だったのに、答えてくれてありがとう」

「............」


 エクレアが笑った。今日ようやく笑ったな。さっきまでずっと落ち込んでたからこの方がいい。

 一先ず当初の目的として動こう。


「ベリエルの事を覚えているか?」

「…………」


 1度首を傾げてから頷いた。急にベリエルの事を聞いたから疑問に感じたのだろうか?

 それでも頷いたから彼女も覚えているのだろう。


「教会でノエルと話してきたんだ。ノエルの情報が正しいならクロヴィカスの居場所が分かった」

「…………!」


 驚いている? いや、形のいい眉を寄せて顔が少し険しい。彼女もまたクロヴィカスにいい感情を持っていないのだろう。

 ベリエルと関わった時間は俺に次いで彼女が多い。エクレアは喋る事が出来ないから一方的にベリエルが家族について話しているだけだったが...。


「予定通りなら5日後に町を出発する。ノエルが1度情報を整理してくれるから、前日に教会に集まって方針を決めてから向かおう」

「…………」


 エクレアが頷く。異論はないらしい。


「旅の準備は俺がしておく。エクレアは5日に出発出来るようにしっかり休息を取って準備しておいて欲しい」

「...………」


 エクレアが頷く。この感じなら大丈夫だろう。少し喉が渇いた。店員が持ってきてくれた果汁ジュースに口をつける。美味しいな、味はパインジュースに近いか?

 エクレアも同じようにジュースを飲んでいる。美味しそうに飲んでる彼女が転生者とは思わなかった。

 なんというかここ数日で色んな事を知ってしまった。胃が痛い情報もあるし。

 今はこの一時を楽しもう。5日後には町を出る。目的地に付けばクロヴィカスと闘う事になるだろう。

 簡単な相手ではない。死闘になるな。今は俺もゆっくり休息しよう。こんな日がずっと続けばいいんだがな...。



 エクレアと別れた後、居場所が唯一分かっているサーシャの元に向かう事にした。

 他の仲間は正直昼間はどこにいるか分からない。夜になれば宿に戻ってくるからその時に話せば大丈夫だろう。サーシャの場合は下手すると朝まで飲んでて帰って来ない事があるから、直接酒場に行こう。

 その道中だ。


「ダル!」


 仲間の1人、ダルの姿を見かけたので声をかける。声に反応してこちらを見た彼女は驚いた表情の後にサッと走り去ってしまった。

 この前からこんな感じだ。嫌われてる?

 いや、それはないと信じたい。ダルに嫌われるのは結構ショックだ。追いかけてもいいが、宿屋に帰ってきた所で話した方がいいか。

 最悪、扉越しに用件を伝えられたらいい。

 とりあえず酒場に向かおう。サーシャにも伝えてしまいたい。


「今日は静かだな」


 路地を少し歩き目的の酒場までやってきたが前回と違い、騒がしさはない。

 飲み比べはしてない感じか?それならそれで助かる。

 酒場の中に入れば何人かがテーブルやカウンターでお酒を飲んでいる。良くもまぁ昼間からお酒が飲めるな。

 人の勝手だ。俺がとやかく言うことではない。酒場を見渡したがサーシャの姿はない。カウンターに酒場の主人の姿が見えた。聞いた方が早いな。


「すまない。ここに俺たちの仲間のサーシャは来てないだろうか?」

「上で1人で飲んでますよ。前と同じ部屋です」


 布で拭き終わった酒器をテーブルに置き、酒場の主人が上を指さした。どうやら今日は1人で飲んでいるらしい。

 都合がいいな。


「2階に行っても?」

「どうぞ」


 許可を貰ってから2階へと続く階段を登る。前と同じ部屋なら2階の突き当たり部屋か。この部屋だな。


「サーシャ、いるか?」

「んー、いるわよ。話があるなら入ってきたら?」


 扉の前で声をかければサーシャの返事が返ってきた。遠慮なく入らせて貰おう。

 ドアを開けて最初に視界に入ったのが空になった酒瓶。8、9、11本か。随分と飲んでるな。

 前回と同じ席に座っているサーシャがテーブルに頬杖をついてこちらに向かって手を振っている。テーブルの上には飲んでる途中の酒瓶と注がれている酒器が2つ。1つは俺のか...。


