第16話「私は誤解されてもいいんですけど……。……ね?」

「それじゃあ、どこに行こっか?」


「さあ、どうするかなあ……」


 ……いや、話進んでないな! デジャブかと思った。


 俺が考えてこなかったのが悪かったな……。(それももうやったな……)


「下北沢といえば、なんだ?」


 なんとか話を進めるべく、糸口になりそうな話題をあげてみる。


 当然だが、今は後ろから川越のスマホのタップ音は聞こえない。「非生産的な会話を続けないでちょうだい」という無言の圧を感じる。


「うーん、演劇とかライブハウスとか……? 音楽の街だから……カラオケ?」


「カラオケはダメっぽいな……」


「だねえ」


 要するに、俺と常盤が2人で出歩いているののすぐ後ろを川越がつけてきて、ネタになるような会話をスマホに即座に打ち込んでいき、それによって、彼女のネタ帳(と呼ぶのかは知らないが)が充実していく。というのが目的なわけだから、本当に2人きりになるような場所にいってはいけないのだろう。


 まあ、その度胸もないし。


 などと思っていると、


「あ! 古着屋とかどうかな? デートっぽいよね?」


 と、常盤が手を叩く。


「いや、古着屋行っても俺服とか買わないしな……。制服あるから」


「学校休みの日はさすがに制服着てないでしょ? 買わないっていっても、いつまでも中学の時の服ってわけにもいかないんじゃないかな?」


「いや、休日は地元を出歩くだけだから、別に誰がみるわけでもないし、誰に会うわけでもないし」


「私はいつも会いたいと思ってるし、岩太くんのこと見てるよ?」


 タカタカタカタカ!


 あ、今の良かったんだ……。


「つまり! 服はどうせ買わなきゃいけないんだから、たまには古着屋で揃えたらいいと思うよ!」


「でも、お高いんでしょう……?」


「実は、裏技があるんだよね」


 にひ、と秘密を教えてくれる感じで囁く常盤。


「え? クーポンとか?」


「ううん! 試着すると、『着こなしてる写真を撮らせてもらってインスタに投稿させてくれるなら割引しますよ!』って言ってもらえることがあるから、それに乗っかるの! 宣伝になるからってことだね」


 いやいや。


「それはモデル並に可愛い常盤だから出来ることだろ……裏技にもほどがあるわ」


「モデル並みに、可愛い……?」


 きょとん顔で首をかしげる常盤は、ややあって、


「私のこと、かな……?」


 と顔を赤く染めた。どうやって顔赤くしてんの? 息止めてんの?


 当然、後ろではタカタカ音がしている。


「……言葉の綾だ」


「言葉の綾じゃないでしょ! 他に捉えようがないじゃん! 川越さん的にいうと『字義的に他に捉えようある……?』だよ? あと岩太くん、顔真っ赤だよ?」


「……赤くねえし」


 顔を見られたくなくて早足で歩くと、


「とにかく!」


 腕をぐいっと引っ張って引き止められる。


「行ってみよう? ここ!」


 常盤はそういって、そこにあったシックな感じの古着屋に連れて入る。




 中には女性の店員さんが。


「いらっしゃいませぇー」


 ザ・ショップ店員という感じの可愛い人だ……! 怖い……!


 常盤は臆することなく、店内を物色する。


「うーん……岩太くんは細身だから、例えば……」


 とかなんとかぶつぶつ言いながら、


「俺はいいから、自分の服買いなよ……」


「ここ、メンズのお店だもん」


「あ、そうなんだ……」


 店員さん女子だから女性向けもあるのかと思った……。偏見だったか……。


「お客様も、あちらのお連れ様のお洋服をお探しですかぁ?」


 離れて服を見るでもなくこちらをじっと見ているのが不審だったのだろう。店員さんにそんな風に牽制けんせいされている川越。


「あ、あたしは、ただ同じ制服を着ているだけの、赤の他人です……」


 わたわたしつつも結構な長文をしっかり話せたな、川越。言ってることは不自然だけど。


 常盤はそちらを見て少し苦笑するも、川越の意思(?)を尊重してか、特に助け舟を出すこともなく、


「じゃあこの組み合わせで試着してきて!」


 と服を色々俺に手渡してきて、試着室の方に背中を押した。


「いや、いいよ……」


「いいから!」


 試着室まで通されてもなお「俺はいいよ」と出ていく勇気も逆にない。


 言われたものを言われた通りに着ればいいのだから、まあいいか……と服を着る。


「どう? 着れた?」


 ややあって、常盤から声がかかり、カーテンを開けると。


「うん、いいね! 私の見立て通り!」


 と常盤が親指を立てて、


「うわぁ、お似合いですねぇ……!」


 服屋の店員さんが目を輝かせてくれる。


「へえ……」


 遠く離れた物陰から川越も見てなんか感嘆している。不審者か。


「え、ていうか、彼女さん、すごいセンスですね……! 別人みたい……! あ、やべ、いや、もちろん元も素敵だったんですけど……」


 いま「あ、やべ」って言っただろ。ていうか……。


「いや、この人は彼女じゃ」「彼女に……見えますか?」


 否定を遮って、照れた様に常盤が返事をする。


「え、違うんですか?」


「あ、あの……岩太がんたく……彼とは幼馴染で……。私は誤解されてもいいんですけど……。……ね?」


 なんの「ね?」だよ。何に同意を求められてるんだ俺は。


「……彼女ではないです」


「そ……だよね」


 常盤は恥ずかしそうに&残念そうに前髪をくしくしする


 ちょっと待て俺に罪悪感を与えるな……。事実を言っただけだ……。


「いや、もう彼女さんでよくないですか?」


 店員さんがなんのつもりなのかフォロー(?)を入れる。


「それにしても素敵なコーデですねえ……。あまりにも素敵なので、お写真撮ってインスタ載せさせてくださったら、全部まとめて1000円でもいいですよ!」


「安っ」


 これ全部足したら8520円くらいするけど? 俺試着室でちゃんと計算したけど? まじでこんなことあるのか? 常盤美羽さんのセンスやばいな。


「よかったね、岩太くん!」


「ああ、うん……」


 まあ、8000円が1000円なら、いい……のか?


「じゃあ、せっかくなので……」


「やった! このお店、結構高校生にも人気なんですよぉー。注目されちゃうかもですね!」


「…………あ、やば」


 常盤が綾部さんを読んだ。(綾場さんか?)


「……あの、やっぱりやめときます。ね? 岩太くん?」


「ああ、うん……?」


 まあ、ノリで承諾したものの、写真を高校生に見られると思うとちょっと微妙だ。


 そこらへんを気遣ってくれたのだろう。本性の方か演技の方かは分からないが、どちらにせよありがたい。


「あ、そっかぁー」


 ショップ店員さんはにたぁーっと笑顔を浮かべる。


「彼女さんからしたら、彼氏さんカッコよくなってモテ始めちゃったら不安ですもんねぇ?」


「そ、そそそそんなことありませんけど!?」


 顔を真っ赤にして動揺を隠しきれない演技をする常盤。幅広いな、この人……。


 だから、どうやって顔を真っ赤にしてんの?

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