第11話 真矢の帰還

~清水町跡地~

「ほ、ほんとに清水町だ。」


真矢は1人、壊れたレンガを見ながら呟いた。

冬のタンチョウ領で、解放軍の北の隊長である兄を探しているところを犬の獣人に拐われ、どこかも分からない場所に閉じ込められて、どのくらい経ったのだろう?

拐われてすぐ、同じ人の奴隷であるミカとヨウと話した後はたった一人で部屋に閉じ込められ、時折、人とそっくりな姿をしたリュウコという名の獣人に質問攻めにされていたのだが、そのリュウコはもう何ヶ月も姿を現さず、真矢は何もすることがない日々をおくっていたのだが・・・

昨晩、扉の向こうから見張りの獣人の話し声が聞こえてきた。

もう真矢は用なしだが、殺すのも面倒なので人族町の跡地に捨ててこいとの命令だというのだ。

8月の暑さで死ぬか、マムシに食い殺されるだろうとの話を聞いて、もしかしたら清水町跡地かもしれないと一縷の望みを託していたのだが、

真矢はなんと幸運なのだろうか!

真矢は清水町跡地に来たことがある。解放軍に入ってすぐ、兄に連れてこられたのだ。

ここには、解放軍の隠れ家につながる秘密の地下道がある。

真矢は周囲を見渡した。 おそらく朝食に睡眠薬が入っていたのだろう。朝食を食べている途中で強烈な眠気に襲われて、意識を失った。

そして意識が戻った時には、たった一人で地面の草の上に寝ていた。

周囲を見渡すが、犬の獣人どころか生き物の姿はない。 もう日暮れ前だ。 日が暮れたら周囲は真っ暗になる。

真矢は慌てて壊れたレンガの中にあるはずの目印を探した。


「あった!」


太陽が地平線に沈みきる直前、真矢はようやく目当てのレンガを見つけた。

そのレンガから10歩離れた地面に地下道の入り口がある。薄暗い中、土を払うと金属の扉が出てきた。幸運なことに扉はあっさり開いた。

今でも使われている証拠だ。

真っ暗な中、真矢は壁に手をついて慎重に階段を下った。扉を閉めて中は真っ暗だ。

これまで閉じ込められていた部屋は、日暮れ後はろうそくが灯され、そのろうそくが消された後でも部屋の扉の隙間から廊下のろうそくの灯りが見えたので真っ暗になることはなかった。

真矢は久々の真っ暗闇が恐ろしくて仕方ないが、外よりはマシだ。地下室の構造を必死で思いだし、階段を降りきって右手の部屋に入った。


ここは倉庫だったはすだ。

部屋の中の棚、台を手で触って探し回り、ようやく備蓄のろうそくにマッチで火をつけられた頃には真矢は汗びっしょりになっていた。

「頭痛い・・・」

明らかに脱水症状だ。 ろうそくの灯りを頼りに今度は棚から水と塩飴を見つけた。

塩飴は暑さで融けてどろどろになってまた固まっているが、今はそんなことどうでもいい。

ペットボトルの水を飲み干し、塩飴を3つ噛み砕いて真矢は倉庫の床に横になった。 頭がガンガンして身体がダルい。真矢は意識を失った。


「ん・・・」


『ここはどこ?』


真矢が目を覚ますと、土の床に転がったろうそくは燃え尽きる寸前だった。

真矢はここがどこかを思い出し、慌てて新しいろうそくに火を移す。

まだ体調はすこぶる悪いがなんとか歩けそうだ。

皮肉なことに獣人に閉じ込められていた間、1日3食栄養のある食事をとれていたおかけで身体は丈夫になっている。


真矢は倉庫の棚から水と携帯食料、塩飴を取り出して食べると、予備のろうそくとマッチを着ているワンピースのポケットに入れて、倉庫を出た。


狭い通路を突き当たりまで歩くと木製の壁が現れた。 突き当たりに来ると真矢はしゃがみこんで木の壁をペタペタと触る。

「あった!」

木の壁に埋め込まれた目印の小石を見つけ、真矢は小石を右に90度回す。 ガタン と音がして、木の壁の一部が動く。

真矢は立ち上がってその壁を押し、回転する扉を潜って壁の奥へと進んだ。 壁はそのまま360度回転してまた木の壁に戻った。



~秘密の地下道~

真矢はろうそくの灯りを頼りに秘密の地下道を歩いていた。ここはかつて清水町の兵士たちの避難道だったらしい。

解放軍には、マムシの奴隷にされ、解放軍に助け出された清水町の兵士がおり、この地下道を教えてくれたそうだ。その兵士は、兄とともに姿を消してしまったけど・・・


「大丈夫。兄さんたちは解放軍の隠れ家にいるはず。」


真矢は自分を励ますように呟いた。

真っ暗で土の臭いがする地下道を歩くこと30分以上、ようやく出口だ。 ここも木の壁になっているが、こちらは真矢の体重をかけて押せば回転して外に出られた。


「ふ~」


久々の新鮮な空気を真矢は思い切り吸い込んだ。

太陽はもう傾きかけている。

真矢は今度は周囲の木の根もとを探す。 3本目が当たりだ。

地面に突き出た木の根っ子にナイフで✕印がついている。

その根っ子の下の土を掘ると鉄製の鈴が出てきた。


「やった!」


真矢は周囲を見渡して誰もいないことを確認すると右手を頭上に挙げて鈴を鳴らした。

この鈴は近くの隠れ家に留守番がいる証だ。

隠れ家の場所はしょっちゅう変わるのでこうして鈴で知らせるのだ。 真矢は木の根もとに座って鈴を頭の上に乗せた。解放軍の一員であることの合図だ。

15分ほど経っただろうか?

