第10話

 仕事を辞め。

 新居も決まった。


 そして新しく仕事も始めた。

 たまたま近場で事務員の募集をしていたので応募したら採用された。


 なんだか運も向いてきている。


 これからは心機一転生まれ変わったような気持ちで行こう、そう思った。


 でも、気が付くとため息がこぼれでる。

 どうにもならない心の隙間に埋まることのないピース。


 改めてシュウが居ない日常が私にとって非日常なのかを思い知る。



 そんな私に思いがけない朗報が飛び込んで来る。


 シュウが私との再構築に前向きに対処すると言ってくれたのだ。


 あれだけ頑なだったシュウが突然のように心変わりした理由。


 それは何度目かの話し合いの場で聞かされた。


 どうやら妹のアキの言葉が切っ掛けだったらしい。


 私は嬉しさのあまり、アキに何度か連絡をしたのだけれど電話に出なかった。仕方なく、ありったけの感謝を込めてメッセージを送っておいた。


 心の中で何度も「ありがとう」とアキに感謝しつつ、シュウとの話し合いを続けた。


 けれど幸先の良かったはずの私の運気に陰りが見え始めた。


 折角、再構築の目処が立ち始めたのに、よりにもよって私は自分が妊娠している事に気付いた。


 時期からしてシュウの子供では無いのは確かだ。

 避妊はちゃんとしていたはずなのに。

 最悪なことな何処かで失敗していたらしい。


 そうなると選択肢は一つしか無かった。

 私はシュウに知られないように黙って子供をおろした。


 やり直しの妨げにならないように。


 我ながら最低の女だと思う。

 でも子供かシュウどちらを選べと言われれば、答えはシュウに決まっていた。


 けれどもその甲斐もあって話し合いは上手く纏まり、シュウが帰ってきてくれる事になった。


 いつシュウが戻ってきても良いように広めの部屋を借りていたのことも功を奏した。


 ただ現状は本当にやり直せるかどうかのお試し期間なので、シュウの今住んでいる部屋は解約していないらしい。


 でも、私は絶対にこのチャンスを逃すつもりは無い。


 シュウにまた好きになってもらえるよう何だってするつもりだ。


 それこそ望んでくれるのなら過激なことだって。


 でも、そんな考えが甘いものだといえのは、シュウとまた暮らし始めて分かった。


 まずシュウは私の作った料理を食べれなくなっていた。

 私が作った料理は手を加えていない白ご飯だろうと吐き戻してしまう。


 シュウは謝っていたが悪いのは私だ。


 シュウの中では私はどうしようもなく穢らわしい存在のままなのだろう。


 だから触れることも許されない。

 当然ながら夫婦の営みなんてあるはずもない。


 私の存在はただシュウを苦しめるだけ。

 その現実が私をも苦しめる。


 愛しているから側に居たいのに、私の存在が彼を傷つけてしまう。


 でも、それでも私にはシュウの側を離れるという選択肢は無かった。


 誠心誠意シュウに尽くし。

 少しづつ、本当にゆっくりと距離を縮めた。


 気まずさから無言だった二人の会話も、少しづつ何気ない日常を話せるまでになった。


 週末には必ずデートするようにして、昔の絆を思い出してもらう意味で、思い出のスポットを巡ったりもした。


 最初に出向いたのは実家の近所にある公園。


 ここはシュウが始めて告白してくれた場所。


 今でも緊張してガチガチだったシュウの姿が思い出せる。

 そしてオーケーの返事を貰えて嬉しそうに笑ってくれた姿もハッキリと覚えている。



 次は始めてデートした水族館に行った。


 あの時に比べるとリニューアルされていて綺麗になっていたけど、昔から居るウミガメ達は元気そうだった。


 そして帰る時間は奇しくもあの時の同じ様な夕陽に輝いていて。


 あの時は別れるのが名残惜しくて、じれったい気持ちのまま手を繋いで帰った。


 このとき私達にあったのは本当に穢れのない純粋な想い。


 そんな淡い思い出が、逆に汚れた私を思い出させてしまう。


 どうして私はこの時の、純粋にただシュウだけが好きだった気持ちを忘れてしまっていたのだろう。


 懐しい思い出が引き金となって自己嫌悪に陥る情けない私。


 そんな私を気遣ってくれたのか、シュウが声を掛けてくれた。


「懐しいな。ここには良い思い出ばかりだ」


 何かを思い出したように笑うシュウ。


 本当に、本当の久しぶりにシュウの笑った顔を見れた。


 私はそれだけで気持ちが安らぐ。


 私とシュウとの関係はずっと折り重なり紡がれて来たのだと実感する。

 大切な思いが詰った過去は、誰にも断ち切る事は出来ないのだと確信した。


 まだ時間は掛かるかもしれないけど私達なら大丈夫。


 この日は、そんな自信が芽生えた一日になった。




 

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