第9話 遭遇

~水洞町 解放軍の隠れ家~

8月、ジュウゴは豊に連れられて、水洞町に新しくできた解放軍の隠れ家に来ていた。

前の拠点はカラスの獣人たちに襲撃されて全壊したので、今年の春、商人屋敷を買い取って新しい隠れ家にしたらしい。

元は中級商人の屋敷だったらしく、2階建てで部屋数も多い。


「ここがジュウゴさんの客間です。毒の製造と保管は鍵付きの専用部屋を用意してますから、使いたいときは僕に言ってくださいね。」

「分かった。今日はもう部屋で休んでいいか?つかれた。」

「どうぞ。食事は一階の食堂に取りに来て下さいね。」

豊はそう言うと部屋を出ていった。


「ふ~」

ジュウゴは大きく息を吐いて、フード付きの上着を脱いだ。

もう8月だ。北にある水洞町といえども上着なんて着てたら汗が止まらない。

しかし仕方ないのだ。

ここはジュウゴの故郷、水連町の南にある大きな町で、ジュウゴはかつて父親と一緒に何度も買い付けにきていた。

水連町の出身者もこの町で大勢働いている。

ジュウゴの顔と素性を知っている奴にいつ出くわしてもおかしくないのだ。


もしもジュウゴが人身売買の罪で収監されていたと知られたら、解放軍は迷うことなくジュウゴを殺すだろう。


ジュウゴが妹を売った相手は獣人ではなく、遊郭だったが、解放軍はそんなこと気にしない。

人であれ獣人であれ人身売買は許さないというのが解放軍のトップである司令官の方針だ。

それに解放軍には元遊女も少なからずいる。ユリとかいう司令官の側近も元遊女で、ジュウゴは、ユリが自分を遊郭に売った元夫とその家族を殺す現場に立ち会ったこともある。

正直、イカれてると思ったが、解放軍の南の隊長たちはユリと一緒に元夫家族を切り殺し、建物ごと焼いていた。

今、ジュウゴが所属する北部隊の新隊長、豊も同じ方針らしい。


翌日、ジュウゴは豊に連れられて鹿領の宿が見える高台に来ていた。

鹿の獣人がやっている獣人向けの宿らしい。

「来た!あれがマムシ族の奴隷商人どもです。」

双眼鏡を覗いたまま豊がそう言うので、ジュウゴも双眼鏡を覗き込んだ。

高そうな着物を着たマムシの獣人が4匹、馬車から降りてきているところだ。

豊によれば、今夜、この宿で奴隷売買が行われるらしい。買い手はタンチョウの獣人だ。

マムシの獣人は、改良前のワニ毒で殺せることを実証済みだが、この毒はタンチョウの獣人にはきかない。

ジュウゴがマムシ毒を入れて改良した毒がタンチョウにきくのかは未確認だ。

そのため、ジュウゴは毒実験のために現場に駆り出されていた。


「奴隷はどこにいるんだ?」

馬車から降りてきたのはマムシの獣人だけだ。

「マムシの使用人が裏口から連れて入って宿の一室に閉じ込めているはずです。そちらには副隊長たちがいます。」

「さ、俺たちは従業員専用出入口から侵入しますよ。」

豊はそう言うなり、山道を下り始めたのでジュウゴは慌てて後を追う。



~鹿の宿~

「俺は副隊長たちに会ってきますので、ジュウゴさんはここに隠れていて下さいね。」

豊はそう言うと、宿に潜入している雄鴨の獣人とどこかに行ってしまった。

ジュウゴは宿の中庭にある低木に隠れていた。

地面に寝そべって低木の隙間から宿の方を見ると、廊下を歩いていく獣人たちが見える。

ベージュの着物を着た獣人がこの宿の使用人らしい。あの雄鴨のように鹿以外の獣人もいる。


ここはかなりの高級宿のようだ。客の獣人はみな高そうな着物やドレス、スーツを着ている。宝石をつけた獣人も多い。

と、どうしたのだろう?

廊下を歩いていた獣人たちが早足でどこかに去っていく。

何やら騒がしい。


『まさかバレたのか?』


ジュウゴは焦った。こんな場所で一人見つかったら獣人たちに殺される。

かといってこの中庭は高い石の塀に囲まれていて、逃げ道はない。

ジュウゴが動けないでいると、廊下を歩いてきたのは・・・


「は?」


ジュウゴは驚きのあまり声が出た。

人だ。

高級そうな紫の着物を着た中年男が1人・・・いや両手で大切そうに抱えているのは赤子のおくるみだろうか?

