第16話 前編

 あの事件の後、俺は自分が思っていた以上に重傷だったらしく、一か月入院することになった。

 

 望月は殺人と死体遺棄の容疑で逮捕・起訴され、望月会の構成員もほとんどが共犯として捕まった。

 そして、逃亡中だった大貴も、望月の共犯者として逮捕されたらしい。

 

 あいつらが何をしたかと言うと、不動産ブローカーである大貴が、配偶者に先立たれて身寄りのない婆さんに「土地を高値で買い取る」などと言葉巧みに騙して土地の名義を変更させ、その後婆さんを望月が殺害したらしい。騙し取った土地は売却し、その金を二人で山分けしていたようだ。

 他にも被害者がいるようだが、望月は遺体をバラバラにして焼却炉で燃やして証拠隠滅を図っているため、そちらに関しては立証が難しそうだ。

 今回の事件が明るみになったのも、被害者の頭部と、犯行の一部始終を隠し撮りした映像データが警察署に匿名で送られてきたのが発端だ。つまり、今回は遺体の一部という物的証拠が残っていたため、事件化ができたというわけだ。

 望月が言っていた「アタマ」というのは、そのまま「死体の頭部」という意味だったらしい。


 望月たちが逮捕された後、望月以外の反田組幹部も事件への関与を疑われ、組長代行を初めとした幹部が任意で事情聴取を受けることとなった。一応、俺も病室で取り調べを受けた。

 しかし、他幹部の事件への関与を示す証拠が出なかったこと、望月自身が関与を否定したことで疑いは晴れた。

 

 そして、望月はこの一件で破門となり、望月会も事実上壊滅となった。







 平日の昼過ぎ、俺はとある釣り堀にやって来ていた。

 この時間だと釣り人は老人ばかりなのだが、その中に一人、明らかに他の釣り人よりも若い人物がいた。俺はその背中に向かって歩み寄る。

「釣れてますか?」

 俺が話しかけると、彼はこちらをチラッと見て「全然」と返す。

 

「もう退院したんだ?君も災難だったねー」と、彼は他人事のように言う。

「ええ、まあ……。聞きましたよ。次の若頭、あんたに決まったそうじゃないですか」

「あははっ、ライバルの望月くんがあんなことになっちゃったからねぇ。『棚ぼた』ってやつ?」

 彼はケラケラといつもの調子で笑う。


「本当に『棚ぼた』なんですかね?」

 

 俺の言葉に、彼は水面を見つめたまま「何が言いたいの?」と珍しく冷徹な口調で返してきた。

「あの事件、いくつか気になるところがあるんですよ」


 まず俺が気になったのは、望月の子分のことだ。

 望月逮捕の決定打となった被害者の頭部と犯行の映像データ、あれを用意して警察署へ送ったのは、少し前に消息不明となった望月の子分だろう。


 ――それに、望月くん。ちょっと前に、君のところの若いのが消えたっていう話を聞いたんだが、大丈夫なのか?こんな大変な時に、面倒事なんて勘弁してくれよ。


 市ノ瀬さんにあの話題を振られた時、望月は何でもない様子で返していたが、内心焦っていただろう。

 そして、俺が疑問に思っているのは「望月の子分が、なぜ自分の親分をおとしめるようなことをしたのか」だ。


 二つ目の気になることは、「望月はなぜ俺が『アタマ』を隠していると勘違いしたのか」である。

 考えられる可能性として、「誰かが望月に嘘の情報を流した」というものが浮かび上がる。

 つまり、――スパイだ。

 

「消えた望月の子分は未だに行方不明のままだ。それに、望月会の連中が一斉検挙された日、どさくさに紛れてそうじゃないですか」

 

 証拠を警察に送って消えた子分も、誰かが送り込んだスパイだと考えれば辻褄が合う。

 おそらく、そのスパイが頭部を持ち出したことが、望月にバレたのだろう。

 望月もバカではない。誰が一番自分を邪魔だと思っているかなど、すぐに検討が付くはずだ。今、俺の目の前にいるこの男も、自分が真っ先に疑われると分かっていたのだろう。

 そこで俺をスケープゴートにするため、残っている二人のスパイに「消えた子分が俺と密談をしていた」とでも望月に嘘の情報を流させたのだと思う。

 望月は俺のことになると冷静さを欠くところがあるため、スケープゴートには丁度良かったはずだ。


 嘘の情報でいうと、浅田もこの件に関与しているはずだ。

 望月は持ち去られた頭部について、浅田に「警察が見つけていないか?」などと訊いていたのだろう。そして、浅田は「見つかっていない」と嘘の情報を教えたはずだ。

 おそらく、浅田はあらかじめ黒幕に買収されていたのだと思う。

 警察が頭部を持っていると知れば、望月は逮捕を恐れて逃げるだろう。望月はヤケを起こすと何をするか分からないので、黒幕としては望月が逮捕されていた方が安心だ。

 望月の「俺をハメやがったな?」という言葉の意味は、浅田に嘘の情報を流されたということだろう。

 一斉検挙の際に消えたスパイは、浅田が逃がしたはずだ。


 そして三つ目は、――亀の話だ。

「幸希が――拉致された俺の女が言ってたんです。『アタマは亀が隠してる』って」

 幸希の言葉を聞いた時、俺はが頭の中に浮かび上がった。おそらく、望月も気づいたのだろう。

 あの「亀」という単語は、望月のに対して陰で使う「蔑称」だ。ちなみに、その人物の背中に亀の入れ墨が彫られているというのが由来である。

 そして、その「亀」と陰口を叩かれている人物は、今俺の目の前にいる。


「何で彼女が『亀』のことを知ってるんだ?って思いました。そこで本人に訊いてみたら、『田中』っていう俺の子分から聞いたそうなんです。……でも、この話おかしいんですよ」


 俺はその話を聞いた時、もっと幸希の身辺に気を配るべきだったと後悔した。そもそも客を除けば、職場に彼女一人きりという状況が良くなかったのだ。


「俺の組に、『んです」


 突然強い風が吹き、目の前にあるなびいた。


「田中の正体って、あんたなんじゃないですか?――

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