scene2 : 井浦さんと朝園


井浦さんって何組だろ? っていうかそもそも、あの人ってうちの学校?

本人に聞いて…いや、まだ連絡先知らなかったわ。


……あ、待てよ…? まだ朝園の連絡先も聞いてないじゃん!

はあ〜何やってんだよ俺…前も聞こうって思ってたのにな…

次、会ったら今度こそ聞こう…


「なに百面相しとんねんオモロ」

「うぉっ!」


掃除の時間、箒を持ったまま考え事をしていると、茜が話しかけてきた。

ちょうど聞きたい事があったんだ。いてくれてよかった。


「なあ、井浦さんってここの生徒なの?」

「ひよかか? いや、あいつは別の学校やわ。割とええとこの女子校に通っとーで」


それを聞いて…一瞬、この前の井浦さんの自己紹介のセリフが蘇ってきた。


『同性同士の恋愛しか興味がないよ〜』


「………………。女子高か……へ〜……………うん……」



なんか………。


…空が青くて綺麗だ。


「ああ、今のジョシコウの『コウ』は、学校の『校』な。女子校ってゆうか、言うなら女子中か」

「あ、中学生!?」

「そやで。中三な」

「はあ〜〜井浦さん中三だったんだ!?……そっか…」


インパクトつよ〜…。

だったら尚更すごいキャラの濃さじゃない?


ぼんやり下を眺めると、大きな看板が三人がかりで運ばれていくのが見えた。


「それはそうとさ、井浦さんって配信者向いてそうじゃない?」

「ん〜〜………」


茜も、せわしなく何かをしている人たちを眺めていた。

眺めながら唸っていた。


「…あかんやろ…」

「そう?」


お、意外だわ。反対されるとは思ってなかった。

個性的で面白いと思うんだけどな、あの人…


「あいつはコンプラ守れるような奴やない」

「………なるほど、おっけー」



吹奏楽部の誰かが、ひと足早めに自主練しているらしい。ファンファーレが高らかに吹き上げられていた。


「そうゆーたらウチら、学園祭の日ぃ近いな」

「確かにね…」

「学園祭…使えるか…」


なんかいつの間にか茜と二人で和んでる。


五月の学園祭じゃあ、一年生の俺達は半分お客さんみたいなものらしくて、割り当てられた事前の準備とかはあんまりない。

だからこうやって、先輩達が準備してくれてるのを感慨深く眺めるだけの、申し訳ない立場でいさせてもらってるわけで…


茜が傍にいるままのんびり掃除していると、

向こうの方から、朝園までこっちに向かって歩いて来るのが見えた。

三人集合する? って思ったのも一瞬で、すぐにそれはないんだって思い出す。


それで…なんか前みたいに朝園と茜が他人のフリしてすれ違うのが嫌で、屋内に入って、そこでやり過ごすことにした。



用具室か何か、そんな感じの部屋の中から、窓越しに朝園の姿を確認して……近づいて来たから、茜と一緒に窓よりも低く屈む。


軽い足音が、窓のそばで止まった。


「何話してるんですか〜?」


「うわっ!」

「うおっ!」


上を見ると、開いた窓から身を乗り出した朝園が、涼しい顔で俺達を見下ろしていた。


「何してんねん! 見られるやろ!」

「はぁ…はいはい…」


茜が小声で怒鳴って、朝園はウンザリしてるような態度で顔を引っ込めようとした。


「あ、待って朝園! 連絡先教えて!」


言えた! よし!!


今、一瞬空気がピリッとした気がしたけどそんなの知らね!

ずっと連絡先聞きたかったからね。次会ったら交換するって決めてたから!



朝園は一旦窓の向こうに身を引いて、外で壁にもたれて、スマホを触っている。


暫くして、窓からこっち側に、手だけを下ろしてきた。その手にはスマホが…スマホの画面には連絡先のQRコードが映っている。


「はい」

「…!!…すぐ読み取るから!!」


急いで読み取り機能を呼び出す数秒間。手を伸ばして画面を見せてくれている朝園は、顔を外に向けて辺りをうかがっていた。


「…よし、完了! ありがとう!」


小声でお礼を言うと同時に外で朝園を呼ぶ声がして、手が引っ込められる。

なんていうか…学校の中で俺達だけが共有してる秘密の関わり、みたいな…そんな感じがして、なんかドキドキする。



連絡先も交換し終わったんだし、朝園はもう向こうに行っちゃうな…って思って寂しくなってたら、

もう一度、今度は何も持っていない左手が入って来て、ひらひら振られて、手だけで ―バイバイ― ってした後…今度こそ向こうへ行ってしまった。


「……ははっ…………はぁ……」


なにその、手だけでバイバイってするやつ………

なんか、なあ………

あぁ……もう……



………………………好きだ…





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