ロストテイカー

豆坂田

第1話 スラムのガキ

  マザーシティの夜は明るく、暗かった。企業ビルが集まる中心部では、昼であろうと夜であろうと、人と金が集中し続け光り輝いている。一方で、都市の外周部はネオンの退廃的な明かりが昼であろうと夜であろうと薄暗く、怪しく路地を照らす。湿気と悪臭、裏切りと殺人が蔓延っていた。中心街から離れた裏路地で、人が死んでいる――だなんてことはありふれていて、加えてそれは一人ではない、数多くだ。死因は人それぞれ、鈍器で殴られた人もいれば、銃で撃ち抜かれた者もいる。少し大通りから外れてみれば、狭い路地に腐敗した死体やまだ新しい死体など、数多くあった。ほとんどが臓器などを抜かれているため、また抜かれていなかったとしても死体を漁る者達のせいで、酷い有様だった。

 だが、これが外周部にあるスラムの様子だ。

 劣悪で、粗悪で、醜悪な――そんな場所だ。

 当然、中心部と外周部――経済的な面でも物理的な面でも大きな貧富格差があった。

 しかし夢を掴み続ければ、ひたすらに、がむしゃらに走り続ければ案外、このマザーシティは寛容だ。スラムで生まれ、育ったとしても成り上がれる可能性はある。限りなく低いが、スラムという肥溜めから抜け出せることもできる。

 どこを見ても、どこに入っても、どこかしらに異常があったスラムから逃げ出し、眺め羨望を向けられるあのビル群に近づくことができる。


「酷い場所だな」


 少年が、自虐混じりに呟いて裏路地を歩く。確固たる信念と鬱憤を込めて。


 ◆


 マザーシティの南地区。薬物と殺人が蔓延る治安最悪なこの場所を、カザリアファミリーは拠点にしていた。最近できたばかりの徒党で規模は小さいが、ラフラシアという安価に製造できる新しい薬物のおかげで他の徒党より多くの利益をあげていた。

 カザリアファミリーは最近、勢いに乗っている徒党だ――が、出る杭は打たれる、今現在、カザリアファミリーは敵からの奇襲を受けていた。

 相手は恐らく、これまで扱ってきた商品が売れなくなったことや顧客を失ったこと、単に目障りだったためにカザリアファミリーを襲撃しているのだろう。拠点としていたビルの照明が切られ、夜だということもあって暗闇の中でカザリアファミリーは敵と戦闘を行っていた。


(敵はアリアファミリアかバグズコモンのどっちかか)


 ビルのどこかの部屋で、ファミリーのボスであるカザリアが冷静に状況を分析していた。南地区の中でも代表的な二つの徒党。カザリアファミリーが成り上がる上で互いに利益と権限を奪い合う中だ。少し前ならばこの二大徒党は争っていなかった。しかしカザリアファミリーの出現によって均衡が崩れ、今、南地区は崩壊へと向かっている。

 カザリアファミリーは大小さまざまな因縁があるが、襲撃をしかけてくるほどだ。この二大徒党の内どれかだろう。


「予備電力作動します」


 テーブルの上に置いてあった通信機器から部下の声が聞こえた。

 何の前触れもなく、突然の襲撃であったため電力復旧に時間がかかってしまったがこれで状況把握が容易になる。今もビル内で銃撃戦は続いており、依然、戦闘状態は続行中だ。

 敵はビルの三階から侵入し、四階への扉を施錠。手早く三階から一階にいた部下を殺し、電力をシャットアウト。かなり手慣れていた。ビル内にいたカザリアファミリーの部下たちはそこら辺でうろついているギャングとは違う。武器を持ち、訓練を積んでいる。これほどの数の部下が気づかれずに殺され、そしてカザリアが感づくこともなく相手の思惑通りに事を進ませてしまった。恐らく、相手は数人の精鋭で行動している。

 今までは相手のいいように進ませてしまったが、電力復旧に伴い状況は好転するだろう。

 部下の声が聞こえてきた数十秒後、ビルの一部区画に電力が供給される。カザリアがいた部屋も明るくなり、壁につけられた幾つかの監視モニターも起動する。カザリアは電力復旧後すぐに、モニターに近づいて状況を確認する。


「四階まで制圧済みか」


 このビルは六階建てだ。カザリアは六階におり、部下によって守られている。

 敵がすぐに、ここまでやってくるかは分からないが、かなりまずい状況にあることは確かだ。四階の監視カメラを見てみると、通路には首を切り裂かれていたり銃で頭部を撃たれた死体が散乱していた。すべてのカメラを確認してみたが――生き残りはいない。

 五階部分にはまだ部下が、死にかけだが残っていた。だがもう、立ち上がって戦闘を行うことはできないだろう。侵入者の姿は見つけられない。だとしたら今はどこにいるのか。

 すべてのモニターに目をやる。しかし何も見つけられない。当然だ、幾つかのモニターは壊されている。恐らくそこにいるのだろう。

 しかし、その僅か後、発砲音が六階に響き渡った。


(――ここか!)


