第16話 急襲っ!

【アルト視点】


『オレは今、とてもとても怒っています』


 彼女は態度で雄弁に、そう俺に語っていた。


 目が合うと歯ぎしりして唸り、つんと顔を背け、口をぷいと尖らせる。


 その理由は単純明快、俺が派手にやらかしたからだ。



 宿のご老人からの、一番素直な気持ちを伝えろというアドバイス。


 それがで頭がいっぱいになった結果、彼女への想いではなく性欲を吐露してしまっていたのである。そりゃあぶん殴られるってものだ。


 いやフィオを怒らしてしまったのは、ご老人のせいではないだろう。俺が、フィオの体に興味を示しすぎたのが原因であることは明白だ。


 素直な気持ちを伝えるにしろ、性欲を前面に押し出してどうする。


 俺は昔から集中すると、常識的なことを見落として突っ走る悪癖がある。今回もそのパターンだ。


 ほとほと、自分の頭の悪さにあきれ果てた。



 王都の門をくぐり、夜の都を二人で歩いて行く。王都ともなれば、この時間でもちらちらと道行く市民が目に入る。


 俺は、フィオをどう思っているのか、きちんと伝えないといけなかった。だというのに、俺がぶつけたのは自分本位な欲望だ。


 もう一度、フィオに頭を下げよう。謝って謝って、話を聞いてもらおう。


 俺は王都の、俺達のアジトへと帰る道すがら、そう決心していた。




 俺達のアジトは、王都の中心部にある大きな屋敷だ。貴族たちの邸宅が立ち並ぶ中、俺達勇者パーティが所有する巨大な一軒家が道沿いにぽつんとそびえたっている。

 元々はある貴族の邸宅だったらしいのだが、処刑されたとかなんとかで、今は俺達が使わせてもらっている。


「暗いな。俺たちが先にたどり着いたようだ」

「……」


 帰り着いたアジトの明りは、灯っていなかった。ルート達はまだ、王都に戻ってきていないらしい。


 それもそうか。俺は全速力でフィオをおぶって王都まで走ってきたが、向こうは6人で足並みを合わせて戻ってくるのだ。身軽な俺達の方が早いに決まっている。


 こうして俺たちは、俺達は数ヶ月ぶりのアジトへ戻った。


「その、フィオ。寝る前に少し……」

「つーん」


 フィオに声をかけてみたが、彼女はさっさと俺を無視して居間へと歩いて行った。


 顔を背けるフィオに若干傷つきながら、俺は溜息を吐きアジトの中へ入っていた。



 アジトはしっかりと片付いていて綺麗だった。どうやら、きちんと手入れをしてくれていたらしい。


 多少埃っぽいところは散見されるものの、ベッドや居間などはすぐにでも使える状態だ。王都から出発するとき、王宮のメイド達が確かアジトの管理してくれるという話だったな。彼女たちは、しっかりと自分の仕事をこなしているようだ。


 俺はソファに腰を落とし、大きくため息を吐いた。この4日間、背負っていたフィオは羽のように軽かったが、発されていた重圧は金剛石の様だった。


 そして今もフィオとの関係がぶっ壊れ、俺は疲れていた。




 ────だからだろうか。


 ────息を殺す、ナニカの気配。この屋敷に潜む、第三の存在。


 鋭い殺気が発されるまで、俺は侵入者の存在に気が付いていなかった。


 ぶかぶかした白魔道服を揺らし、眠そうな目で部屋に置いてあったワインボトルを握りしめるフィオ。


 その僅か壁一つ隔てた距離、彼女が手でもたれる壁の向こうで、息を殺し潜む“暗殺者”の気配がした。


 フィオの命を奪うには、魔法でも、剣でも、火薬でも、何でも良い。彼女からほんの一メートル隔てた壁の向こうに、【暗殺者】は息をひそめて舌なめずりしている。


 ……フィオは殺されてしまう寸前だった。


 俺達は英雄であると同時に、様々な貴族からは嫌われてもいる。暗殺者を差し向けられる可能性はある、とは聞いてはいた。


 奴は俺達の帰宅をずっと待っていたのだ。遠征帰り、油断した俺達をあの世に送る為に。


 フィオは、ワインボトルを開けようと力み顔を真っ赤にしていた。暗殺者の存在に気付いていないだろう。


 これ以上、フィオが壁に近づいたら殺される────


「……動くな、フィオ」

「あ?」


 気づいたら反射的に、体が動いていた。


 次の瞬間には、俺はワインを持つフィオの肩を掴み、床へと押し倒していた。


「は? いきなりなんだよアルト……、ッ!?」

「静かにしろ」


 そのまま俺はフィオに覆いかぶさり、どんな攻撃が来ても対応できるように全神経を尖らせた。


 暗殺者が一人とは限らない。いつ帰ってくるかもわからない俺たちを、屋敷に潜んで延々と待ち続けた敵だ。


 そんな周到な敵が、複数人で行動していない方が考えにくい。


 陽動係が分かりやすい殺気を放ち、俺を釣った後でフィオを始末する。そんな可能性だって十分にある。


 早く、この屋敷全体を、探知魔法で調査しなければ。いつ、予期せぬ位置から毒針が飛んでくるか分からない。


 俺が大怪我をしたならまだしも、フィオが昏倒すれば手の打ちようはなくなる。


 俺が治せるのは外傷だけで、毒は専門外────


「な、な、な、な……何を! いきなり何をする気だこの変態糞勇者ぁ!!」

「……暴れるな、今は俺に従え」

「にゃにをっ!?」


 フィオは依然として侵入者の存在に気が付いていないようだ。


 出来るだけ手短に、状況を説明せねば。


「し、従えとかお前、そんな強引なコトしない男だと」

「……どうやら、狼藉者のようだ」

「……ひっ!」


 敵が侵入したことを告げると、フィオは顔を真っ青にして黙り込んだ。後は奴の気配を見失わず、俺がフィオを守り抜けばいい。俺達の大切な仲間であり、俺が罪を償うべき少女であり、そして俺にとって……。


 俺にとって、何なのだ? フィオは、俺の中でどのような存在なんだ? 俺の体の下で、微かに震えるこの少女は、俺の何なんだ? 


