18.勇者の声なき声

「クロヴィカスはどこにいる?」


 自分でも驚く程低い声が出た。

 感情が声に乗ってしまったらしい。落ち着け。冷静になれ。

 言い聞かすようにフゥーと息を吐く。

 その様子をノエルが呆れたように見ていた。


「落ち着きなよ。君らしくないよ」

「いや、すまない」

「魔族の為に怒るなんて変わり者だね」


 やれやれとノエルが首を振る。

 彼女もベリエルに何があったか、どういう最後を遂げたかを知っているがこの反応だ。

 俺たちと違って教会に篭っていたからベリエルと接していなかったのもあるが、魔族という事でそもそも印象が悪いのだろう。

 彼女からしてみれば仲間に言われて仕方なく魔族の家族を探していたら、魔族が襲いかかってきた。そんな感じだ。

 事情があるにせよノエルからすれば知った事ではないのだろう。

 そういう所はエルフらしい。


「で、クロヴィカスの場所についてだね」

「奴がどこにいるか知りたい」

「その質問についての回答なら教える気はないよ」

「何故だ!?」


 思わず声が出た。ノエルが呆れたように、いや困ったように首を振る。


「今の君に教えたら直ぐにでも向かって行きそうだからだよ。

相手は歴戦の魔族だ。しっかりとした準備をしないと今度こそ負けるよ」


 ぐうの音が出ないくらい正論だ。彼女は何一つ間違っていない。

 ノエルの言うようにクロヴィカスの居場所を聞いたら直ぐにでも出発しただろう。それではダメだ。相手は最初期からエルフや人間たちと闘っている歴戦の魔族だ。ベリエルのような迷いもなければ、殺すことに躊躇などないだろう。

 油断すれば間違いなく殺される。だからこそしっかりと準備するべきだ。

 彼女のお陰で冷静になれた。


「そうだな。念入りに準備をしよう。

出発は何時にする?」

「5日後にしないかい?。3日後に教会から連絡がくる予定になってる。情報を整理してから改めて出発した方が良いと思うよ」

「分かった。パーティーの皆にも伝えておく。

その様子だとクロヴィカスは教会の手の者が見張っているんだな?」

「ま、そういう事だよ。今の所目立った動きはないみたいだから安心しなよ」


 クロヴィカスの居場所については早くても3日後だな。教会の情報を整理して出発前に確認する事になるだろう。

 彼女の話からエルフが諜報に力を入れているのが良く分かる。それは魔族だけに向けられていないのも。


「とりあえず俺は仲間の元に戻るよ。3日後ぐらいに教会に顔を出せばいいか?」

「僕が1度報告を聞きたいからね。

君たちにも分かるように説明をしないといけないし1日欲しい、4日後に顔を出して欲しい」

「分かった。4日後にみんなと行く」

「準備の方は任せるよ。人間なんかの商人と商談したくないからね。僕の方は情報を整理して待ってるよ」


 そこら辺は役割分担だな。

 彼女に商人と商談なんかさせたら大騒ぎになりそうだ。エルフの商人なんてエルフの国じゃないといないだろう...。

 一先ず宿に戻るか。ノエルの顔も見れた。仲間にもこの事を共有しないといけない。

 夜になっても帰ってこない奴もいるし、何人かはどこにいるか分からない。早めに動こう。


「4日後に会おう。ノエルも無理するなよ」

「誰に言ってるのさ。凡人と僕とじゃ、そもそも出来が違うんだ。いらない心配さ」


 自信満々な所は昔から変わらないな。

 情報に関しては彼女に任せておいていいだろう。旅の準備の方は俺が主導で動いた方がいいか。

 エクレアは喋ろうとしないから商人と商談にならないし、サーシャに任せたら無駄に酒を買おうとする。

 トラさんとダルは...いや、考えないようにしよう。前に任せて大変な目にあった。

 ノエルに別れを告げて教会を後にする。帰り際に何か言っていたような気がするが気のせいか...。


「もっと一緒に居てくれてもいいじゃないか...」






 宿屋に戻ってきた俺を迎えたのは勇者パーティーの仲間ではなく宿屋の主人と衛兵だった。

 これで何度目だろうか?話を聞かなくてもいい。また誰かがやらかしたらしい。


「カイルさんですか?」

「俺がカイルです。どうかしましたか?」


 前に来た衛兵とは違うようだ。こちらを確認すると一礼する。

 横にいる宿屋の主人の同情の眼差しが痛い。


「カイルさんと同じ勇者パーティーのエクレア様が無銭飲食で捕まっています。対応お願い出来ますか?」

「分かりました。向かいます」


 どうやら今回はエクレアらしい。彼女がやらかすのは久しぶりである。

 今回は無銭飲食か…。お金には困ってないと思うが何かあったのか?

