第18話 ヒロイン!

 流石に、無神経なアルトの「あの言葉」にはイラッと来た。


 俺とちょくちょく寝て欲しい、だなんて。本当に、ヒトを馬鹿にしている。


 あの時、オレは別に告白を期待していた訳では無い。むしろ、アルトからの告白なんぞ、迷惑極まりないと感じている。処刑場への片道切符を渡されて喜ぶ奴がいるものか。


 だけど、あの雰囲気で、あの場面で。


 ちょくちょく寝てくれ? そんなふざけた言葉を掛けられるとは、予想だにしていなかった。何を考えて生きてるんだ、コイツは。





 今思うと、アルトと話していたらこの程度は何時ものことの筈なのに、この時のオレは心の奥から苛立っていた。


 その意味に、押し倒されてしまうまでオレは気付けない訳だけれど。





 ────酒と言うのは本来、こういう理由も分からず苛立ってしまっている時の為に存在する、百薬の長なのだ。


 今のこのささくれ立った精神状態でアルトと話を続けると、目も当てられない結果になるだろう。酒で、気を紛らわせて寝てしまおう。明日には、またアルトと落ち着いて話ができるだろう。


 久方ぶりに帰ったアジトの居間には、バーディが買い置きしていたワインが残っていた。確か半年前位のヤツなので少し古いが、仮にこれを飲んで腹をぶっ壊したところで治せば問題ない。


 ……コルク抜きを厨房まで取りに行くのが面倒だ。だが、アルトに抜いてもらうのも気まずい。



 そんな考えから、オレは自分の手でワインボトルを開けられないかと、コルクを摘まんで四苦八苦していた。


 そんな折だ。本当に唐突に、オレはアルトに押し倒されたのだった。






 そこからの展開は、あらゆる意味で予想外だった。


「フィオ、俺はお前が好きだ」


 そんな戯けたことを、大真面目に目を見てほざく我らが勇者サマ。


 何で、このタイミングで襲ってくるんだよとか。何でその言葉を、王都の前でぶつけてくれなかったとか。いや、お前いつの間にオレに惚れてるんだよ、チョロ過ぎるだろとか。


 その言葉を聞いた時、オレには言いたいことが山ほど有った。



「……」



 一般的に、人はテンパると二通りの反応を示す。


 大騒ぎして、普段より口数も増えて、余計な行動を取り失敗する者。


 そして目の前の事態に対する解決策が思い付かず、口数が減り流されていってしまう者。




 オレは後者だった。


 強引に身体を押さえつけられてからの、直情的な奴の告白。腕ごと抱きすくめられ、体躯はアルトに覆われる。次に何をされるかを悟るのに、時間は殆どかからなかった。


 ……頬が、熱くなる。鼓動が早くなり、息が出来なくなっていく。


 この時のオレには、抵抗する気力が全く湧いていなかった。いや、そもそも抵抗しようという考えが、頭から消えていた。二日前、体に深く刻まれた快楽の記憶が蘇り、奴に蹂躙される悔しさが、ゾクゾクと下腹部を締めつける。


 そう。身体は、悦んでいるのだ。アルトに屈服することを、求めている。


「────おとなしくしろ。フィオ」


 だって、こんなにも強引に。自分を求められ、そして奪われてしまうなら仕方がない。それは、自然の摂理なのだ。男女の関係性は、どれだけ強引であろうと、受け入れてしまった側の負けで。気付けばもう、勝負の決着がついていたのだ。



 ……やっぱり少し悔しいな。今夜、オレはまたも奴の腕で情けなく踊り狂う事になるのだろう。アルトの思うがままにされると言う、謎の高揚感と少しばかりの不満が込み上げてきて。


 ────気付けば、オレの口からも欲望が漏れていた。


 ……オレは体を触られ、性感を刺激されるより。誰かの温もりを感じながら、抱きすくめてもらいながら、濃い口づけを交わしてみたい。人肌を感じながら、誰かにしっかりと愛して貰いたい。


 そんな、オレのちょっとした性癖を包み隠さず吐露していた。


 何も、隠す気になれなかったのだ。


 それにしても、信じ難い。このオレが、いつしかアルトを意識していたとは。今、こうやって強引に襲われても不快に感じなかったのは、そういう事だったのだろう。


 いつか、こんな日が来ることは覚悟していた。女性として産まれたその時から、男に組み敷かれ、男に寄り添う日が来ることは分かりきっていた。


 もういい。アルトで構わない。このふざけた腹黒ハーレム野郎に、オレは好感度を子宮から注入されヒロインの一人へと落ち着く日がとうとう来てしまっただけだ。 


「フィオ、聞いてくれ。今から、俺はお前を抱くだろう」


 知っている。ここまで迫ってきておいて、何かの間違いなんてあり得ない。


「お前が好きだフィオ。俺は、お前を誰にも渡したくない」


 それは、さっき聞いた。アルトは、この言葉をあと何人に言っているのだろうか。ユリィや、リンや、レイにマーニャ。あるいはメイドさん達、果ては王女殿下にまでも言っているかも知れないな、この腹黒ハーレム野郎なら。


 ……アルトが本当に、オレ一人にだけ、好きだと言ってくれているのだとしたら。今オレは、随分と失礼なことを考えている。


「だから今日から、俺のフィオになってくれ」


 でも、それを問い詰める勇気はなかった。だって、もう、負けたのだ。さっきからまともにアルトの顔が見られない。


 あぁ、何時からだろう。オレは、アルトを、はっきり意識していた。


 あぁ、どうしてだろう。アルトに騙されているかもしれない。何股も掛けられているかもしれない。


 それでも、何故かアルトを拒む事が出来なかった。


 少し悔しかったけれど。それ以上にビリビリと、女性としての悦びを身体に刻みつけられ、アルトの女性へと堕とされていく今の状況が、刺激的で、背徳的で、退廃的で、被虐的で。


