22、ミディー先生の仲良し政策

五果ごか十九枝じゅうきゅうえ』……5月19日。

 

 その日は一日中、狩猟大会という一大イベントを控えた生徒たちが浮足立っていた。

 

 ミディー先生は精霊交信術の授業の最中に何度も「先生の話、聴いてる?」と連発していた。


「ミディー先生の授業、わかりにくい? ミディー先生の話、つまらない? ミディー先生のこと嫌い? ミディー先生の存在がうざい? もしかしてミディー先生……みんなの邪魔かな……以上……?」


 みんな真剣な顔で「はい!」とお返事をしていたけれど、教室のあちらこちらでノートやメモを使った筆談の作戦会議がされている。聞いてない。

 今の「はい」はタイミングが最悪だったよ! ミディー先生が涙目だよ!

 

「ミディー先生、そんなことないですぅ!」

 私はあわててフォローしておいた。先生、がんばって!


 アルティナさんも、私の肘をつついてノートを見せてきた。

 ノートには「ダンジョンですの!」とか「魔物ですの!」という説明文付きのイラストが描いてあって、可愛かった。

 私もお返しに「箒で飛ぶアルティナさん」「高笑いするアルティナさん」を説明文付きのイラストで描いてみたら、アルティナさんは私のイラストの隣に「並んで飛ぶマリンベリー様」「一緒に高笑いするマリンベリー様」を描いてくれた。


「……」

 ふと思いついて、文字を書き足してみる。


『私のことを、様抜きで呼んで』


 すると、アルティナさんはニンマリとしてお返事の文字を書いてくれた。


『では、わたくしのことも呼び捨てで』


 2人でニンマリしていると、ノートがサッと持ち上げられる。


「2人とも、仲が良いのはいいけどミディー先生の授業もよろしくね? 以上?」

「あっ、ミディー先生……」


 ミディー先生は「没収しとくよ」と私のノートを持って行ってしまった。


「返してほしければ、放課後にミディー先生のところに来なさぁい。以上~!」

「はい、先生」


 狩猟大会前の貴重な放課後の時間なのに。

 私が「ぐぬぬ」とノートを見送っていると、アルティナは「放課後はわたくしも一緒に行きますわ」と耳打ちしてくれた。

 


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 

 魔法学校では、教員が全員で集まる職務室と、教員ひとりずつに与えられた教員室がある。

 

 放課後、私とアルティナはミディー先生の教員室に向かった。

 ミディー先生の教員室は1階にあり、扉が校庭側の壁についている。そこから彼の魔法植物菜園につながっているのだ。


 入り口にパンダをモチーフにした札がかかっている教員室に入ると、イージス殿下とパーニス殿下がミディー先生を挟んでいた。窓際にはクロヴィスとイアンディールもいる。

 

「ミディー先生は兄さんのグループの練習を見てくださるんだ。パーニス、兄さんに譲ってくれるかな」

「いやです。俺もミディー先生に見てもらいたいんです。兄上、可愛い弟に譲ってください」


「クロヴィスはどうして単独で大会に出ようとするんだい。殿下と一緒に勝てばいいじゃないか」

「イアン先輩は殿下、殿下とそればかり……」

 

 何、この状況?

 あっちとこっちが混沌とした会話をしている……。

 ソファにはエリナもいて、目が合うと「お姉様!」と小さく手を振ってくれた。なんか小動物感のある可愛らしさだ。


「みんな、仲良くしなさぁい。ミディー先生は公平にみんなの味方でぇす。以上~」


 ミディー先生はちょっと困った顔で場をおさめようとして、杖を振った。

 すると、魔法植物菜園につながる扉がカチャリを開いた。

 先生はつづけて杖を振り、強引に全員を外に出した。さらに、自分も外に出てくる。


「狩猟大会もいいけど、もともと仲が良かったのに、楽しいはずの行事でギスギスしちゃってどうするのさ。まあ、ギスギスも含めて思い出になるといえばそうなんだけど。先生、悲しいです」

 

 先生は傷心を感じさせないおどけた仕草で泣きまねをした。

 私はこっそりと「でもこの先生、死にたがってるんだよね」と考えてしまうのだけど、私情を感じさせないというか、本心を見せない明るい雰囲気だ。

 ……大人だな。

 

 魔法植物菜園には、ティータイム用の椅子と丸テーブルが置かれていた。

 先生は椅子に全員を座らせ、ケーキとドリンクをふるまった。

 

