第22話 演舞台へようこそ

「はぁ~、なんだってー?」


「だから、劇場の中はすごいねって言ってんだよ、おっとぅ」


「はぁ~、なんだってー??」


「イチ、劇場の中は演奏で声が聞こえないから、耳の遠い父ちゃんには聞こえないよ!」


 劇場の中は熱気と興奮で沸き立っている。


 空中には無数のホタルがお尻からまばゆい光を煌々こうこうと照らし、演舞台ステージの上には十人ほどの豪華な衣装で身にまとった女性達が踊っている。


 その中央にいるのがかぐや姫だった。


 かぐや姫は美しい黒髪をなびかせながら踊り、豪華な着物はキラキラと輝いていた。


 すそは短く、かぐや姫の魅惑的な太ももがあらわになっている。


 かぐや姫の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが観客を魅了していた。


 そして心の底までみ渡る歌声は観客一同を快楽へと導いた。




 ―――こうして一時間に渡るかぐや姫の舞台ライブは幕を下ろそうとしていた。


「みんな〜。今日はありがとう! すごく楽しい舞台ライブだっ……⁉️」



「ハッハッハ〜! かぐや姫、待たせたな! この石作皇子いしづくりのみこが『仏の御石みいしの鉢』を探し出してきたぞ!」


 観客をかき分け演舞台ステージに上がってきたのは、顔を歌舞伎役者のような化粧をし派手な着物を着た勇ましい男性だった。


石作皇子いしづくりのみこ様、困ります。 今は舞台ライブの最中ですよ!」


「何をいうかぐや姫! わしはかぐや姫との愛の結晶をこうやって持って来たのだぞ! 場所や時間などそんなモノは些細なことだ! さー、かぐや姫、わしの愛を受け取れい!」


 突如現れた男の出現に、観客席の怒号が飛び交い収集がつかない。


 この状況に危機感を感じた劇場の館長でもあるかぐや姫の父竹取の翁はすぐに緞帳どんちょうを降ろすように指示を出した。


 最初、緞帳どんちょうが降ろされると観客の怒号は増したが、従業員の的確な指示のもと観客は劇場から誘導され外へ次々と移動させられた。


 わずかな時間の間に観客席は落ち着きを見せていた。


 緞帳どんちょうの降りた演舞台ステージの上では、石作皇子いしづくりのみこが背中に背負った風呂敷包みをドンと床に置いた。


「さー、ご覧あれ!」


 石作皇子いしづくりのみこがササッと風呂敷を解くと、中からは石で作られた鉢が現れた。


 その鉢は細かな細工が鉢全体に彫られ、表面は石とは思えない光沢があった。


「いかがかな。 これがお望みの品、仏の御石みいしの鉢であるぞ!」


 石作皇子いしづくりのみこは自信満々げに鉢を鷲掴みにし、かぐや姫へ差し出した。


 その鉢を見たかぐや姫の表情は曇り、不安な表情へと変わっていった。


 かぐや姫は誰にも聞こえない声でつぶやく。


「……そんな、ありえない……本当に見つかるなんて……」


 鉢を受け取るかぐや姫の手は微かに震え、鉢をなかなかしっかりと受け取れなかった。


「どうだこの立派な鉢は、異国へ行きやっとの思いで手に入れた品だぞ! この鉢はかつて仏が使用し、その後異国の女王がその生涯を終えるまで使ったと謂れ《いわ》がある一級品だ!」


 そこへ竹取の翁が石作皇子いしづくりのみこの元へ駆け寄る。


石作皇子いしづくりのみこ様、この仏の御石みいしの鉢を拝見してもよろしいですか?」


 腕組みをし石作皇子いしづくりのみこは勇ましく答える。


「かまわん!」


 竹取の翁は鉢をかぐや姫から受け取ると鉢をまじまじと見た。




 ―――かぐや姫はその美貌から多くの求婚の誘いを受けている。


 その中でも高貴な立場の五人が熱心に求婚をしてきた。


 男であるかぐや姫はその求婚を受け入れることは当然できない。


 そこである品を五人それぞれに注文した。


 その品を最初に持ってきた者の求婚を受け入れると。


 その注文の品が、1人目の求婚者の石作皇子いしづくりのみこには仏の御石みいしの鉢。


 2人目の求婚者の車持皇子くらもちのみこには蓬莱ほうらいの玉の枝。


 3人目の求婚者の右大臣阿倍御主人うだいじんあべのみうしには火鼠ひねずみ皮衣かわごろも


 4人目の求婚者の大納言大伴御行だいなごんおおとものみゆきには竜の首にある五色の玉。


 5人目の求婚者の中納言石上麻呂ちゅうなごんいそのかみのまろにはつばめ子安貝こやすがいだった。


 しかしかぐや姫が注文を出した品は、架空の一品。


 すなわちこの世には存在しない品だった。


 そして石作皇子いしづくりのみこに注文したのは『仏の御石みいしの鉢』、仏が使っていたとされる架空の鉢だった。


「……石作皇子いしづくりのみこ様…とても言いにくい事なのですか……この鉢は偽物です」


 その言葉を聞いて歌舞伎化粧の顔は凄まじく歪んだ。


「なんだと、竹取の翁! もう一度言ってみろ! この鉢は異国の商人から千両箱を三つで買ったものだぞ! それが偽物な訳があるか!」


「……非常に申し訳ないのですが……その商人に騙されたのだと思われます……」


 石作皇子いしづくりのみこは背中に背負っていた薙刀を杖がわりにして、その場で右膝をつき落胆した。


「……わ、わしが騙された…だと……」


 その時竹取の翁の手元にある鉢がまるで自我が芽生めばえたかのように、かぐや姫の手元へとピョーンと跳ねた。


「……妬ましい……妬ましい……」


「え?なに?」


 かぐや姫が戸惑いの声を上げると、そのかすれそうで怪しげな声は鉢の底から徐々に大きく聞こえだした。


「……妬ましい……妬ましい……其方そちのその美貌が……妬ましい……」


 次の瞬間、青白く半透明な物質が鉢の底から湧き出してきた。

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