15.容疑者No.5 神官ノエル

「ところでマスター、今日のご予定は?」

「そうだな、最近姿を見ていないしノエルの顔を見に教会に行こうと思っている」


 今、現在ノエルは宿屋にはいない。

 朝早くから出掛けているとかではなく、単純に宿屋にいない。一応ノエルの部屋は借りてはいるが、こちらに用事がない限りは帰ってくる事はないだろう。


 ノエルがいる場所はこの町にある教会だ。

 人間を毛嫌いしているのもあり、不特定多数の人間が出入りする宿屋で泊まる事をノエルは嫌がる。

 その結果、町などで休息をとる場合はその町にある教会にノエルだけ滞在する事が多い。

 神官の中でもエリートに分類されるノエルの滞在を嫌がる神官はいないらしい。

 それこそ余程の汚職をしてない限りは歓迎してくれるだろう。


「教会にはエルフが多いので対応には気を付けてくださいよ」

「分かってるよ。もう何回も行っているし、彼らの性格はわかってるつもりだ」


 しっかり人の出来ている神官はいいが、入りたてだったり選民思想の強いエルフの場合だとあからさまにこちらを見下してくる。

 俺が『聖』属性の魔法を使えないのが大きいだろう。聖剣の使い手で聖属性を使える勇者には露骨に対応が違う。

 それをエクレアは凄い嫌そうな目で見ていたが。


「ノエルと最後に会ったのは7日程前になるのか?」

「この町に来て直ぐに別れましたからねー

商人だったり旅人だったりこの町は人間の出入りが多いのでノエルさんは嫌そうでしたね」

「今も教会に引き籠ってるだろうな。宿屋の部屋とる必要なかったか…」

「必要なかったと思いますよ。

あのタイプの引き篭りエルフは無理やり引っ張り出さないと外にも出ないです。

前のマスターも部屋から出なかったそうですから似ていますね」


 ───タケシ!

 言いたい事色々とあるけど、見損なったぞタケシ!