見たことのない男が真矢の方に近づいてきた。 左手に竹籠を持っている。真矢はそれを見て頭の上の鈴を右手でとり、頭上で二回鳴らした。

男が早足で近づいてきた。


「お前の名前と所属は?」


「真矢です。北部隊の見習いです。」

「マヤ?北部隊?なんでここにいる?」

男は眉をひそめる。

「一年以上前、タンチョウ領で獣人に捕まって、昨日、清水町跡地に捨てられたところを逃げてきたんです。」

真矢の言葉に男は驚いた顔になる。


「タンチョウ領!?じゃあお前、前の北部隊の生き残りか?」


「え?前の?生き残り?」

今度は真矢が驚いた。

「え?兄さん・・・北の隊長は?」

「昨年の冬に北部隊はタンチョウ領で隊員全員が消息をたって、今年、新しい北の隊長のもと北部隊が作り直されたんだ。」

「うそ!?そんな!兄さんは?」

真矢は信じられない。

「詳しい話は中で聞く。とにかくこっちに。あ、俺は留守番の如月きさらぎだ。」

如月に案内され、真矢は呆然としたまま解放軍の隠れ家に入った。



~鹿領隅の解放軍の隠れ家~

「今日は俺だけだが、前の北部隊のことは聞いている。タンチョウ領で奴隷商人家族を殺して別荘を焼いた後、長女家族がいないとの連絡を最後に、隊員全員と連絡がとれなくなり、所在不明だと。」

如月の言葉に真矢は俯いた。

「はい。長女家族だけ居なくて、翌朝から交代で道を見張っていました。そしたら、獣人の宿の近くで人の子の声がすると見張りが報告にきて、私は留守番に残って、隊長たちは様子を見に行きました。 それから帰って来なくて、さらに翌日、私と見張りの隊員と2人で獣人の宿辺りを探しに行ったら、犬の獣人に捕まって・・・」

真矢は話ながら涙が出てきた。

「犬の獣人?タンチョウ領にか?」

「はい。犬の獣人に捕まった後、薬を嗅がされて意識を失って、起きたら知らない場所に、20代くらいの女2人と一緒に閉じ込められていて。 その後は、その2人とも引き離されて、一人で閉じ込められていて・・・わ、私、兄さんが助けにきてくれるって、ううう~」

真矢は大泣きだ。


「前任の北の隊長も優秀な男だったと聞いている。死んだ副官も最後まで北の隊長を心配していたよ。」


「え?副官が死んだ?」

「副官は昨年亡くなったよ。水洞町でカラスの獣人に襲われて。」

「そんな!?」

真矢はまたショックを受けた。

副官は、兄がもっとも信頼していた人だ。


「真矢を捕らえていたのは犬の獣人なのか?」

「いえ、それが普段、監視をしていたのは茶色い犬の獣人だったのですが、時々、人そっくりに化けた女の獣人がいました。」

「は?人そっくり?」

「はい、本当にそっくりなんです。でも話してみると、人のことを全然知らなくて会話が噛み合わないんです。」

「なんの獣人なんだ?」

「分かりません。どうやって化けているのか、全く・・・」

「う~ん、よし!とりあえず今の北の隊長に報告するよ。真矢、まだ希望を捨てるのは早いぞ。君の兄たちも獣人に捕まっているのかもしれない。」

「ありがとうございます。」

真矢はまだ涙が止まらない。



~水洞町の隠れ家~

「マーメイ様、すみません。お願いがございます。」

マーメイの部屋にゆたかとかいう人族の雄が入ってきた。

「は?何?」

マーメイは不機嫌そうな顔になる。

「実は、長らく行方不明になっていた仲間が、マーメイ様と同じくマムシ領の地下道を通って隠れ家にたどり着きまして。

ただ、何の獣人に捕らえられていたのか分からないと言うのです。 その仲間が嘘をついている可能性もございまして・・・その仲間についた獣人の臭いを教えて下さいませんでしょうか?」


