回復手段が独占された世界に転移した悪徳霊能者。「身体が整う水」としてポーションを売り出す

フーツラ@発売中『庭に出来たダンジ

第1話 異世界で死にかける

 純喫茶「煩悩」の奥。衝立があり、個室になっている特別席。そこが俺の仕事場だ。


 待ち合わせの30分前に着いて美味い珈琲を啜り、依頼者の登場をゆっくりと待つ。


 今日の客はある不動産会社の社長。強引な手段で土地を買収し、粗悪な建売住宅を売って荒稼ぎしていると、悪名の高い男だ。


 カランとドアベルが鳴り「いらっしゃいませ」とマスターの渋い声が響く。足音が近付いてくる。衝立の向こうで止まった。躊躇っているようだ。


 そしてそっと顔が覗く。


「あの〜壺田さんでしょうか?」

「そうです。どうぞ」


 向かいの席を勧めると、依頼者の男は少し申し訳なさそうにしながら座った。男の手には高そうな宝石のついた指輪がいくつも着けられている。


「話を聞かせてもらっても?」

「はい……」


 男は右手で左肩を摩りながら話し始めた。


「大体、三ヶ月前からですね。ずっと左肩が痛くて。病院や整体に行っても全く良くならなくて……。日を追うごとに悪くなるばかり。なんとかならないものかと、ネットで調べていたら霊ですかね? そーいうのに取り憑かれた人の話があって」


