双子の妹が駆け落ちをしたので、冷酷王子と呼ばれる彼と政略結婚をすることになった。

椎名喜咲

01 姉妹

 ここ、帝国都市・ユーランにある商家、アルバ家において、双子の姉妹が産まれた。

 双子はこの世界において、忌み子と言われる。その理由は今に至るまで判明していない。ただ、通常一人の生命が産まれるものだという旧式の考え方が蔓延っているせいと考えられる。

 は、ベール・アルバ。アルバ家の姉である。

 妹の名は、アザレア。一卵性双生児であるが、姉である私とは違い、圧倒的な儚さと可憐さを持ち合わせた愛おしい少女である。

 今年、私達は十六歳になる。

 婚姻の適齢期を迎えた。


「ねえ、お姉様」

「なぁに?」


 私は机に抱え込み、修道院から出された課題をひたすら解いていた。修道院が免除されているアザレアは私のベッドの上でパタパタと足を動かしている。傍から見れば、はしたないことこの上ない行為もアザレアが行えば艶やかなポーズへと変化する。


「お姉様って、恋をしたことある?」

「……一体なによ、急に?」

「ええぇ? お姉様だって、立派な淑女じゃない。恋の一つや二つしたことはあるんじゃなくて?」

「無いわ」


 はっきりと私は言った。言ってやった。

 この娘は天然なのだろうか。……天然ゆえの発言なのだろう。私はそのことに少しだけ苛立ちを覚える。

 私が恋愛をする余裕なんて、資格なんてないことを考えればわかるくせに。アザレアは考えない。考える必要性がない。だから呑気に尋ねることができる。忌み嫌われた私に、話しかけることができる。


「えー、もったないわ。お姉様。せっかくお美しいのに」

「冗談言わないで」


 嫌味にしか聞こえないから。

 その言葉を私は呑み込んだ。

 私が家族から忌み嫌われる理由の一つが容姿にあった。同じ双子でありながら、美しい妹を持っていながら、私の容姿は凡庸だった。

 あの白く靡く髪も。

 大きな無垢の瞳も。

 幼い思考も。

 雰囲気も。

 私は持ち合わせていない。それが家族の癪に障った。以来、私は嫌われた。疎まれた。


「わたくしは、そういう恋、良いと思うんだけどね」

「それこそ冗談でしょ? 貴女はあの、ブレーシュ家の御曹司と婚約しているんだから」


 ブレーシュ家。

 私達――アルバ家を支えることになる貴族の一つ。彼らは便利な商家だから目をつけて、その中にたまたまいたアザレアを射止めた。

 お互いの利益のため。つまり、これは政略結婚だ。

 その結婚式は、明日に控えていた。

 しかし、その話をした直後、アザレアは表情を歪ませた。


「お姉様、わたくしは別に――」

「それに貴女」


 私はアザレアの反応に気づくことなく、口を開いている。


「最近、外出が多いそうね。侍女達が噂してたわ。控えなさい」

「はーい」

「間延びしない」

「は〜い」


 がくりと肩を落とし、私はアザレアの方に振り向いた。が、その直前、アザレアが私に後ろから抱きついてきた。私は驚き固まってしまった。

 ねえ、お姉様。

 囁くような声。魅了させる魔力。



「――わたくし、わたくしの人生は自分で生きたいの」



 ぱっと離れる彼女を私は睨んだ。


「それ、どういうこと?」


 ふふ、と彼女は笑った。


「お姉様のことが大好きってことですよ」


 そのままパタパタと部屋から出ていってしまった。――何だが、今日のアザレアは様子がおかしくも見えた。気にし過ぎだろうか。明日はブレーシュ家の御曹司との結婚だ。本人は柄でもなく緊張しているのかもしれない。

 私が気にすることではない。

 そう結論づけると課題に取り掛かり始めた。



 その時点で私は気づくべきだったのかもしれない。その時、未来は変えられたのかもしれない。けれど、仮に何度も繰り返したとして、私はどんな選択肢を取って良いのか。今でもわからない。わかりたくない。



 翌日、アザレアは姿を消した。

 使用人であった男を連れて。

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