第2話 司令官の帰還
~リュウカの部屋~
2月の終わり、芙蓉は朝からベッドで横になっていた。
遅れていた月のものがきて、猛烈にお腹と腰が痛い。
残念ながら朱鳳の大樹で子はできなかったようだ。
今朝、夫は目に見えてがっかりしていたが、芙蓉はほっとしていた。
芙蓉には羞恥心があるのだ。
それにしても、遅れていたせいか今回の腹痛、腰痛はかなり酷い。
湯タンポで温めているが気休めにもならない。
母が作る漢方薬は生理痛によく効いたけど、芙蓉は作り方を教わっていなかった。
「うう~痛い。」
「ママ~大じょうぶ?」
心配そうに入ってきたのは娘の竜琴だ。
「ごめんね、ママは起きられないの。」
「いいの、ゆっくり休んで~。あのね、りゅうりがきてるからおにわであそんできてもいい?」
「ええ、いいわよ。気を付けてね。」
「はーい。」
娘はご機嫌で部屋を出ていった。
竜理は龍灯の娘だ。
象の母は育児放棄したそうで、龍灯が補佐官の仕事などで本家に来る時には一緒に連れてきているのだと、竜冠から聞いた。
竜湖と違い、竜冠は、芙蓉が何も聞かなくても夫の一族のことや紫竜のことを教えてくれる。
たぶん、私が黄虎に故郷のことを教えて、戸籍を燃やすように頼んだから、夫の一族は慌てたのだろう。
白鳥ココとワニのスイスイは、芙蓉だけでなく当時お腹の中にいた息子の龍風まで殺そうとしたのだ。
もし芙蓉が死ねば、龍陽と竜琴だって危ないかもしれない。龍流の悲劇という前例があるのだから。
だから芙蓉は不安で仕方なかった。
なぜ自分がココに殺されかけたのか?
ココとはどんな獣人なのか?
何も分からなければ子どもたちを守るすべがない。
夫は芙蓉のことも子どもたちのことも大切にしてくれるけど、族長の仕事が忙しく常にそばにいて守るなんて不可能だ。
そんな中、黄虎族長が何年も前の芙蓉との約束を覚えていたことに驚いた。
ワニと人との戦争について教えたお礼を、なんてリップサービスだろうと諦めていたのに。
そうではなかった。
芙蓉は藁にもすがる思いで、ココのことを聞くことにしたのだが、黄虎は詳しく教えてくれた。
芙蓉が拍子抜けするほどアッサリと。
今回も黄虎族長は芙蓉との約束を守って水連町の町役場を燃やしてくれたらしい。
これは夫が教えてくれた。
夫もあの一件以降、芙蓉に色々と教えてくれるようになった。だけど芙蓉のことを信用したからじゃない。
何年一緒にいても、どれだけ夫のため、夫の一族の役にたっても、きっと夫は死ぬまで芙蓉を信頼することはないだろう。
だけど、同じ人の巴衛とユリは、出会って数時間の芙蓉のことを信頼してくれた。
『2人とも逃げ延びてくれたよね!?また、会いたいな。』
芙蓉はリュウカの部屋で1人、こっそり泣いた。
~鴨領 解放軍の隠れ家~
「司令官!ご無事でしたか!」
鴨領の北側にある隠れ家で、留守を預かっていた南の副隊長は大喜びで司令官とユリを出迎えた。
1月に鷺領に行ったきり音信不通となっていた司令官とユリの帰還に、連絡係は大喜びで各地の隠れ家に連絡をし始めた。
「お二人ともご無事でようございました。鷺領に行った誰とも連絡がとれず、この一月以上生きた心地がしませんでしたよ。」
「悪かったわ。シリュウの追手を警戒して、道中に立ち寄ったアジトからは連絡させなかったの。私達以外は全滅よ。獣人たちは逃げ出したわ。」
司令官の言葉に副隊長たちは驚いた。
「は?え?み、南の隊長は?20名を超える南の隊員たちは?」
「全滅」
司令官はこんな時でも冷静だが、隣に立つユリは悔しそうな顔をしている。