その三歩後ろをついてきたのは若い夫婦だ。こちらも身なりがいい。

妻の方は宝石でできた睡蓮の花のかんざしをつけている。 妻は黒髪だが、男2人は紺色というか濃い紫のような髪色だ。

肌は白いがどこの出身だろうか?


「あ!見てください、あなた。見事なノウゼンカズラ!」

妻が立ち止まって中庭を指差した。

「え?どの花?」

若い夫も立ち止まって中庭を見る。

「あのオレンジ色の花ですわ。故郷にも咲いていたのです。」


「あ~あれか。綺麗だね。三輪は本当に花が好きだね。」


「は?」

ジュウゴは思わず妻の顔を見てしまった。


元妻と同じ名前だ。 だが、元妻はとっくの昔に死んだのだ。マムシの獣人に町ごと滅ぼされて。

赤の他人に違いない。

三輪なんて珍しくもない名前だ。

元妻はもっと貧相な身体で、幼い顔立ちだった。 そうに違いないのに、宿の廊下から中庭を見ている若妻は驚くほどジュウゴの元妻に似ている。



うわ~ん


「ん?どうした?」

「あら?オムツかしら?それともミルク?」

中年男が抱いている赤子が泣き始めたようだ。

「早く部屋に行こう。」

3人は足早に廊下の奥に消えていった。


「ジュウゴさん、お待たせしました。」

豊の声でジュウゴは我に返った。

「おい、豊。人がいたぞ。」

「え?ああ、離れの客間に泊まるようです。人用の食事を3人分用意していると先ほど聞きました。」

「なんで獣人の宿に?かなり身なりがよかったぞ・・・」

ジュウゴは信じられない。

「今夜は水洞町の花火大会ですからね。この宿は花火がよく見えると評判らしいです。」


「いや、だからって何で獣人の宿に?それも・・・赤子までいたぞ。気が狂ってんのか?」



「ですよねぇ。今夜の奴隷売買の関係者かもしれません。マムシ毒は人を殺せますよね?」

豊は険しい顔になっている。

「ああ、余裕だ。追加であの鴨に渡すか?」

「いえ、殺すのは奴隷売買の関与が分かってからです。夜まで宿の近くに潜伏します。ついてきて下さい。」

豊はそう言うなり、ほふく前進し始めたのでジュウゴは慌てて後を追った。



~鹿の宿 離れの客間~

「ふふ、竜琳はミルクを飲んで寝てしまいましたね。」

三輪は布団で眠る娘を見ながら、隣の夫に話しかける。

「ああ、生まれて初めての長旅だったからね。三輪は疲れてないかい?」

「大丈夫です。久々の旅行が嬉しくて。」

「なら良かった。俺が竜琳を見てるから、三輪はお風呂に入ってくるかい?専用の内風呂があるんだ。」

「まあ!行ってきます!」

三輪は大喜びでお風呂にむかった。

一人でゆっくりお風呂に入れる機会はなかなかない。

娘は三輪が視界から消えるとすぐに転変して飛び回るのだ。



龍緑は妻が風呂に入ったのを音で確認して、廊下の執事を呼んだ。

「さっき、宿の中庭から悪意を向けてきた獣人がいた。池のそばの低木の陰だ。探してこい!」

「は!」

トンビの執事はすぐに出ていった。


色んな獣人の匂いと植物の匂いで、低木に潜んでいる獣人の匂いはわからなかった。

父も悪意に気づいていたが、竜琳と妻の安全を図ることが最優先だった。

解放軍がどこに潜んでいるか分からない。なにせ族長の妻を誘拐するような奴らだ。

解放軍を見つけたら生け捕りにしてこいと族長からは命じられているけど、妻子の安全が脅かされるようなら話しは別だ。



~龍海の客間~

日没後、龍緑は妻子を連れて父の客間に来ていた。 こちらで一緒に夕飯を食べてる予定なのだ。

2時間後から花火が始まるらしい。

結局、父にきいても花火が何なのかよく分からなかった。ただ、妻は花火が見られると大喜びなので・・・龍緑は拗ねていた。


父は一体どうやって人族のことを調べてくるのだろうか?



