Sate/nuga night

「改めまして、初めまして。私の名前は百合園唯です……と言っても先日の入学式に同席していた皆さんはもうご存知かもしれませんが。若輩ながら理事長代理を務める事になってしまいましたが、何卒宜しくお願い致します」


 百合園女学園、高等部2年1組。


 学年内での成績優秀者を集めた特進クラスが僕がこれからお世話になる教室であり、僕と同じように百合園での英才教育を経験した茉奈と一緒のクラスでもある。


 理事長代理とはいえ、一応ながら編入試験を受けた結果、全教科満点を取ってしまったので必然的に特進クラスに入れた訳なのだけど、結果として頼れる身内にして僕の女装事情を知っている茉奈が一緒のクラスになれたのだから、本気で試験に取り込んで良かったと今更ながらに思う。


 まぁ、それはそれとして。


「…………」


 僕が人生で一番嫌いな新クラス内での自己紹介という苦行をやり終えた瞬間、女子生徒だけしかいない教室の空気という空気が一瞬にして凍りついたのはどうしてなのか。


 教室内にいる数十人もの女子生徒たちによるその反応は、既に座っている茉奈お嬢様にとっても予想外であったらしく、彼女も僕と同じように困惑の表情を浮かべている。


(……あれ? え? 嘘。もしかして……男だって、バレちゃった?)


 人間の急所である首の後ろで、血が熱湯になったかのような温度で流れては、僕の視界を段々と暗くしていく。


 同時に心臓がどうしようもないほどに脈動し、1個から2個へ、2個から4個にへとどんどん心臓が増殖するかのように、胸から飛び出そうなぐらいに心臓が内側で暴れ狂っている。


 頭の中と身体中が寒くなったり、熱くなったりの繰り返しで意味が分からなくなって、喉がどうしようもないぐらいにカラカラになっては緊張で手足の指の感覚がどんどん消えていっていく――そんな矢先。


「きゃあああああああああああああ!!!」


 歴史と伝統とやらで有名なお嬢様学園の女子生徒は、爆発した。


 突然の大声……それも感極まったとでも言わんばかりの心のから叫びであり、例えるのならば有名なアイドルのライブに参加した強火なファンの断末魔そのものであり、中には涙を流しているような女子がいた。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ……! う、美し、美し……⁉」


「美しシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


「ははーん? さてはあのお方、私に挨拶をしてくださいましたから絶対に私の事が好きですわね?」


「は? 何ですのあの痴女? 制服と下着を剝がしたら全裸じゃありませんの? とんだド淫乱かつド変態ではありませんこと? これは合法的に服を脱がしていいと言う訳ですわね!」


「はぇ~。すっげぇ美人ですわ~。百合園お姉様……って、それだと2人ですから唯お姉様ですわね」


「唯お姉様……! その言葉を聞いただけで想像妊娠いたしましたわ!」


「唯お姉様を視界に入れるだけで清楚がドクドク作られる音を感じますわ! たまらねぇですわ! ぱっと見た感じ、唯お姉様の属性は受けですわね! コミケのネタが出来ましたわ!」


 簡単な自己紹介をしただけだというのに、僕がこれからお世話になる教室はお嬢様らしからぬ阿鼻叫喚で覆われた。


 担任の女性教諭に視線で助けを求めようとしたら、その女性教諭も女子生徒と同じく鼻から血を流して興奮しており、とても助けを期待出来そうにない。


 というか、なんだよコレ。

 僕が百合小説を読んで夢見た乙女の園はこんな地獄なんかじゃないぞ。

 僕の憧れと夢を返せよ、淑女共……⁉


「え、えーと……? そ、その……宜しくお願い致しますね?」


「はい! こんな嫁ですが、どうか可愛がってくださいまし唯お姉様ァ!」


「嫁⁉ いいえ! この私こそが唯お姉様の本当の嫁! 実は皆には言っておりませんでしたが私は唯お姉様と許嫁の関係にありましてよ!」


「サルでも分かるような嘘をおつきになさるのは止めなさいこのメスザルァ! 貴女のような犬畜生にも劣るようなお嬢様は世界最速のサル・パタスモンキーがお似合いでしてよこのメスザルァ!」


「どうやら始める時が来たようですわね……! 誰が唯お姉様のお嫁さんになれるかどうかの聖戦の日が……!」


 なるほど、ここは大変に愉快な教室のようだ。


 どうした訳か茉奈に至っては信じられないような目で周囲の状況をおろおろと不安そうな表情で伺っているけれども、多分この教室はきっとこれが通常運転なのだろう。


 ――そう思って、僕はニコニコ笑顔を浮かべたまま休み時間を迎えて。


「ちょっ、やっ、駄目……あっ……! や、止めてくださっ……⁉」


 僕は痴漢されていた。 

 まさか女性に痴漢される日が来るとは思ってなかった。

 

