第3話

 ネア・テルミの冬はとても寒い。ここ3日くらいずっと雪が降っていて、畑の土はすっかり白く覆われてしまった。

 前世で雪の降らない地域に住んでいた私は、最初こそはしゃいで遊びまくっていたけど12歳にもなればすっかり慣れてしまった。早く春が来ないかなぁと、窓の外を眺める毎日だ。

 こんな状態で作物が育つわけもなく、収入を確保するために明日にはお父さんと兄達は街まで出稼ぎに行ってしまう。


「冬でも野菜育てられたらいいのになー」

「ビニールハウスがあればいいのにね」

「「ビニールハウス??」」

「あ……」


 何気なく呟いた言葉が失言だったことに気がついた。この世界にはビニールハウスという物は存在しないのか。

 撤回しようにも、お父さんとロベルト兄さんの反応を見る限りもう無理そうだ。


「簡単な小屋を建てて……その中の温度を一定に保てたら、冬でもお野菜育てられるかなー……って……」

「「「……!!」」」

「て……天才だ〜〜〜!!」


 ……余計なことをしてしまったかもしれない。

 


***

 


「中心街に行きましょう!」


 張り切る母に連れられて、今日は街にやってきた。

 ネア・テルミの首都は国土の中心にある。私達のような地方の平民は、フィアクレーという名前ではなく中心街と呼ぶことが多い。

 今日の目的は私の服を買うこと。先日の私の「ビニールハウス」発言によって興奮したお父さんが、年末に行われるアーホルン家での報告会に私も連れて行くと言い出したのだ。ビニールハウスのアイディアはお父さんの手柄でいいと言ったのに、勝手に話を進められてしまった。

 さすがに領主様のお家に普段着で行くのは失礼ということで、女の子用の正装を求めてやってきたというわけだ。


「エマは中心街に来るのは久しぶりね」

「うん!」


 街のほとんどの建物は素朴な木造建築だけど、至る所に花が植えられていて可愛らしい景観に仕上がっている。海外旅行に来たみたいで私はキョロキョロと落ち着きがなかった。

 前に街に来たのはホルスト兄さんの結婚式だったから2年ぶりだ。

 別に街に行ける機会がなかったわけじゃない。風魔法の力で簡単に馬車を引けるため交通機関は発達していて、バスのような定期便も出ている。

 ただ、王宮がある首都に行って万が一テオバルドに再会してしまったらと思うとどうしても出不精になってしまった。

 でも今回ばかりは仕方ない。何故なら……

 

「エマ、これはどう?」

「うーん……違うお店がいい」


 お母さんとは服の好みが合わないからだ。男3人を育ててきた反動だろうか、お母さんはやたらフリフリでリボンだらけの服を勧めてくる。

 この世界では一般的な服装なんだろうけど、前世の半分を患者衣で過ごしてきた私にはハードルが高すぎる。もうちょっとシンプルな服を売っている店はないものか……。


「!」


 商店街を見渡していると、私の視界に颯爽と歩く美少女が映った。鼻筋が通った端正な顔立ちに長い睫毛。艶のあるロングヘアは紫がかった銀色に輝いている。そしてスラっとした体型は幼いながらも女性的だった。それから、その子が着ている洋服がまさしく私の好みドンピシャだったのだ。

 私は人混みの中、その子を見失わないように目で追って、あるお店に入っていくのを確認した。

 

「あそこのお店見たい!」


 美少女が入ったのは「ルフトクス」という名のブティック。ショーウィンドウに飾られている服はシンプルながらも可愛さを感じるものだった。私はお母さんの手を引いてそのお店に入った。


「エマはこういう服が好きなの?」

「うん。動きやすそうだし、このラインが可愛い」

「ライン……?」


 この店に置いてある洋服は、柄や装飾ではなくて生地そのものやシルエットで女性らしさを表現しているものばかりだった。

 

「若いのにうちの服の良さをわかってくださるのね」

「!」


 カウンターの奥から店主と思われる女性が出てきた。ベリーショートの髪と切れ長の瞳は凛としていてかっこいい。その一方で、穏やかに微笑む口元と丁寧な言葉遣いはとても上品だった。


「店主のディーナです。お嬢さんのお召し物をお探しですか?」

「はい。こちらは婦人服のお店ですよね」

「ええ。でも子供服もお作りできますわ」

「ごめんなさい、新品をお願いできる程持ち合わせがなくて……」


 機械で大量生産なんてできるわけがないこの世界で、洋服は決して安価なものじゃない。生地やデザインを選んで一から服を作ってもらえるのは一部のお金持ちだけだ。

 うちは貧しいとまではいかずとも、あくまで平民。普段の服は兄達のお下がりをお母さんがリメイクしたものだし、今日も古着を買うつもりだった。

 いくらデザインが気に入ってもオーダーメイドをねだるわけにはいかない。残念だけど別のお店を探そう。

 