「それでも昔よりは良くなったぞ。

前は人間とすれ違うだけで舌打ちしてたからな」

「近付いただけで『消え失せなさい』って言ってましたもんね」

「色々ありすぎて思い出しただけで胃が痛くなるんだが」

「エルド伯爵を杖でフルスイングしてぶっ飛ばした時のマスター、顔面蒼白でしたね」

「あれは流石にな。買収出来る気がしなかったから、ノエルはずっと牢屋行きだなって覚悟したよ」

「エルド伯爵が度が過ぎる善人で良かったですね」


 あの時の事は今思い出しても吐きそうになる。まだ旅に出て3ヶ月くらいの時だ。

 この時のノエルは借りてきた猫のように警戒心剥き出しだった。過去に人間とトラブルがあったようだが、彼女が話そうとしない為詳しい事は分からない。


 勇者パーティーは6人のうち3人が人間だ。

 獣人のトラさん、エルフのノエル、ドワーフのサーシャ。

 トラさんとノエルは外見で分かりやすいが、サーシャはドワーフの特徴があまりない。

 ドワーフと言えば高度な鍛冶や工芸技能を持つ種族だ。外見は男女ともに背丈が低いものの力強く屈強、日に焼けた健康的な肌の者が多い。

 男性は立派なひげを生やしているので非常に分かりやすい。後、お酒好きでも有名だ。


 サーシャはドワーフであるが魔法使いの為か、肌は白く筋肉は最低限しかない。小柄な体型は同じだが、パッと見はドワーフではなく背の低い人間と判断する。

 彼女が魔力の回復手段にお酒を選んだのはドワーフとして当然だったのだろう。種族的にお酒に強いのでアルコール中毒ではあるが、悪酔しないのがせめてもの救いだ。


 話を戻そう。パーティーの半分が人間だった事もありノエルは最初の頃、とにかく機嫌が悪かった。

 話しかけるだけで舌打ち。目が合うだけで舌打ち。距離が近いだけで罵倒が飛んできた。

 特に人間の男である俺にはより強く噛み付いてきた。

 今思えば、よくもまぁ耐えたと思う。


 彼女の当たりの強さが緩和したのは俺の傭兵時代の話をした時だったか? もしかしたら過去に会った事があるのかも知れない。

 驚いた顔をしたノエルを見たのはそれが初めてだった。

 とはいえ、その話は今は関係ないので置いておこう。


 アルカディア王国と公国クレマトラスの国境沿いに領地を持つエルド伯爵と呼ばれる人物がいる。

 アルカディア王国の国境を守る事を任された貴族の1人で、非常に優秀な人物と言える。

 彼の領地を俺たちが訪れた時、彼はある魔物の被害で困っていた。


 何でも領地の直ぐ近くの森をドラゴンが縄張りとしたらしく、餌などを探して領地まで現れるという。

 家畜も多く襲われ、村人にまで被害が出ていたのでどうにか討伐しようと彼らも奮闘したがドラゴンは彼らの想定よりも強く、逆に蹴散らされてしまったらしい。

 このままではまた村人たちに被害が出ることに心を痛めていた所に俺たちがやってきた。


 エルド伯爵から事情を聞いて魔物の被害を放っておく事は出来ないと判断し、ドラゴンの討伐を受ける事になった。

 森の中で俺たちを待ち受けていたのはグリーンドラゴンと呼ばれる火竜の一種。

 緑竜とも呼ばれるドラゴンではあるが、火竜の中ではまだ若い個体を指しドラゴンの中でも弱い部類に入る。

 エルド伯爵たちが蹴散らされたと聞いていたので、拍子抜けしたのが本音だ。

 グリーンドラゴンとの闘いは特に苦労する事もなかったので割愛しよう。

 やった事もサーシャの魔法でドラゴンを縛って俺とエクレアで首を切り落としただけだ。


 さて、問題があったのはこの後だ。

 エルド伯爵の屋敷にドラゴンを倒した事を報告しに行けば直ぐに領主の部屋へと通された。

 彼はこれで村人に被害が出なくて済むととても喜んでいた。領民に慕われる理由が彼を見ていると分かる。

 俺たち1人1人にも手を握って深く感謝をしていた。

 もし、この時に戻れるならあらかじめエルド伯爵に伝えるべきだった。ノエルは人間嫌いなので、感謝の言葉だけで良いと。


 俺たちにしたと同じようにエルド伯爵がノエルの手を握って感謝した後だ。ブチッと何かがキレる音が聞こえたなと思った瞬間にはエルド伯爵は宙を舞っていた。


 一応、領主に会うのだからと武器の持ち込みを控えようとしたが、彼が『我らが勇者たちを疑う必要などない。そのまま入って貰え』と言ったのも悪かった。


 ノエルの手をエルド伯爵が握った瞬間に手は振り払われ、彼がえっ?て驚いた表情を見せているうちに傍に置いてあった杖でノエルは彼の顔をフルスイング。

 ホームラン!!!といった感じで飛んでいきピクリとも動かなかった。


 一瞬何が起きたか護衛の兵も俺たちも分からなかった。

 フシャー!フシャー!と猫のように威嚇するノエルを見て終わったと頭を抱えたものだ。

 俺たちと同じように呆けていた兵たちも状況を理解してノエルを取り押さえようとした。

 兵もまた人間の男である為彼女は非常に暴れたが数には勝てず牢屋に連行されていった。


 これは俺たちも牢屋行きだなと他人事のように達観していたが、俺たちが連れて行かれたのは客室だった。

 俺たちも仲間として問答無用で牢屋にぶち込んでもいい筈だが、監視付きではあるが領主が目が覚めるまでこの部屋に待っているように言われた。

 領主の判断に全て委ねるらしい。

 

 領主が目を覚ましたのは翌日だった。俺たちの前に現れたエルド伯爵は元気そうであったが、ノエルに殴られ腫れた頬が痛々しい。

 どんな罪状になるのやらと考えていたが、無駄だった。エルド伯爵は善人だった。度が過ぎるほどの。


「我が勇者たちのお陰で私の愛する領民がこれ以上被害に合わなくて済むのだ!この程度の傷何ともないさ!」


 ノエルの犯行を笑って済ます程の善人。

 更にドラゴンを倒してくれたお礼だと謝礼まで出そうとした。申し訳なくて、流石に謝礼は辞退しようとしたがエルド伯爵は譲らなかった。

 謝礼を渡そうとするエルド伯爵と断る俺たちの間でしばらく押し問答が繰り広げられ、どうにかエルド伯爵に折れて貰った。これで謝礼まで貰ったら人として終わりな気がする。

 この時のエルド伯爵の優しさには感謝しかない。






 ───時刻は昼過ぎ。昨日の夜は遅くまで起きていた事もあり昼までゆっくりした後に俺はノエルを訪ねて教会にやって来ていた。

 教会の入口にいたエルフの神官にノエルの居場所を聞けば、裏庭に居ると教えられた。

 エルフではあるが、神官らしい穏やかな目をした人だった。あの人は良い人そうだ。


 エルフの神官に言われたように裏庭に向かえば木に向かって何かしているノエルを見つけた。

 何してるんだあいつと思いつつ声をかける。


「ノエル!」


 声に反応してこっちを見た彼女は碧眼を大きく開いてビックリしたような表情をした後、小走りでこちらに向かってくる。

 太陽に反射する金色の髪が眩しい。


「急にどうしたのさ?僕に何か用事かい?」


 コテンっと首を傾げた時に髪に隠れていたエルフの特徴的な尖った耳が見えた。

 その耳に付けられた髪飾りが、見覚えがある気もしたが気の所為だろうか?


 兎にも角にもノエルが元気そうで良かった。

 彼女の手に握られた五寸釘の打たれた藁人形と、小さな木槌は見なかった事にしよう。



 ───何してんだこいつ

 

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