 ああ、悪くないかもしれない。そう、思ってしまったから。












 アルトの腕の中で、存分に愛を注ぎ込まれ、猛々しい肉体に包まれたまま。


 夜が明けて、空は明るみ。のどかな風が流れゆく朝になった。












 ぱちくりと目を覚ますとそこには、雄々しい筋肉。水をはじく肉壁。モリモリまっする。


 ……そうだね、プロテインだね。





 ばしーん。





 朝から、張りの良い音が響き渡る。


 ……びっくりした。寝起きにいきなり暑苦しくむさ苦しいいモノを見せつけないで貰いたい。思わず手が出ちゃったじゃないか。


「……なぁフィオ。目が覚めたら、とりあえず俺の顔を張り倒すのは癖か何かなのか?」 

「あ、あれぇ……? お、おお! おはようアルト。良い朝だな」

「お前は、何というか……。いや、良いか」


 いきなりぶん殴られたというのに、アルトは苦笑してオレの頭を撫でてきた。怒っている様子は無い。


 ふむ、さてはアルトの奴、ドMなのかな? 


「なぁ、フィオ」

「なんだ?」


 もう一発ぶん殴ったら案外喜ぶかもしれない。まぁアルトだしそんなに怒らないだろ。


 特に意味もなく暴力を振るおうと、オレはアルトに振りかぶり、


「これから、よろしくな」





 そう、声をかけられた。


 ……。昨夜の、記憶が、鮮明に蘇る。


「……。アル、アルアルトさん?」

「アルトだ。アルアルアルトではないぞ」

「昨日のアレ、現実? 夢?」

「アレとはなんのことだ? 俺の可愛いフィオ」

「あっ……」


 察した。







「やっちまったあぁぁぁぁぁ!!」

「うぉう!?」 


 やばいやばいやばいってアホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 


 オレは昨日何故に頷いた!? オレはどこで間違った!? 


 今の状況、四人からアルトを完全に抜け駆けして奪ってるし!? こんなの、パーティ崩壊して人類滅亡案件だよ!? 


「フィオ、どうしたんだいきなり大声だして」

「え、あ、なんでもない」


 ……落ち着け、ここで騒いでも何も進展しないだろ。落ち着いて解決策を模索しろ。


「あ、いや、その、なぁアルト。昨日のアレなんだがな?」

「アレとは何のことだ」

「ほら、アレだよアレ。こう、すんごい……」

「ああ。昨日は、凄かったな」


 ま、まぁ。確かに昨夜は盛り上がった、って違う。


「そっちじゃなくて、その、オオオオレとアルトの関係性についてだがな!?」

「昨日やっと、恋人になった。それがどうかしたか?」

「えっと、えっと。その、その事を皆にどう伝えるかなんだが!!」

「おう」


 落ち着け。考えをまとめろ。



 ケース1:ストレートに伝える

「オレ達付き合うことになりましたー。皆、祝福してくれよな!」 

「フィオさん、ご存知ですか? 隣の国には、嫉妬に狂って浮気相手の女性の四肢をもぎ、目を焼き、鼻をそぎ、耳をお薬でつぶした後便所の中に放り投げて、人豚と呼んで嘲った女王がかつていらっしゃったそうですよ」


 ……いかん。そんな古代中国の拷問みたいな事をされるなんて冗談じゃない。


 ケース2:自分からは誘ってないことをアピール 

「アルトがー、どうしてもって言うからさ? オレからは何も誘ってないけどー、口説き落とされちゃってー、とうとうオレら恋人になりましたー!」 

「よっし、塵一つ残さねぇぞ。覚悟しろアバズレ」


 これでは完全に煽ってるだけだ。普通に伝えるより俺の生命予後は悪いだろう。


 ケース3:さりげなく伝える

「腹減ったなぁー。この辺にうまい定食屋あるらしいんだけどさ、後アルトと付き合い始めたんだけどさ、夜みんなでその定食屋に食いに行かない?」

「……メニューは、メス豚の挽肉。ウチらの、食材持ち込み……」


 いや、駄目だ。これで見逃してもらえる程、彼女達の知能指数は低くない。


 ケース4:歌いながら伝える

「あぁ──ー! ララララー! オレがアルトとぉー! 恋人にぃぃぃぃぃ!」

羅羅羅羅ララララー、羅羅羅羅ララララー! 怒霊身不亜曽羅死怒ドレミファソラシドー!」


 おや、言葉が通じなくなった。これも駄目みたいだな。 






 思考時間、わずか数秒。結論が出るのは早かった。


「アルトルト、聞いてくれ」

「俺はアルトだ。で、なんだフィオ?」


 オレがこの先生きのこる為に取る道は1つだけだ。分かりやすい。


「実はぁ、オレ達の関係を、皆に知られるのってぇ、フィオとっても恥ずかしーい! だからぁ、この事は二人だけの秘密にしちゃおうよー?」


 オレは精一杯媚びながら、アルトに上目遣いでお願いしてみる。オラオラ、オレのことが好きなんだろアルトさんよぉ。ここまで下手に出てやったんだ、早く黙って頷きやがれ。


 今のオレは、まさに命懸けなのだ。体裁なんか気にしていられない。





 アルトは何やら、凄く気味の悪い生き物を見る目でオレを見ていた。そんなに似合わないか、オレのぶりっ娘。

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