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先輩はこの日も意味ありげに自動ドアの外に視線を投げ続けていた。私も流石に気になって自動ドアの向こう側に視線を上げた。そこには誰も居なかった。
「どうかんがえても不自然だよね、大晦日なのに人1人いない駅前なんて」
「そうですか?年越しは家でって人が多そうですけど。」
「ああそっか、そう言う視点もあるんだね 一人暮らしだとバイトかイベントしか無いもので、年末年始は外にいるのが、デフォルトなんだよね」
そういえば先輩は私の知る限り毎晩、誇張で無く毎晩シフトに入っていた。
「先輩はどう考えても働き過ぎだと思うんですけど、お金に困ってるんですか?」
「いや、さすがにお金は残してくれてるよ でもあるだけあるほうが安心でしょ」
「所得税とか大丈夫なんですか?」
「余裕で納めちゃっているよ」
「というか先輩の大学って私立ですよね。」
先輩は大学受験に失敗している。
「そうだね、偏差値低めで学費は高い、苦学の4年だったね」
「4年間も通い続けるの、すごく大変じゃなかったですか。」
「そりゃもちろん大変だったけど、でも途中で辞めたらもっと大変なんだって、君は十分に知っているでしょ?」
確かに。ちゃんと高校に行っとけば、って後悔したことは数多くあった。高校卒業認定試験から大学入試のための猛学修はキツかった。興味が無い国語や歴史や地理に対しても、必死に己を叩き上げた。興味あることをするために、興味が無いからと言って勉強しないわけには行かなかった。[興味ないことはしない主義] なんて吹き飛んだ。そんなことにこだわっていられる余裕なんて、あるわけがなかった。
「あと僕の大学だって図書館だけは立派だし」
「なんだそりゃ。」
「1冊の本はどこの大学の図書館に置かれてたって、中身が差し替えられるとかないでしょ つまり自主的に学ぶ分には、学べることはどこの大学でも同じなんだよ」
「学校になんて行かなくても自力で勉強すれば、大抵のカリキュラムはこなしていけるしな。」
「そう、どんな大学に行ったって、学べることは同じなんだ 違いは [学ばされること] だけなんだ」
「・・・なるほど。」
先輩は学部課程を終えて、このバイトも今日で辞める。授業が無いだけで卒業式は3月だが、もう2月から働き始めるらしかった。先輩は突然に立ち上がった。そして店内の階段に向かい、振り向いて言う。
「最後の店内清掃してくるから下のフロアは頼んだ」
私たちはシフト上がりの前の軽い掃除をする。普段ならマイクやデンモクの充電の確認とか、タンバリンとマラカスの消毒など改めて備品の整理をして、開店の準備をするのだが、大晦日から正月にかけては少々違う。部屋のエアコン、テレビ、その他の充電器は切ったか。1部屋1部屋、これから3日の休業に向けて電気代の無駄になりそうなもの一切のプラグを抜いた。客が来ていないのだから空っぽに決まっているゴミ箱が空っぽになっていることを確認して、私の分の仕事は終了した。上の階を担当してくれている大星先輩を待つ。受付カウンターの中のスツールに座り、デスクの上に置かれっぱなしの文庫本を見た。表紙には The Remain of the Day と書かれていた。
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