「とりあえず1杯どう?」

「女性からの誘いだし、1杯貰うよ」


 椅子に座ってサーシャと向き合うと直ぐに酒の注がれた酒器を渡されたので、1口飲む。

 酔いはしないが、サーシャが好んで飲む訳だな。後味がいい。果汁酒か?悪くない。


「いい酒だな」

「でしょ!この町の名産品らしいわ。最近ハマってるのよねー」


 なみなみと注がれている酒を一気に飲み干し、かぁー美味しいって口にしている。サーシャでこれだ。ドワーフの国で飲み会なんてしたら大変な事になるな。


「それで用件は何かしら? お酒が不味くなる話ならやーよ」

「5日後にこの町を出発する事になってる。それまでに準備をしておいて欲しくてな。

他のみんなにも今伝えてる最中だ」

「ふーん、何かあったのね」

「今日ノエルと話をしてな。クロヴィカスの居場所が見つかったらしい。問題を起こされる前に片付けたい」

「『片翼』のクロヴィカスね。となると簡単にはいかないわね。

しばらくお酒飲めないじゃないー」

「いつも道中飲んでるじゃないか。」

「好きなだけ飲めないって意味よ!持って行ける酒の量は限りがあるし、我慢は体に良くないわ」

「酒の飲みすぎも良くないと思うが」


 言った所で無駄だろう。荷物になるからお酒の量は少なめにしろと言った所で聞いた試しがない。

 旅をしてる道中も、歩きながらお酒を飲んでるなんて常のことだ。それでも酔って戦闘に支障をきたした事は1度もない。

 それもあって強くは言えない。言っても聞かないしな。


「とりあえず分かったわ。5日後ね」

「前日に1度教会に集まるけどな。ノエルが整理してくれた情報を元に方針を決めよう」

「気にせず飲めるのは3日だけかー。4日目も早く済めばお酒を飲む時間が作れる?」

「出発の前日だから出来れば控えて欲しい所だが」

「無理よ」

「だろうな」


 知ってた。アルコール中毒の彼女がお酒を飲まない日なんてないだろう。

 その日の量が多いか少ないか、それくらいの違いだ。こんなに飲んでるけどお金は大丈夫か? パーティーのお金は報酬だったりを均等に分けて各々で管理しているが...。

 そこら辺はしっかりしているだろう。ん?サーシャがこっちを見て悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「ところで...、ダルとはちゃんと話せた?

肝心な所でヘタレなカイルがきちんと話せたが気になってたのよ」

「正直、その事についてサーシャに文句を言いたい所だけどこの際いいか。

ちゃんと話せたよ。その事でサーシャに相談したいこt...」

「話せたならいいわ。内容の方は聞きたくないから言わないでちょうだい」


 こいつ、逃げる気か!


「ダルが王族と魔族のハーフだった」

「なんで言うのよぉ!知らぬ存ぜぬで済まそうと思ってたのに」

「目星はついていたんだろ?なら一緒だ」

「分かってても知りたくはないのよ。責任を負いたくないから」

「俺一人で背負うには少しばかり問題が大きすぎる。知っている人間は少ない方がいいが、何かあった時にフォロー出来る仲間は欲しい」

「カイル1人に押し付けるのは流石に可哀想か」


 サーシャがため息をつきながら酒器にお酒を注ぎ一息に飲む。ため息をつきたいのはこっちだ。この女、俺一人に全て任せて自分は知らん振りする気だったようだ。

 それだけはさせまいと直ぐさま言ってやった。俺だけに任せるな。サーシャおまえも道連れだ。


 それに俺が居ない時に問題が起きても困る。

 その点彼女は機転が利くし、同性である事からサポート出来る範囲も広い。サーシャが適任だ。

 事情の説明も必要ないしな。

 正直に言うと他の面子だとフォローが期待出来ない。勇者? 喋れないから無理だ。 トラさん? 戦闘の面は期待出来るがあの人は基本脳筋だ。殴って何でも解決しようとする。

 ノエル?論外だ。彼女が仲間に対して情があるのは分かっているが、それはダルの事情を知らないからだ。知ればどういう対応をするか予想出来ないので避けた方がいい。


 サーシャが空になった酒器を突き出してきた。俺に注げって事か。

 なみなみとお酒を注げば満足そうに笑みを浮かべ、お酒を飲む。


「仕方ないからあたしも協力するわ。

その代わり今日は付き合いなさい」



 

 ───結局こうなるのか。

 ため息をつきながら酒を飲む。やっぱり美味いな。

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