 男は今まで、心霊現象を信じていなかったのだろう。少し恥ずかしそうにしている。


「で、悪霊払いで有名な壺田さんを頼ったわけです」

「なるほど。正しい判断です」

「あの……私に何か憑いてたりします?」


 すがるような声。


「はっきり申し上げます。結構ヤバイ悪霊が憑いてますよ」

「やっぱり……!」


 男は瞳を輝かせる。人間は自分の予想が当たれば喜ぶものだ。たとえ、それが悪い予想でも……。


 視線を男の左肩の上に移す。ふわふわとした靄のようなものが見える。よくいる低級の悪霊だ。


 悪どい商売をして、霊の反感を買ったのだろう。悪霊に憑かれる人間ってのは大体、後ろ暗いところがある。


「私は! どうしたらいいのでしょうか?」

「ご安心ください。準備しています」


 俺は隣の席に置いてあるカバンから、小瓶を取り出してテーブルに置く。


「これは?」

「バチカンの方の司祭が祝福した塩です。これを毎日肩にかけることで、悪霊を追い払うことができます!」


 嘘である。これは100均で買ったノーブランドの天然塩だ。


「バチカン……」


 男はゴクリと唾を飲み込む。


「バチカンの方です」


 念押しをすると、期待に満ちた男の顔が目の前にあった。


 パッと立ち上がり、塩を持って男の背後に回る。低級の悪霊は俺を警戒してチカチカと点滅した。


「この塩を撒くと、悪霊の動きを封じることが出来ます」


 男の肩に軽く塩をふりかける。100均の塩だ。当然、悪霊には何の効果もない。


 一秒ほど間をあける。そして、右手に霊力を込めて【祓う】。


 悪霊は呆気なく消え失せた。


「……肩が急にかるくなりました!」

「これがバチカンの方の塩の効果です」


 そう言って、男の向かいに座り直す。


「ただ、完全に悪霊を祓うには一日三回、肩にふりかける必要があります。強力な悪霊なので、一年ぐらいは続けた方がいいですね」

「一年も掛かるのですか……!?」

「あのですねぇ……」


 少し呆れた様子を演じる。


「三か月も悪霊に取り憑かれていたんです。しっかりと根が生えているんですよ。完全に祓うにはそれぐらいの時間が必要です!」


 嘘である。俺の手に触れた時点で悪霊は完全に消え失せている。しかし、これはビジネス。


「あの、バチカンの塩を譲ってもらうことは出来ますか?」

「もちろんです。ただ、非常に貴重なものなのでただで譲るというわけには──」

「おいくらでしょう?」


 男は食い気味に尋ねる。


「一本百万円です」

「百万円……」


 少し驚いているが、ある程度想定していたようだ。床に置いていたバッグを拾い上げ、封筒を取り出してテーブルに置く。


「ちょうど百万あります。これで──」

「お譲りします」


 俺も食い気味に答え、封筒を手早く回収する。そして、100円均の塩を男の方に置いた。男もサッとバッグに仕舞い込む。


「朝昼晩、食事の後に塩を掛けるといいでしょう」

「分かりました! ありがとうございます!」


 男は晴れやかな表情になって、席を立つ。そして何度も頭を下げてから、純喫茶「煩悩」から去って行った。店内には俺以外の客の気配がない。


 空気が動いたと思うと、足音と一緒に店主が現れた。


「壺田さん。お疲れ様です。コーヒーのお代わりは?」

「頂きます」


 そう言って俺は店主に一万円札を渡した。口止め料兼、場所代だ。


 霊が見えるのは本当だし、霊力で【祓う】ことが出来るのも本当だ。しかし、俺は悪どい。インチキではないけれど、インチキだ。だから周囲には利益分配を怠らない。我が身を守るために。


 少し待つと、店内に香ばしい香が漂う。


 ハンドドリップでいれられたコーヒーがテーブルに置かれ、俺は仕事の後の一杯を堪能し始める。


「うん?」


 ズボンのポケットの中で、スマホが震えた。取り出してみると、知り合いの霊能者からだ。


『ヤバイ儲け話があるの。一口噛まない?』


 面白い。


 俺はまだ熱いコーヒーを急いで飲み干し、立ち上がった。



#



 さてと。俺は騙された。調子にのっていた。自分を過信していた。


 詳らかに話そう。


 俺はちょっと狙っていた女霊能者の紹介で新宿の雑居ビルに向かった。エレベーターなんて当然ない、非常階段を上がるような場所だった。


 聞いていたのは「財界の偉い人が悪霊に悩まされている。一発一本。どう?」だ。一本……。つまり一千万。美味しい。美味。


 俺は飛びついた。非常階段を駆け上がった。そこで待ち受けていたのは──。


 見たこともないような悪意の塊。人間に取り憑くようなケチな奴ではない。多分、神の類い。


 ドアを開けた瞬間、飲み込まれた。頭からガブリと。そして暗転……。


 


 少なくとも俺は恵まれていた。即死ではなかったのだから。どこかの森の地上何メートルかに転移した俺は地面に打ち付けられ、血反吐を吐いていた。


「ゲボッ……」


 身体が寒い。目の前に死が迫っていることを感じた。


 しかし俺は壺田大吉。日本でも有数の霊能者であり、ビジネスマンだ。こんな、わけも分からない土地で死ぬわけには行かない。


 地面から顔を上げる。


 口から泡となった血が出た。


 死ぬ? いや、まだだ。まだ死なない。


 這いつくばって上半身を起こすと、大木の根元に身体が透けた女がいた。地縛霊か?


 女は悲しそうな顔をしてこちらを見ている。試してみるか……。俺は喉に力を込め、【霊話】を試みた。


『おい……。女。ここはどこだ? 病院はあるか?』

『えっ? 私が見えるの?』

『当然だろ。俺を誰だと思っている?』

『空から降ってきた、死に掛けの冒険者?』


 冒険者? なんだそりゃ。随分とファンタジーな職業だな。そんなことより……。


『そろそろ身体がやばい。この辺に人はいないのか?』

『今は街でお祭りやってるから、人は滅多に来ないんじゃないかな? 魔の森には』


 魔の森? ますますファンタジー。


『俺が助かる方法はないのか?』

『えーとねー。あるっちゃ、あるけど……。どーしよっかなぁ〜』


 地縛霊はもったいぶる。よくある傾向だ。こいつらは話せる人間を見つけると、自分達の願望を伝えようとする。


『分かった。お前の希望は聞いてやるから、助かる方法を教えてくれ』

『ふふふ。言ったわね。いいでしょう。この木の根本を掘ると、上級ポーションがあるわ。それを飲めば助かる筈よ』


 ポーション? 完全にファンタジー。どうなっている?