 カザリアはモニターには目を向けず、扉の先、発砲音が聞こえたその場所に目をやる。

 

(……ッチ)


 六階にあるすべてのモニターを確認する。発砲音が鳴ったと思われる付近のモニターは黒塗りになっていた。つまりすでに壊されているということだ。

 この仕事柄、いつこのような状況に陥っても仕方はなかった。弱者だけを相手にしているわけではなく、強者とも取引を行い争う。実力行使に出られると一歩劣ることも分かっていた。

 だから。

 すでに準備は出来ている。

 カザリアはテーブルに置いてあった拳銃をふところたずさえ、防弾チョッキを着る。狭いところでの戦闘になるため、小型化された散弾銃を手に持ち戦闘準備を整える。

 今頃、仲間に命令を下したところでどうせ突破されるだろう。混乱こそあったものの六階から下にいた部下、総勢50を上回る数を殺されたのだ。加えて部下も雑兵だったわけではない、来るべき戦闘に備えて訓練を積んできた。

 積んできた――が意味はなかったか。

 これまで築き上げてきたものが破壊され、カザリアには何も残すものがない。背水の陣とはまた違うが、似たような状況だ。

 

「そろそろか」


 外で鳴っていた銃声が止んだ。

 扉の前に待機していた二人もやられた。 

 だとすると、すでに敵は扉の前にいる。

 カザリアはテーブルを倒し盾にしながら、神経を研ぎ澄ます。

 扉の外から足音は聞こえない。

 敵がファミリーのボスであるカザリアを殺さない――ということもないだろう。だとしたら、絶対にこの扉に手をかけるはず――。


(来た!)


 ドアノブが動いた。

 カザリアは散弾銃をその瞬間に扉に向けてぶっ放す。鉄製の薄い扉であったため散弾は容易に貫通し外にいる者に向けて飛んでいく。一発だけではない。カザリアは続けて、数発の散弾を打ち込む。扉は穴だらけで、外の光景も見えるほどに。

 だが、外に敵の姿は確認できなかった。


(仕留めそこなったか)


 テーブルから顔だけを出して状況を確認する。

 余裕も安心も、慢心もなくカザリアは緊張を保ち続けていた。しかしそれでもは容易に理解できるものではなかった。


「―――こいつッッ!」


 散弾銃でボロボロになった扉の穴から手榴弾が投げ込まれた。カザリアのいる部屋には逃げ場などなく、あの手榴弾に対しての対抗手段を持たない。

 まったく、恐ろしいほど効率的だ。

 確かに、無駄に、無理にカザリアと撃ちあう必要はない。捕縛が目的ならともかく相手は殺すためだけに動いている。殺人に美学を持っている奴もいるが、今回の敵はそうではないらしい。ただただ、リスクと状況をかんがみてそれが一番だと判断した。

 カザリアは背後にあったソファの後ろに飛び込んで隠れ、爆風に備える。たとえそれが意味のない行動だったとしても、生き残れる可能性があるためだ。

 

「ったく。最悪な日だ……」


 カザリアは不平不満を呟く。

 直後、部屋を赤い閃光が包んだ。


 ◆


「――ッッ。ぅ、は。あ」


 カザリアが目を開ける。

 すでに体の感覚はなかった。

 辛うじて意識を保ってはいるもののいずれ死ぬだろう。自身の体のことぐらい、カザリアがが一番分かっていた。

 少し焦げ臭い。そんな匂いを感じながら、カザリアは目を開ける。ぼやけていてよくは見えないが黒い物体が目の前に立っているのを確認することができた。


(こいつが)


 目をらし、目の前の人物に焦点を合わす。


(……子供……それも一人? アリアファミリアでもバグズコモンでもねぇのか。こんな奴見た事ねぇぞ。お抱えの傭兵……いや違う。誰だ、こいつは)


 侵入者は複数人だと思っていた。だがどうやら、確認できる限りでは一人しかいない。まさかたった一人の敵に部下がやられた――だなんて考えたくはないが、こうしてカザリアは死にかけで、侵入者は見下すように立っている。結果がすべてだ。

 だが、これほどの手練れをアリアファミリアが抱えているだなんて情報はなく、バグズコモンに関しても同様だった。もしかしたら、カザリアの情報網でも捉えきれなかった人物なのかもしれないが、ただそうだとしたらもっと早くにこいつを動かして、カザリアファミリーを潰しているはずだ。

 だとしたら誰だ。

 アリアファミリアでもなく、バグズコモンでもない。全くの第三者。


(……ファミリーに敵対する奴なんて、個人的な因縁はないはず、だ。じゃあ……あ、いや……そうか)


 カザリアは目の前の人物を送り込んできた者を思い浮かべ、少し笑う。

 思い返してみれば、都市所有のそんな、都市の電力線の作動に直接かかわれる人物はそういない。もっと早めに気が付いておくべきだった。

 まあ、対処はできなかっただろうが。


「ったく。こんなガキが……終わってんな、この世界は」


 子供が汚れ仕事を引き受けるのは何も珍しくはない。それに手術をすれば外見も変えられる。だが、カザリアには目の前の者が、見た目相応の人物に見えた。


「終わってるよ、本当に。最悪な気分だぜ。なあ、お前もそうだろ」

 

 問いかけるが答えは返ってこない。

 だが代わりに、一発の弾丸がカザリアの額に向けて放たれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る