~鹿の宿そばの森~

「始まりましたね。」

豊が頭上を見上げて呟いた。 大きな音がして次々と花火が打ち上がっていく。

ジュウゴは豊とともに鹿の宿から3分ほど離れた森の中にいた。


「隊長!」


宿の方から走ってきたのは解放軍の連絡係ツツジだ。

「マムシとタンチョウの取引が終わりました。奴隷たちが閉じ込められている部屋の見張りもタンチョウに代わりました。」

ツツジが豊に報告する。

「あの離れに泊まってる人間の客は?」

「取引の場にはおりませんでした。」

「奴隷取引とは無関係か・・・」

豊は眉をひそめる。


「ついでに殺しとくか?」


ジュウゴはそう提案したのだが、

「ダメです。僕たちの目的は奴隷の解放ですから。予定どおり、タンチョウとマムシたちには明日の朝、鴨が朝食に混ぜて毒を飲ませて、俺たちで奴隷を解放します。」

豊はキッパリ言った。

「人間3人殺すのなんて簡単だろ?獣人の宿に赤子連れで泊まるなんてまともな人間じゃねぇぞ。先手を打っとこうぜ。」


元妻そっくりなあの若妻も、その夫も、ジュウゴは気にくわない。


「ダメです。」

豊は譲らない。

「ちっ!で、俺はどうすりゃいいんだ?」

「ああ、ジュウゴさんは・・・」


「お前たち、カイホウグンだな?」


突然、頭上から男の声がした。

ジュウゴが驚いて頭上をみあげると、


がさ がさ


今度は近くの茂みから音が・・・

「え?」

ジュウゴが視線を落とすと、そばにいたはずの豊もツツジもいない。

どうやらジュウゴだけ逃げ遅れたようだ。

だが、


「誰だ?」


周囲には誰も・・・


「ふん!隠れても無駄だ。匂いで分かる。」


「うわ!」

そう言ってトンビの獣人がジュウゴのすぐそばに着地したので、ジュウゴは声をあげて尻もちをついてしまった。

「な、なんだお前?」


花火の光で照らされたトンビの獣人は執事服のような黒と白のスーツを着ている。


「カイホウグンは生け捕りにしてこいと、主のご命令だ。 おい!隊長という雄!

お前が大人しく捕まるなら他の2匹は逃がしてやろう。」

トンビの獣人は茂みに向かってそう叫ぶが、豊から返事はない。

「ふん!仕方ない。お前を連れていくか。」

トンビの獣人がまだ尻もちをついているジュウゴに歩いて寄ってきた。


『このままじゃ、トンビの獣人に拐われる!』


ジュウゴは逃げ出したいが、恐怖で立ち上がることもできない。腰がぬけたままだ。

トンビがふわりと浮き上がって鳥の足でジュウゴを掴もうとした時だった。


パン


突然、強烈な光に照らされて周囲が昼間のように明るくなった。


『閃光弾か?』


ジュウゴはあまりの眩しさに目をつむったが、涙が出てきた。

「う、うわ!」

トンビの悲鳴がすぐ近くで聞こえるが、ジュウゴは動けない。

何かがジュウゴの横を通りすぎていく気配と音がした。


「な、なんだお前?う、うわああ・・・」


何かとトンビが争っている音がするが、ジュウゴはまだ目を開けられない。

「ジュウゴさん」

背後から豊の声がして、身体を引っ張られた。引きずられていく。


トンビの獣人の悲鳴が聞こえなくなった頃、ジュウゴはようやく周囲が見えるようになったのだが、


「うわ!」


また悲鳴をあげる羽目になった。

マムシの獣人、マーメイがトンビの獣人の身体に巻き付き、首もとに噛みついてた。

トンビの獣人の身体はだらりとして・・・もう死んでいる。


どさり


「なにやってんの?あんたたち?」

トンビから離れたマーメイが話しかけてきた。

「助かりました。さすがマーメイ様。」

豊はそう言って深々と頭を下げる。

「し、死ぬかと思ったぜ・・・」

ジュウゴはようやく声が出た。


「何したのよ?シリュウの執事に襲われるなんて?」


「は?シリュウ?」

ジュウゴと豊は驚いた。

「え?このトンビがシリュウなんですか?」

「はあ?」

豊の質問にマーメイは呆れた顔になる。

「こいつはシリュウの執事よ。シリュウの匂いが強い上、この服は間違いないわ。誰の執事かまでは分からないけど。」

「え?シリュウがこの辺りにいるんですか?」

「さあね。居たとしてもシリュウと顔を会わせるのはごめんよ。それより豊、いいこと思い付いたわ。 ・・・」

マーメイの提案に豊は真面目な顔で頷いた。

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