 まぁいい。賠償金を払えば解決するだろう。さっさと済まそう。


 トラさんの時と同じように衛兵に案内され詰所まで向かえば、どこかしょんぼりした様子のエクレアの姿が見えた。

 反省はしているらしい。彼女の場合は悪気はないと思う。恐らくお金を持っていくのを忘れてそれを説明出来なかったとかじゃないか?


「お疲れ様です。お相手は何と言っていますか?」

「お店の方は料金さえ払ってくれたらいいと」

「分かりました。いくらになりますか?」


 確認すると大した金額じゃない事が分かる。鞄から提示されたお金を出して衛兵に渡すとカイルさんも大変ですねと労われた。彼は前回と同じ衛兵らしい。

 汚い話だが、お金で解決出来る問題は楽でいい。


「エクレア、お金は払ったから行こうか。一応後でお店の人には謝りに行こう」

「......……」


 泣きそうな顔で彼女が頷いた。

 トラさんの時に比べたら胃のダメージは少ない。彼女も今度気を付けると思うし大丈夫だろう。


 詰所を出てしばらくお互いに無言で歩いた。エクレアは元々無口なので、俺が喋ってないだけだ。なんというか凄い落ち込んでいるので話しかけにくい。

 事情を聞いた方がいいな、これは。

 

「エクレア、少し座って話そうか?」

「…………」コクン

「少し行ったところにお店があった思う。飲み物を頼んでから話そう」

「…………」コクン


 出来れば喋って欲しい所だが、仕方ない。それも個性として受け入れようか...。

 エクレアと一緒に少し歩いてお店に入る。以前、宿屋にいた客にここの果汁ジュースが美味しいとオススメされた。それを頼もう。


「エクレアも同じものでいいか?」

「…………」


 彼女が頷く。店員に注文をしてからエクレアと向き合う。先程からずっと落ち込んでいる。

 そこまで落ち込む事ではないのだけど。他の仲間に比べればまだ可愛い方だ。

 店員が果汁ジュースを持ってきてから彼女と話す事にした。既に何となく察してはいるが。


「もしかしてだけど、お金忘れたのか?」

「...……」コクン

「食べた後に気付いたのか?」

「…………」コクン

「となると、それを説明出来なくて騒ぎになった感じだな」

「………… 」コクン


 エクレアは今にも泣きそうだ。彼女が喋らないから尋問している気分になる。

 捕まった経緯は予想通りだ。このままだとずっと落ち込んでいそうだな。話題を変えるか。聞きたい事もあったし。


「エクレア、1つ聞きたい事があるんだがいいか?」

「...………」コクン

「不躾な質問だったら答えなくていい。エクレアはもしかして喋れないのか?」


 今まで一度も喋ろうとしなかった。声を出すのが恥ずかしいとか、話すのが苦手なのかなとか考えたが流石にここまで喋らないのは可笑しい。喋らないのではなく、喋れないとかか?


 コクリと彼女が頷いた。どうやら喋れないらしい。


「それは病気か何かか?」


 エクレアが首を横に振る。病院ではないらしい。


「呪いとかか?」


 またエクレアが首を横に振る。違うとすれば何がある?病気でもない、呪いでもない。


「それは病気ではないが、生まれつきのものか?」


 エクレアが頷く。生まれつきか。もしかして勇者である事が関係あるのか?

 分からないな。何かを訴えるようにこちらを見ているが、何を伝えたいかが分からない。

 喋れないのなら筆談はどうだ?


「喋れないのは分かった。筆談は出来ないか?」


 エクレアが首を横に振る。筆談が出来ない? 彼女は文字を読める。書けないと言うことはないだろう。なんだ? 不可解だ。何かあるのか。


「自分で何が原因か知っているのか?」


 エクレアが頷く。生まれつきの原因を知っている。思考を巡らせ。何か分かる筈だ。ヒントはあったんじゃないか?

 喋れない原因は病気でも呪いでもない、文字は読めるのに筆談は出来ない。何かしらの力が干渉している? だとすれば


「それはもしかして神が関係しているのか?」


 エクレアは頷く事も、首を横に振ることもしない。真っ直ぐにこちらを見ている。訴えかけるような目だ。


「最後の質問だ。エクレアは転生者か?」


 同じだ。頷く事も首を振ることもしない。先程と同じようでこちらを真っ直ぐに見ているだけ。転生者と言った時にその瞳が微かに揺れた。どうやら、そういう事らしい。


「言えないんだな」


 エクレアが頷いた。良く分かった。

 彼女は俺と同じ転生者だ。

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