第10話

「えーっと、それで、各務さんって色々物知りだし、話もちゃんと聞いてくれるから相談してみようかなって……あの、やっぱり迷惑……」 


「なるほど! それは奇妙奇天烈ですね!」


 いきなりの各務さんの大声に、店内のお客さんがちょっとびっくりしている。


「最近は猫と会話出来るアプリケーションソフトなどもあるようですが……お婆さんの時代だとそういうものもありませんよね」


「あ、いえ! そういうのじゃなくて……もう凄い普通に話せるっていうか、猫によって口調なんかも全然違って……って婆ちゃんが言ってました」


「ふむふむ。動物を飼っている人のお話を聞くと、感情なんかが理解出来るようになるのは珍しくないみたいですが。たとえば〝お腹が減った〟とか」


「ああいえ、そういうレベルじゃなくて、もうほんと人間と話してるみたいな……って婆ちゃんは言ってました」


「ほほう。まるで魔女の黒猫のような。はたまた化け猫か」


 〝化け猫〟という言葉に僕は何故かドキッとした。


「ああ、失礼。ちょっとはしゃいでしまいましたね」


 面目ない、と言って各務さんは頭を掻いた。長髪がサラサラと揺れる。


「ふーむ。なんでしょうね。霊能力といいますか、見えないものが見えたりする力や超能力なんかは成長と共になくなっちゃうことが多いみたいですが。それとは違いますけど、いわゆるイマジナリーフレンドなんかもある時期が過ぎると消えちゃうみたいですね」


「イマジナリ……ってなんですか?」


「ああ、空想上の友達、みたいなものらしいです。普通に姿も見えて会話なんかも出来るって話ですよ……って僕はそういう経験ないから伝聞ですけどね」


「く、空想……」


 お百度なんか踏んだから強烈な幻覚が生まれたんだろうか?


「じゃあやっぱり放っておくしかないのかなあ……って、ああ、いや、自然消滅ってことかな」


 ついつい婆ちゃんの話という設定を忘れてしまい、焦ったが各務さんは全く気付いてないようだった。助かる。


「ちょっと脱線しましたね、申し訳ない。えーっと、夏雄くんはそのような状態になりたいんですかね? 自然に話せるようになるのは難しいかもしれませんが、そういう研究してる学者さんとかいるみたいですから、まずはそういう本なんかでも読んでみたらどうですか? もっと興味が出てきたら本格的に勉強してもいいかもしれないし。動物行動学っていって、確かうちにもそれ系統の本が……」


「あ、いえ! 違うんですよ! どっちかというとその、その能力が無くなる過程に興味があって……」


 ほほう、と各務さんは目を丸くして身を乗り出すようにした。


「あのー、ちょっと」


 お客さんの一人がレジに来ていた。


「すみません!」


 各務さんは恐縮し、慌てて会計を済ませた。結構なお値段の本だ。こんな置き方をしているのに値付けは抜け目なく行っているらしい。


「夏雄くんはなかなか目の付け所が変わっていますね」


 レンズの奥のまなこを興味深そうに瞬かせている。

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