「ひとつご提案があります」

「……?」


 ディーナさんはじいっと私を見つめた後、にっこりと笑った。


「お嬢さんに宣伝を手伝っていただけるなら、お代は生地代だけで結構です」

「宣伝?」

「宣伝と言っても、私の作った服を着て街を歩いてもらうだけですわ」


 モデルみたいなことをしてほしいってことかな。この国は印刷技術が発達していないから、商品を宣伝する最大のツールは口コミだ。実際私も、さっき見かけた美少女がここで服を買ってるのかと思ってこの店に入ったわけだし。


「生地のみのお値段はこのくらいです」

「古着と同じくらいですね……」

「試作品はもちろんプレゼント致します」

「あら……」

「さらにさらに、本日ご成約で5%お値引き!」

「まあ!」

 

 ディーナさんの魅力的な提案を聞いて、お母さんの気持ちも傾いてきたみたいだ。


「エマはどうしたい?」


 キラキラした表情でお母さんが振り返った。お母さんはいつも私の意見を尊重してくれる。お金の心配がないのであれば、遠慮しなくていいかな。

 

「私、ここのお洋服着たい」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」


 果たして私にさっきの美少女みたいな宣伝効果があるのかは微妙なところだけど。


「では早速生地から選んでいきましょう」

 


***

 


「うーん……ちょっと物足りないかしら……」

「そうですねぇ……」


 疲れた……。生地を選んでデザインを選んで色を選んで採寸して……疲れた。服を作るのってこんなに大変なことだったんだ。

 そろそろ終わりにしたいのにお母さんとディーナさんがまだ納得していないようで、私は仮縫いした生地をあてられて同じ姿勢のまま動けずにいる。シンプルなデザインを選んできたら全体的に物足りない感じになってしまったらしい。私はもうこれでいいんだけどな。


「ちょっと失礼しますね」

「!」


 少し高めの澄んだ声が聞こえたかと思えば、ディーナさんの背後からさっき見た美少女が出てきた。


「ここにリボンを巻いたらいかがでしょうか」

「あらいいわね。この子は華奢だからもう少し上めがいいわ」


 彼女は私の腰周りに黒いリボンを緩く結んで、ディーナさんがその位置を少し上げた。服に向き合う真剣な表情は瓜二つ。この美少女が何者なのかはすぐにわかった。


「うちの子です」


 美しい親子二人が並んだ姿を見ると、遺伝の素晴らしさにスタンディングオベーションしたくなる。男女問わず美形というのは眼福であり癒しである。

 

「クローディ・プフラオメです」

「……!?」


 しかしその名前を聞いて、私は心の中のスタオベをピタリと止めた。


「エマ・ラップスです……」

「仲良くしてもらえると嬉しいです」


 クローディ……それは「TRUE LOVE」でヒロインを好きになるメインキャラの一人である。

 その事実もさることながら、目の前に存在する美少女が男の子であることが信じられなくて思わずジロジロ見てしまう。

 クローディは母親の趣味で小さい頃から女ものの服を着せられ、自分でもその格好が気に入っていた。しかしヒロインと出会い、恋をして、男として意識してもらいたくて数年後には短髪で男らしい格好をするようになる。小さい頃女の子だと思って接していたら実は男でした……という、まあよくある展開だった。

 クローディに出会ってから私は心ここにあらずで、いつの間にか洋服の打ち合わせは終わっていた。

 

「綺麗なお嬢さんだったわね」

「……うん」

 

 また気付かずメインキャラに出会ってしまった。これも詳細な設定や描写をしてこなかった作者(中2の私)のせいだ……!

 クローディは17歳の美男子として登場し、過去については「幼い頃女の子だと思って仲良くなった」くらいの描写しかしてなかったと思う。詳しい時期や、どこでどうやって会うかなんて設定してなかったのだから避けようがなかった。

 とりあえず今の時点で私のことは好きになっていないはずだ。頻繁に会うわけでもないし、また後で対策を考えよう。



***



 その後、ディーナさんは1週間で注文した服を仕上げてくれた。シンプルな作りとはいえ仕事が速すぎる。そして丁寧だ。クローディが提案してくれたリボンもさりげない可愛さで気に入っている。


「でかー……」


 今日は年に一度のアーホルン家での報告会。レオからの招待もあって、結局私もついてきた。

 お父さんは今日、領主様にビニールハウスの件を提案するつもりだ。お父さん自身の手柄にしてほしいと散々頼んだけれど大丈夫かな……。

 馬車を降りて、名家のお屋敷の大きさに呆然としているとメイドさんが出迎えて中へ案内してくれた。貴族制度はないものの、これぞ「貴族」って感じだ。

 もちろんうち以外の領地からも招集されているから、屋敷内にはたくさんの人がいた。牧畜地帯を任されているラヴェンデル家や果樹地帯を任されているアッフェル家などなど。お父さんと兄達は忙しなく挨拶を交わしている。

