本当はこわいくるみ割り人形

彩矢

第1話

お母さんが花が大好きだったから、千の花と書いて千花ちかと名付けられた。だからみんなわたしのことをちこと呼ぶ。


いつまでも続くと信じていた幸せな日常はある日突然崩壊した。

私が小学一年生のとき、くしゃくしゃの離婚届を置いて、母が突然いなくなったのだ。

翌日、父は知らない女の人を家に連れてきた。

「鞠子さんだ。今日からちこのママだ」

女性はゆったりとしたさくら色のワンピースを着ていた。

私を見るなり、不快感を露にする女性。

「辛気臭い顔、あの女にそっくりだわ。あ~ぁ、虫酸が走る。私と彼の子はこの子だけよ。あんたなんかこれっぽっちも娘なんて思わないから。どいて、邪魔」

どんと強く女性に体を押されてバランスを崩した私はテーブルの角に背中をぶつけた。

なんで初対面の女性にこんな仕打ちを受けないといけないのか訳が分からなかった。

お父さんも見てみぬフリ。私を助けようとはしてくれなかった。お母さんがいなくなって心配じゃないの?なんで探そうとしないの?

二人をじっと見ると、

「そんな目で私を見るな!」

金切り声とともにお母さんが愛用していたマグカップが顔めがけて飛んで来た。

ぶつかると思った瞬間、目の錯覚かも知れないけどマグカップが宙に浮いたまま一瞬止まった。

(えっ?)

驚く私の前でマグカップはまるで生きているかのようにすとんと静かに着地した。

「お父さん、マグカップが………」

「何を言ってるんだ?ママは優しいからちこにぶつからないように手加減してくれたんだろう。そんな優しいママを睨み付けるなどなんて子だ。ちこ謝りなさい!」

お父さんがものすごい剣幕で怒り出した。

まるで別人だった。こんな怖いお父さんの顔、初めて見たから余計に怖かった。


その日の夜。

なかなか寝付くことが出来なくて。トイレに起きたら、お父さんとあの人が寝ている部屋からあの人の悲鳴みたいな声と、すすり泣くような、変な声が聞こえてきた。

「お父さん大丈夫?」

ドアノブに手を置いたら、ドアの下からにゅるにゅると這い出てきた黒い影が私を通せんぼうした。

「カレハワタシノモノダ!ウセロ!オマエモ……!!!」

女性の声で怒鳴られ、怖くて裸足のまま家を飛び出した。

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