第8話
辞表を出して一ヶ月。
会社の引き継ぎも終わり私はひっそりと退職した。
退職理由は公にされなかったけど、何処からともなく噂は広がっており、私に向けられる視線は冷たいものだった。
そんな中で彼だけは変わらなかった。
それとなく慰謝料を請求されることになるかもと脅してみたりしたが、それに怯むことは無かった。
それどころか彼は以前にもまして露骨に交際を迫まるようになった。
「マリさん愛しています。自分では駄目ですか?」
その答えは出ている。
駄目だから私は去るのだ。
だから、私が何より愛しているのはシュウだとハッキリと伝えた。
それでも彼は怯まない。
「絶対な旦那さんよりマリさんのことを幸せにしてみせます!」
根拠のない自信だった。
彼は何をもって私を幸せにしてみせると言っているのだろう。
だいたい二人でシュウを不幸にしている時点で、私達が幸せになって良いとは思えない。
「世界中の誰よりもマリさんの事を愛しています。どうか信じて共に歩んで下さい」
確かに彼の熱意は間違いなく本物なのだろう。
だからこそ一度はその熱に浮かされ絆された。
でも、冷めてしまえばなんてことは無い。
残ったのは愛欲塗れの爛れた日々。
彼との繋がりは肉体的なものしか無い。
それこそシュウとはまるで違う。
笑いあった楽しい思い出も、ともに泣いて共感した記憶も一切ない。
どれだけ、思いを積み重ねてきたのかなんて比べるまでも無かった。
私は本当にバカだ。
いま冷たくあしらい遠ざけようとするのなら、なぜ最初からそう出来なかったのだろう。
そうすれば私は幸せのままでいられた。
そんな身勝手な思いがこみ上げる。
マコト君……彼だけが悪いのではないと分かっていても、押し寄せる後悔の波が嫌悪感を掻き立てる。
一途に思ってくれていた純真な笑顔が今は無神経で無責任に見えてくる。
愛を囁いてくれた声は、今やあの悪夢を思い返すだけのノイズになり下がる。
もう、彼に微塵の愛情を抱けない。
あるのは、自分の浅ましさを思い出させるだけの罪を写し出す鏡。
もう彼の顔を見たくない私は、もう一度決別の言葉を告げる。
「アナタとはもう二度と会いたくない。私が愛してるのはシュウだけ、これから愛していくのもシュウだけ。もうアナタに与える愛情は何も無いの」
彼からすれば自分勝手な言い分だろう。
けれども事実は変わらない。
天秤はどうやっても彼の方に傾くことは無いのだから。
「それでも僕はマリさんを愛してます」
泣きそうな顔で訴え掛ける彼の姿。
以前のバカな私ならそれで絆されていた。
でも目が覚めた私にはもう訴えたところで答えは変わらない。
もう私はもう間違えたりしない。
「これ以上付き纏うようならストーカーとして訴えますから」
「……どうして」
「何もかも間違えていたのよ」
そう、もし仮に彼への思いが本物なら、きっとシュウと別れることになっても苦では無かった。
でも現実は違った。
失いかけてようやく気付くことが出来た事実。
私は彼よりシュウの方が大事だったという事。
誰よりもシュウを愛していたのに、大事だったのに蔑ろにした。
その自業自得の結果がこれだ。
何もかも間違えた私は、何よりも大切な存在を失いかけている。
追い詰められた私に彼を気遣う余裕なんて無い。
結局、彼に与えていた愛情は満たされていたからこその余裕に過ぎなかった。
私を満たしてくれる存在がいなくなれば、私は枯れていくだけ、他人に分け与える余裕なんてない。
何よりシュウの代わりに彼が私を満たしてくれるとはとても思えない。
「さようなら。もう二度と顔を見せないで」
私は決別の意思を込めてもう一度冷たく突き放すと、振り返ること無く彼の元を去った。
そして家に帰ると引っ越しの準備を進める。
穢らわしい記憶から逃げるために
新しい未来を築く第一歩にするために。
私は赦してもらえるまで何度でも謝り続ける。
贖罪と反省を何度だって示して見せる。
だってシュウの側が私の居るべき場所だから。
シュウとの絆はまだ切れていないと信じているから。
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読んで頂きありがとうございます。
評価をしていただいた方には感謝を。
初めて長編のコンテストに応募します。
少しでも多くの方に読んで頂けたら嬉しいです。
《タイトル》
『ダンジョンエクスプロード 〜嵌められたJKは漆黒宰相とダンジョンで邂逅し成り上がる〜』
https://kakuyomu.jp/works/16817330664753090830
こちらも引き続き応援してくれると嬉しいです。
面白いと思っていただけたら
☆☆☆評価を頂けると泣いて喜びます。
もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。
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