「そ、そんなバカな!?何があったのです?」
「シリュウに囚われていた娘、ようこを助け出して隠れ家まで連れてきたけど、鷺たちに見つかった。地下の隠れ家にいても、獣人たちには見つけ出せるらしい、シリュウの匂いとやらで。」
「匂い?ああ、獣人たちは皆臭いですからな。しかし、シリュウの匂いは更に強烈だったんですか?」
「いや、私達には分からなかった。」
「は?」
「司令官の言う通りよ。匂いが薄いとかじゃなくて、私達にはようこについたシリュウの匂いは分からなかった。お香のような匂いしかしなかったわ。獣人の臭いみたいな獣臭さは全くなかった。」
「は?」
副隊長たちは首をかしげるしかない。
「シリュウの匂いの対策をしなければ、策士はどこにいる?」
司令官は気にせず尋ねる。
「鹿領の隠れ家です。」
「まだあそこね。仕方ない。私は策士のところに行く。こっちの作戦は副隊長とユリに任せたよ。」
「はい!」
ユリは即答するが、
「え?司令官自らそんなに遠くまで?連絡係を向かわせないのですか?」
副隊長は驚いた。
良くも悪くも解放軍は有名になりすぎている。
長距離移動は襲撃のリスクが大きい。
「ええ。私は、あまりにもシリュウのことを知らなさすぎた。策士から聞き出す必要がある。 それに水連町に用があるからちょうどいい。」
「え?水連町ですか?」
「ええ。そこにようこを売った兄がいるらしい。鹿のアジトには豊がいるな?探らせろ。」
「は、畏まりました。」
連絡係がすぐに動いた。
「司令官、私もお供させてください。」
ユリはそう言うが、
「いや、ここを頼んだよ。南の隊長をはじめかなり欠員が出た。副隊長とユリで指揮をとっておくれ。」
司令官がそう言うなら仕方がない。
「分かりました。どうぞお気をつけて。こちらはお任せ下さい。」
ユリは素直に従った。
「司令官、こちらの作戦のことでお知らせしたいことが。」
「なあに?」
司令官は副隊長を見る。
「それが、カラス族と鴨族にいたワシの奴隷が居なくなりました。シリュウが買い占めたと。」
「は?シリュウがなぜ?」
「ケープの仕業のようです。シリュウの奴隷奪還に協力した見返りだとか。シリュウが買った奴隷はワシ領に返還されたそうです。ワシ領にいる仲間たちが確認しました。」
「ケープが?」
司令官とユリは首をかしげる。
シリュウからようこを助け出す時にはケープは協力していたはずだけど、
「まさかケープは内通していたのでしょうか?」
「分からないわ。だけど、次のようこの奪還には獣人は関与させない。」
司令官は冷静なまま断言した。
「解放軍に何か影響は出そう?」
「元々、ワシの協力獣人はイーロとケープだけでしたし、こちらの作戦にはケープは関与していませんので直接的な影響はありません。
ただ、シリュウも獣人の奴隷解放のようなことをするとなると、今後、解放軍を裏切ってシリュウに協力する奴らが出る可能性はあります。ケープのように。」
「副隊長の言うとおりね。シリュウの狙いもそれかもしれない。」
「は?いや、まさか・・・」
「シリュウに囚われているようこが言ってたの。シリュウは相当知能が高いらしい。警戒しすぎるくらいがいいわ。」
「そ、そうなのですか?」
副隊長は司令官に言葉に驚いている。
「ええ。ようこは信用できる娘よ。」
「はい。次こそ絶対に助け出します!」
ユリはそう言ってまた目に涙を浮かべている。
司令官はなんとか涙を堪えていた。
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