『早くしないと死んじゃうよ?』

『分かった』


 這って大木に近づき、血を吐きながら土を掘る。思ったより地面は柔らかい。十五センチで木の箱が現れた。開けると、小瓶とが入っている。


『これか……?』

『それ。早く飲んだ方がいいよ』


 俺は箱の中から紫の液体の入った小瓶を取り出すと、渾身の力で蓋を開けて口に流し込んだ。途端、腹が熱くなる。


「くっ……」


 身体が巻戻るような感覚に意識が遠く……。



#



 俺は死ななかった。教えられた通りにポーションを飲み、生き延びた。


 目の前では腕を組んでドヤ顔をする女の地縛霊。箱の中にあったポーションに執着していたのだろう。


『助かった。感謝する』

『うんうん。素直でよろしい!』


 こいつ、調子にのっているな。祓ってやろうか?


『ところでお前は何者だ?』

『私? 天才錬金術師のニンニンだけど』


 名前が強烈過ぎて、情報が入ってこない。


『もう一回いいか?』

『仕方ないなぁー。世界最強天才錬金術師のニンニン様だよ?』

『世界最強なのに、死んだのか?』

『うっ……』


 ニンニンはじっと俺を睨む。


『どうした? 誰かに殺されでもしたのか?』

『アスター教の奴等に』

『アスター?』

『……なんで知らないの?』


 話すか。


『俺はやばい霊……モンスターに喰われてこの森に飛ばされた。多分、この世界の人間ではない』

『なるほど。落ち人ってことね』

『落ち人?』

『そう。たまにいるのよね。別の世界から落ちてくる人が』


 ニンニンはうんうんと納得した。


『話を戻す。ニンニンはなんでアスター教の奴等に殺されたんだ?』


 しばらく黙っていたあと、ニンニンはぽつりぽつりと話始めた。まとめると、こうだ。


 まず、この星は地球ではない。こっちの世界の人間はこの世界のことをブラフスターと呼んでいるらしい。

 

 次に、この世界にはアスター教という宗教がある。勢力は最大で、全ての人間の国には教会が建てられている。どんな国王や皇帝も、アスター教には逆らえないらしい。


 何故か? それはアスター教が回復魔法とポーションを独占しているから。怪我を直したければ、自然に治癒するのを待つか、神官に回復魔法をかけてもらう。もしくは教会でポーションを買う。しかもそのポーションは庶民が簡単には買えないぐらい高価らしい。


 アスター教は回復魔法とポーションを独占することによって人の信仰を集める集団なのだ。


 で、ニンニンはそれに異を唱える異端の錬金術師だったと。【安価なポーションを世界に広げる】ことを目標に掲げ、研究を重ねていたそうだ。そして──。


『天才錬金術師のお前はポーションの合成に成功。アスター教に目をつけられて、刺客に殺された。と』

『そうなの! あいつら許せない!』

『お前、ポーションの合成に成功したことを公表したのか?』

『えっ、当然でしょ?』


 こいつ、とんでもない馬鹿だな。そんなの狙われるに決まっているだろう……。


『ニンニン。お前の希望を聞いていなかったな。俺に何をして欲しい』


 考え込む地縛霊。


『なんでもいいの?』

『とりあえず、言ってみろ』

『アスター教をやっつけて欲しい』


 ニンニンが持つ知識はこの世界ではとんでもない価値を生む可能性がある。絶対に手懐けるべきだ。


『分かった』


 ニンニンが大きく瞳を見開く。


『本当にいいの?』

『ニンニンは命の恩人だからな。ただし……』

『ただし?』

『俺のやり方でな』


 ようやく動くようになった身体で立ち上がる。箱の中に入っていた紙を握りしめて。


 この紙に書かれている紋様は、ポーションを合成する時に必要な魔法陣。これを上手くつかえば、とんでもない金を生むはずだ。今度こそ、上手くやる……!


 俺は成功を心に誓い、森の中を歩き始めた。

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