「は?あの地下道ならマムシ族に捕まってたんじゃないの?」


「いえ、茶色の犬の獣人が監視をしていたそうなのです。」

「犬?じゃあマムシじゃないわね。私たちにとって犬は天敵だから。」

「はい、どうかマーメイ様のお力をお借りしたく。」

ゆたかはそう言って深々と頭を下げる。


「はー仕方ないわねぇ。ま、いいわ。デーメはまだ臭くて動けないしね。」


デ―メは龍韻の元妻で、イグアナの獣人だ。まだ紫竜の臭いがとれていない。



~鹿領とマムシ領の境界近く~

8月のある晩、マーメイは一人で鹿領とマムシ領の境界近くにある解放軍の巣に向かっていた。

今年の5月、マーメイがマムシ領の地下道を通ってたどり着いた巣だ。

マヤとかいう人族はまだその巣にいるらしい。


『犬の臭いは嫌いなのに。めんどくさ』


マーメイはそう思うものの、解放軍の仕事は断らないことにしている。 マムシ族への復讐には解放軍が必要だからだ。

それに人族ごときに施しを受けるなんてご免だ。

対価として仕事はこなさなければならない。


「あ、あった・・・ん?」

解放軍の巣が見えてきたところでマーメイは立ち止まった。

「くさ・・・え?」

これは紫竜の臭いだ。 一体どこから?


「は?なんで?」


紫竜の臭いは、解放軍の巣から漂ってくる。

マーメイはハッとして慌てて踵を返した。


「ヤバイ!」


マヤとかいう人族は紫竜に捕らえられていたのだろう。ならば、人族が紫竜から逃げられたはずがない。 マヤは囮だ。

マヤについた臭いを辿って紫竜がやってくる・・・


「きゃあ!」

何かに捕まれてマーメイは地面に倒れた。

「何?くさ!」

振り返ったマーメイは、地面の穴から出てきた紫竜に気絶させられた。



~族長執務室~

「お疲れさん。」

龍希は泥だらけで戻ってきた龍景に声をかけるが、 龍景はすさまじく不機嫌な顔をしている。


「特別手当てはずんでくださいよ!ここ数日、ほとんど土の下にいたんすよ!気が狂うかと思いました!」


「はは。さすが龍景だ。お前は狼の子だから穴ほりも土の中も平気だろ?」

龍希は笑いながらそう言ったのだが、

「何言ってるんすか!?俺は母親から穴ほりなんて習ってませんし、土の下で過ごしたこともないですよ! 龍韻はあるみたいですけど!」

龍景は転変するなり母狼に育児放棄されたので、兄の龍韻とは違うらしい。

不機嫌な龍景の報告を聞くと、なかなか過酷な仕事をしてきたようだ。


一週間ほど前、マムシ族長が驚くべき話を持ってきた。

龍海のトンビの執事を殺したのは、前マムシ族長の孫で龍灯の元妻マーメイの可能性があるというのだ。

だが、龍灯は離婚の際、マーメイに十分な手切れ金を払っているし、マーメイは後継候補だった龍灯に嫁いでいた間にかなり高価な宝石、装飾品を贈られており、離婚後の生活に困らないほどの物品と金銭を持ってマムシ族に帰っているはずだ。

紫竜に恨みをもって解放軍に参加するとは考えにくい。


ところが、今のマムシ族長によれば、マーメイはマムシ族に相当な恨みを持っており、マムシ族への復讐のために解放軍に参加した可能性があるという。

マーメイが龍灯と離婚してマムシ族本家に出戻ってくるなり、当時のマムシ族長だったマーメイの祖父はマーメイが持ち帰った手切れ金と価値のある宝石、装飾品などを全て奪い、マムシ領僻地にある別荘に軟禁したらしい。

理由は龍灯との離婚が気に食わないということだったらしいが、マーメイの離婚は紫竜一族都合であって、マーメイから希望したことではなかった。

そのため、マムシ族の中でもマーメイへの仕打ちはあんまりだとの声が上がったらしいが、当時のマムシ族長もその家族も聞き入れなかったらしい。

なお、マーメイの両親はすでに死に、兄弟はいないそうだ。


マーメイは何年間もわずかな監視とともに軟禁されていたそうだが、何年か前にマーメイは正体不明のワシに誘拐された。

マムシ族長たちは当初、マーメイを厄介払いできたと喜んでいたらしいが、ちょうどマーメイ誘拐の数日前にマムシ領の隣のカバ領で龍景の元妻カバがワシに誘拐されて、紫竜一族が探していると聞き、念のため、紫竜本家に使者を派遣して、マーメイ誘拐を知らせたそうだ。

だが、それ以降はマーメイを探すことすらしていなかったらしい。


ところが、マーメイが誘拐されてから、マムシ族本家では不審死が相次いだ。


当時のマムシ族長、その家族、マーメイの軟禁先を監視していたマムシたちが相次いで死んだのだが、死因は分からなかったそうだ。

マムシ族長とその家族の急死により族長となった今のマムシ族長は、龍算たちに発見されてマムシ領に戻ってきたマーメイに、マムシ族本家の一室を与えることを提案したそうだが、マーメイはそれを断って元の軟禁先に戻ったらしい。

マムシ族長は監視はつけずにマーメイに侍女をつけたのだが、マーメイは今年の5月に清水町跡地で姿を消した。

マムシ族長は、マーメイは解放軍のワシに誘拐され、監禁されていた被害マムシだと思っていたそうだが、マーメイが解放軍の巣と思われる清水町跡地の地下室で姿を消したことから、解放軍との関与を疑い始めたそうだ。


その話を聞いて、龍賢がいい案を出した。

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