 いや、今考えるべきことはそれじゃない。奴の気配に集中しろ。


 ……いる。間違いなく、この部屋の外の廊下に、忍び込んでいる。先ほどのフィオの大声で、賊は俺達の存在には気付いているはずだ。賊の狙いがこの屋敷の金銭なら、このまま逃げようとするだろう。狙いが俺達の暗殺なら、こっちに近づいてくるはずだ。


「放して、くれよぉ……」

「ああ、後で話してやる」


 フィオが、か細い声を上げた。確かに彼女からしたら、もっと説明が欲しいところだろう。だが今は危機の真っ最中。集中している俺に、そんな余裕はなかった。



 ……かたん。



 ドアの向こうで音がした。反射的に俺はフィオを抱きすくめ、衝撃に備えた。彼女の全身を、俺の体で覆う。幸いにも、爆発などの攻撃は無かった。まだ、仕掛けてこないようだ。


 フィオは茹で上がった蛸のように、唇をパクパクして混乱していた。


「や、やだ、やめろって」

「大丈夫だ、俺に任せろ」


 得体のしれぬ敵に怯えるフィオを押さえつけ、なんとか宥める。安心してほしい、なんとしてもフィオを傷つけさせたりなんかさせない。


 ……どこからでも来い。どんな毒を撃ち込んできたとしても、攻撃してきた方向さえわかれば倒せる。


 爆弾でも、剣でも、何でも仕掛けてこい。その暴威がフィオに届く前に、俺が剣で切り伏せる。


 例え体が毒に侵されようと、火だるまになろうと、その結果死んでしまおうと。


 俺は、目の前の少女を守りたいと、心の底からそう思った。


 そうだ俺は、勇者だから彼女を守りたいんじゃない。俺は、俺は。



 俺は、きっとフィオが好きだから守りたいんだ。



「フィオ、聞いてくれ」

「何だよ、早く放せよ」


 彼女が泣きそうになりながら、こちらを見ている。その表情があまりに切なくて、思わず言葉に詰まる。


「こんなこと、今言うべきじゃないかもしれん。だがフィオ、聞いてくれ」

「……」


 敵の数は未知数。俺ですら殺されてしまうかもしれないという、恐怖の中。


 ただただ純粋な俺の感情が、外界へと零れ堕ちていた。


 俺は命を狙われ、暗殺者と相対しているこの現状で。俺の口が、フィオへ思いを告げていた。


 この言葉を彼女に告げずに、死ぬわけにはいかない。


「フィオ、俺はお前が好きだ」

「……。は?」


 直後、がたん、と一層大きな音が廊下に響いた。賊は最早、気配を隠す気は無いらしい。


 だが、暗殺者はまだ姿を現さない。 


「本気で好きだ、死ぬほど好きだ、ずっと好きだ、好きになってしまった」

「……は?」


 そして、廊下の賊の気配が、ゆっくり遠のくのを感じた。だが、油断するわけにはいかない。俺がまだ捕捉しきれていない、新たな暗殺者が潜んでいないとも限らない。


「って、おい! はぁ、何だ、いきなり何なんだよぉおおお!?」


 俺の言葉を聞いてパニックになったのか、フィオは突如暴れだした。


 当然だ、いきなりそんなことを言われても困るに決まっているだろう。 


 まだ、安全の確保が出来ているとは言えないというのに、フィオにまで暴れられたら対応しきれない。このままではいかん。


「────おとなしくしろ。フィオ」


 できるだけ落ち着いて貰えるよう、俺はフィオの目を見て、はっきりとそう告げた。


 少しずつ、部屋から賊の気配が遠のいている。もしや、俺の警戒を感じ取って諦めたか?


 だが俺は去りゆく賊を追ったりはしない。これが誘導である可能性がある。


 屋敷の中の安全が確認できるまで、俺はフィオの傍を離れるつもりはなかった。



「……」



 フィオはいつしか静かになり、目を閉じていた。まだ恐怖感があるのか、小さな肩を震わせているがひとまず落ち着いてくれたようだ。


 そのまま、無言で。俺がフィオを庇い続ける事、数分。


 ────全身の感覚を研ぎ澄ます。屋敷全体の探知が終わる。


 どうやら賊は、諦めて俺達のアジトを去った様だ。少なくとも今は、確実にアジトの中に賊の存在はいない。


 暗殺ではなく、単に金銭目当てだったのだろうか。何れにせよ、危機は去ったと思って良いらしい。



「あ、あのさ……」


 俺は肩の下で震える少女に、もう安心だ、いきなり押さえつけて申し訳ないと、そう告げようとした時。フィオは、潤んだ目を逸らしながら、こう呟いたのだった。


「最初はキスから、その、シてほしい……」








 ………………ん!?

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