 ピンク色のスポンジ生地でフルーツを巻いたフルーツブーケ・ケーキ。

 鮮やかなブルーなのに味はオレンジのドリンクは、魔法がかけられていて飲めば飲むほど色がオレンジ色に変わっていく。


「いただきます!」


 私は甘党である。

 見た目の可愛いケーキは、見ているだけで心が弾む。

 意気揚々とフォークを持って、いざ! いただきます! と思ったところで、ミディー先生が「待った」をかけた。


「みんな。ミディー先生の仲良し政策の一環で、今日はお互いにケーキを食べさせてあげる会です。右隣の人に『あーん』で食べさせてあげてね。以上」


「……!?」


 座っている順番は、以下の通り。


 エリナの右隣がパーニス殿下。パーニス殿下の右隣が私。

 私の右隣がイージス殿下。イージス殿下の右隣がアルティナ。

 アルティナの右隣がイアン。イアンの右隣がクロヴィス。

 クロヴィスの右隣がエリナ。

 

「先生の言う通りにできない子は、ケーキ抜きです。以上」


 先生の権力の前に、私たちは屈した。


「どうぞ、イージス殿下」

「おい、こっちを向けマリンベリー。ほら、あーん」


 ケーキは美味しいけど、混沌としてるなぁ……。何、このイベント。

 美味しいけど照れる。それに、私を挟んで2人の殿下がにらみ合ってるよ。


「そこの兄弟。仲良く! 以上ー!」


 ミディー先生は睨み合う兄弟を見逃さなかった。


「先生のせいだと思います」

「同感です」


 兄弟は息ぴったりに先生に反抗している。

 これは「共通の敵を前にして敵同士が団結する」というやつではなかろうか。

  

 私が見守っていると、パーニス殿下はクロヴィスに視線を移した。

 

「こほん。そういえば、クロヴィスは単独で狩猟大会に挑みたいのか? 俺のグループは昨日入学したばかりのセバスチャンとエリナとの3人なんだ。一緒にやらないか」


「セバスチャン? いつもお連れの黒狼と同じ名前ですね?」 

  

 クロヴィスが不思議そうな顔をしている。


「俺のペットにしていた狼獣人なのだが、あいつ魔法の才能があるらしい。それに、今までまともな教育を受けたことがないと言うのだ。年齢は他の連中より上だが、俺は学びたい奴が年齢を関係なしに学び舎に通えるといいなと思ったので、父上に相談してみたのだ」

「なるほど。それは良いことですね。事情があって学校に通えなかったけれど、通いたかった、という人はいるようですから」

「そうだろう?」 

 

 クロヴィスは出会った頃と比べると、かなりパーニス殿下に好感を持っているようだ。


「しかし、殿下。私は実力を示したいのです。私の力がどこまで通用するのか、一人で挑戦してみたいのです」


 クロヴィスが想いを語ると、イアンディールが渋い顔をしている。

 

 あれ? 回避したと思っていたのだけど、このままだともしかして『お兄さん気質なイアンディールが無茶をするクロヴィスを心配して後を追い、クロヴィスを庇って大怪我をする』バッドエンドルートに行く恐れがあったりする?


「クロヴィス……」


 私がおそるおそる意見を言いかけたとき、イージス殿下とパーニス殿下が声を被せた。


「クロヴィスは騎士団長の令息ではありませんか。騎士団の騎士は個々人の強さも必要ですが、もっとも重要なのは団体の一員として団体全体のために働く歯車としての社会性、協調性なのでは?」

 というのが、イージス殿下。

 

「クロヴィス、お前の力がどこまで通用するのか挑戦したいなら、俺と戦えばいいのではないか?」

 というのが、パーニス殿下だ。

 

 イージス殿下はさすが王太子って感じの大人な意見だ。

 一方、パーニス殿下は……?

  

「パーニス殿下?」

「俺に負けたら、俺よりは下だとはっきりする。それからは俺に勝つために鍛錬すればいい」


 言っていることがわかるような、わからないような。

 私が首をかしげているうちに、「では私も」とイージス殿下が挙手をした。


「3人で順に1対1をして、誰が誰より強いかをはっきりさせましょう」


 結果、私たちのティータイムは2人の殿下と騎士団長令息の手合わせを見守る会へとチェンジした。


 1時間後。

 イージス殿下とパーニス殿下が最終的に1位の座を争って剣と魔法をぶつけ合い、ミディー先生は「魔法植物に被害を出したら激辛ドーナツを食べさせる刑だよ」と言いながら杖を振って周辺の被害を防いでくれて、クロヴィスは隅っこで背を丸めてしゃがみこみ、のの字を書いていた。

 

「クロヴィス、わからせられてしまったね。よし、よし。可哀想に」


 イアンディールはどこかホッとした様子でクロヴィスの隣に行き、彼の肩をぽんぽんと叩いて慰めていた。


「パーニス、私が最近創った新しい剣を見せてあげましょうか。聖剣アルワースと名付けたのですが、どう思いますか?」

「それはちょっと名前が大袈裟じゃないですか兄上? ちなみに、俺が最近創ったのはこの死神の大鎌です。セバスチャンが手伝ってくれたのですよ」

「パーニス、それはちょっと……禍々しい……」

 

 アイテム開発の授業で創ったらしき武器を見せ合いながらじゃれ合う兄弟は、とても仲が良さそうだった。

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