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「ところで、普段はお酒とか呑むほうなのか?」
「あんまり呑まないですね」
「弱いなら薄めるけど。」
「いえ、大丈夫です、私、けっこう上戸ですよ」
「それならいいが。デンモク、充電できたぞ。」
「あっ、ありがとうございます♪」
遥乃はデンモクを充電スタンドから外して机に置く。
「何を歌うんだ?」
「うーん、どうしましょうか・・・」
「とりあえず300とか、ランキングとかあるだろ。」
「そうでした、人気の定番曲がありますもんね」
「最近だとライブ映像を伴うカラオケもあるからな。」
「あっ、これですか?ライビューって書いてある、」
「それは5曲連続のライブ映像だから、歌い疲れた休憩の時に流す。」
「そうなんですね・・・」
私はカラオケをしたことないけれども、
さすがに2年近くも勤めていればなんとなく
ある程度の作法はなんとなく理解できてくる。
カラオケボックスという建物は、
客が店の中で大声を出すことを想定しているのだから、
店の外と中を隔てる防音性はしっかりしている。
だが店内の個室と他個室と通路を区切る壁やドアは
防音性が低すぎる。ちっとも防がない。普通にうるさい。
レジでのんびり待っていても、個室の中での会話や、
歌声やあれやこれやが聞こえてくる。
おかげでちょっとばかしこの1年で耳が肥えたし、
直近のカラオケ事情や、斬新な楽しみ方も知れる。
「瞬ちゃんはこのお店で働き初めてから
どのくらい経ってるんですか?」
「2年くらいだな。」
「そうでしたか・・」
遥乃は少し考える仕草として首を傾げた後で、
「それじゃあ、最初は瞬ちゃんにお譲りします!」
「私はいい。歌いたい曲とか特に無いし。」
「歌いたい曲・・・ですか・・・?」
遥乃は何か苦しそうな様子で私のセリフを復唱した。
さっきからコイツはどもりがちな傾向がある。
私は煮え切らない話し方に対する苛立ちをジワジワと
言葉に出さないで心に秘めて重ねていく。
「まあまあ歌いやすくてランキングに入ってる曲とか、
手頃で誰でも知ってる万能な曲があるだろ。」
私は立ち上がって遥乃の隣に移動して腰を下ろし、
ランキングページが開かれてるデンモクを覗き込む。
1位に来ているのは[残酷な天使のテーゼ]である。
「瞬ちゃんも一緒に歌いませんか?」
「私はいい。別に歌に興味無いし。」
「えっ、それじゃあ瞬ちゃんはどうして
ここで働いてるんですか?」
どうして、か。大星先輩とも同じような話をした。
が、その時ははっきりとした答えが出せなかった。
ただ、なんとなく。駅に近かったから?
時給が良かったから?夜勤に入りたかったから?
今だって私がここで働く理由はよく分かってない。
「別に理由とか無くてもいいだろ。」
私は先輩からいつ聞いたか覚えていない受け売りを、
さも自分の言葉のように語り始める。
「一生涯中1つの主義を貫くだなんて、到底できないことだ。人生そんなに短くないし、自分が何かすることにイチイチ高尚な理由を探していたら、納得できるような理由なんて結局死ぬまで見つからないで、なんにもできずに人生の舞台を降りなきゃいけなくなるだけだぞ。」
だから、[興味の無いことはしない主義]なんて
先輩からその言葉を聞いた途端に私から吹き飛んだ。
大学入試の時点でその心意気が出来ていたせいで、
明智とかとも仲良くやっていって、飲み会も行って、
ロボットとは一見縁が遠そうな掃除機も作って、
欲しくもない景品のためにクレーゲームもやって。
高校までの私からは想像もつかないくらい、
衝動的な、活動的な人間になっていると思う。
いや、活動的って言えるほどでも無いのだが。
いつの間にか机に転がっていた
部屋付属の2本のマイクの内1本を、
取らない。
「えーっ、一緒に歌いましょうよ!」
「嫌だ。」
「なんでですか!」
「なんでもだ。ほら、曲始まるぞ?」
そう伝えると遥乃は渋々テレビに向き直って
両手で握ったマイクを口元に構える。
不機嫌そうに軽く頬が膨れているが、どうでもいい。
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