 私は報告会自体には参加しないため、母と一緒に別室で待機することになっている。


「エマ!」

「!」


 メイドさんの後をついて広い廊下を歩いていると、前方からレオと執事のおじさんと、おそらくレオのお兄さんが歩いてきた。


「君がエマ? レオからよく話を聞いてるよ。今日は来てくれてありがとう」

「初めまして。エマ・ラップスです」

「俺はヨルク。よろしくね。エマがこんなに可愛いお嬢さんだったなんて驚いたよ」

「いえ……」

「部屋にはお菓子とか本とかたくさんあるから楽しんでもらえると嬉しいな」

「はい、あ……」

「何か必要なものがあったらメイドのミリーに言ってくれ」

「ありがとうございます」


 さすがレオのお兄さん。こちらもコミュ力が半端ない。ただ、レオよりもマイペースというか一方的というか……こちらに話す機会を与えてくれなかった。無自覚で悪気もないんだろうけど、長時間彼と接するのは気疲れするだろうなと思った。


「レオ、また後でね」

「あ、うん」


 おしゃべりなお兄さんのせいでレオと全然話せなかった。まあレオとは午後に遊ぶ約束をしてるからまたすぐ会える。

 うちの兄達やレオのお兄さんは全日会議に参加するけど、レオはまだ12歳だからということで午前中だけ見学することになっているらしい。


「こちらでお寛ぎください」

「わあ〜」


 案内されたお部屋はとても広くて、レオのお兄さんが言った通り本やお菓子がたくさん並んでいた。これなら退屈しなさそうだ。

 

「レオ坊ちゃんからエマさんはエッグタルトが好きだと聞いて準備しました」

「え! わざわざありがとうございます」

「レオ坊ちゃんから、丁重にもてなすように言われてますので!(レオ坊ちゃんの初恋のお相手だもの!!)」


 ミリーさんがやけに「レオ坊ちゃんから」と強調したのが少し気になるけど、せっかくの厚意はありがたくもらっておくことにした。

 


***


 

  約束通り、レオは会議が休憩に入るや否や私のところに駆けつけてくれた。そして私と一緒に昼食をとり、今は張り切ってお屋敷の中を案内してくれている。


「ここはお爺様のコレクション部屋」

「へー」

「僕はここで本を読むのが好きなんだ」

「窓が大きいから、晴れたら暖かそうだね」

「うん」


 部屋の中には絵画やら彫刻やらがたくさん置いてあった。レオのお爺さんは美術品が好きだったようだ。コレクションに埃が被っているということは、お爺さんはもう亡くなってるのかもしれない。あえてレオには聞かなかった。


「ちょっと休憩しようか」

「! お茶とお菓子を用意します!」

「ありがとうミリー」

「いえいえ!(レオ坊ちゃん頑張ってください!)」


 レオとはいつも体を動かす遊びばかりしているから、名家のお坊ちゃんとして振る舞うレオが新鮮に見えた。メイドさんがこんなに張り切って動いてくれるところからも、レオの人柄の良さが窺える。

 

「今日のエマ、すごく可愛い」

「……!?」


 ミリーさんが部屋を出て二人きりになった途端、レオがそんなことを言ってきた。

 今まで「かっこいい」とは言われても、「可愛い」とは言われたことがなかった。だからこそ友達として仲良くなれているんだと安心していたのに。ディーナさんの素敵なお洋服が裏目に出てしまったか……。

 不意打ちで怯んでしまったけど、ここは否定しておかないと。なんてったって私は「ボーイッシュ」なのだから。

 

「そんなことないと思う!! 服は可愛いけど!」

「うん。とっても似合ってて可愛い」

「え、いや……」

「ほんとは……会ってすぐ言いたかったけど、兄さんに先を越されちゃったから」

 

 いつもは意味のない衝突は避けるくせに、今日はやけに食い下がってきた。絶対に伝えるという強い意志を感じる。


「そ、そういえばお兄さん初めて見た。レオと似てるね」


 これ以上可愛い可愛くないの問答はしたくない。私は少し強引に話題を変えた。


「兄さんは何でもできるんだ」

「でも足はレオの方が速いんでしょ?」

「!」

「それにレオの方が聞き上手だし……あ、お兄さんを貶してるわけじゃなくて」

「はは、うん。ありがとう。兄さんは喋るテンポが速いから口を挟みにくいよね」

「そうそれ!」


 なんだかお兄さんの陰口を言ってるみたいになってしまったけど決して悪意はない。お兄さんはお兄さんで、人を惹きつける魅力があると思う。きっとレオもそんなお兄さんのことが大好きなはずだ。


「……春になったら庭にチューリップが咲くんだ」


 少しの沈黙があった後、窓の外を眺めながらレオが言った。

 大きな窓から見える景色はまるで一枚の大きな絵画のようだ。今は雪で白く染まっているけれど、赤や黄色に色付いた庭園もまたとても素敵なんだろう。

 

「エマに見せたいから、また招待してもいいかな」

「……うん」


 可愛いと言ったりまた招待する約束をしたり、いったいレオはどういうつもりなんだろう。

 嬉しそうに笑うレオの頬がほんのり赤く見えるのは、どうか私の気のせいでありますように。

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