「唯お姉様ァ! 質問ですわ! 今日何食べました⁉ 好きな本は⁉ 遊びに行くなら私と何処に行きますか⁉ 結婚式場⁉ はい喜んでェ!」


「いや、あの、ちょ、皆さん落ち着いてください……って! 誰ですかどさくさに紛れて僕のお尻を触った人は⁉ 痴漢ですよ痴漢! 止めてくださ……ひゃっ⁉」


 まさか、こんなところで電車の中でいつも年上の男性から痴漢されていたという経験が活かされるだなんて夢にも思わなかった。


 四方八方を僕に対して興味津々であるお嬢様に囲まれていても尚、僕はこのケダモノたちのドロドロとした視線で何となくどこを狙っているのかを察知することが出来る僕は何とか彼女たちの魔手に対抗出来ていた。


 とはいえ、流石に20人ぐらいの変態に囲まれた状況ではそんな経験が活かされる筈がなかった。


 僕が身体をよじらせて女子の魔の手から逃れようとすると、第2第3のセクハラが襲い掛かってくる。


 それすらも何とかして避けるけれども、流石に長続きする筈がない。


 たったの1度、魔の手が僕に触るのを許してしまうと、僕の身体は硬直し、その一瞬の隙をつくように、大量のセクハラが将棋倒しのように襲い掛かっては僕の身体を一方的に揉みしだく。


「んぅ……⁉ む、胸を触るの、やめっ……! んぁ……! 脚、撫でないで……! ひゃ……! うなじ、触らないで……! やぁ……ん……! そこ駄目……! 触っちゃ、駄目……!」


 不味い。


 何が不味いって、こうもべたべたと身体中を触られて僕は女装をしている男であるという点がバレてしまうという可能性がどんどん高くなってしまうというのが本当に不味い。


 しかも、僕は男である訳で!

 男である以上、下半身にアレがついている訳で!


 もしも、それがち上がってしまうものであるならば、本当に僕は社会的に死ぬしかないじゃないか――⁉


「いやぁ……やめてぇ……たすけてぇ……!」


 それでも僕は必死になって、下半身だけは触らせないように努力した。


 20人以上ものお嬢様相手に下半身だけを死守した代償と言うべきか、そこ以外の僕の身体は舐めつくされるように淑女どもの餌食になってしまい、休み時間が終わるまでの間、僕は下半身のアソコ以外の場所という場所を徹底的にセクハラされてしまったのであった。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━━




「逃げないでくださいまし! 逃げないでくださいまし! 本当に何もしませんから逃げないでくださいまし!」


「逃がすなァ……! 絶対に逃がすなァ……! 唯お姉様を、絶対にィ……! 逃がすなァ……!」


「匂いましてよ……! 唯お姉様から放たれるフェロモンの匂いがプンプン致しますわぁ……! ぐへへ……! 唯お姉様は匂いまでもがエッチで素敵なお姉様ですわぁ……!」


 世間一般で言う所の淑女であらせられるお嬢様たちに身体という身体を一方的に触られてしまった僕は朝のホームルームの休み時間の後に行われたクラスの席順を決めたりだとか委員会を決めたりする地獄のような時間を過ごし終えた後、理事長代理特権で手にした理事長室の鍵を用いて、安全圏であるその場所へ単身で足早に避難した。


 理事長室の扉を完全に閉め、僕は息を殺しながら理事長室に閉じこもっていたというのに、全然安全ではないのはどうした訳なのか。


(……ひぃ……! 怖い……! 怖いよぅ……⁉)


 声を出したら死ぬ。

 呼吸1つしただけでも普通に死ねる。

 何なら社会的に死んでしまう。

 こいつ男ですわー! って言われた挙句に僕と百合園家は滅ぶ。


 それが分かっているから、僕は声と呼吸を止めていた。


 因みにその間、茉奈は女子生徒たちの足止めをしている手筈となっている。


 というのも、僕が授業中に泣きそうな目で無言で訴えたら、その言葉なき言葉が伝わってくれたらしく、茉奈は僕が席を立ち上がるのと同時に僕に群がってきた女子生徒たちの足止めをしてくれたのであった。


 1秒ぐらいしか足止め出来ていなかったけれど。


「――――もう、大丈夫かな?」


 当然ながら、理事長室にずけずけと入り込んでくる生徒というのはまず存在しないし、彼女たちにこの鍵のかかった部屋を開ける手段もない。

 

 変態お嬢様たち総計20人ほどの気配が段々と遠ざかっていくのを肌で感じとってから、ようやく安堵のため息を吐き出した。


「はぁぁぁぁぁぁぅぅぅぁぁぁぁ~~~~っっっ……!」


 疲れるッッッ!!!

 すっごく疲れるッッッ!!!


「……もうやだ……ひきこもりたい……おうちかえりたい……」


 もしも、死人に会えるというならば僕は真っ先に祖父を呼んで、全力でグーで殴ってやろうと思うぐらい、僕は祖父を恨んでいた。


「か、顔と脚の筋肉が……なんか、もう……おかしい……」


 クラス委員決めの最中でも僕の背後やら真横やらありとあらゆる方向から女子生徒たちの好奇の視線に晒され続けた所為で、本当に油断も隙もありはしない。


 周囲に女装がバレない為にという名目もあるけれど、誰がどう見ても理事長代理に相応しいと思ってくれるような笑顔を仮面のように貼り付けていた所為もあった為か、僕の顔は笑顔の所為で筋肉痛を起こしていた。


 世の中の女性たちの愛想笑いってこんなに疲れるものなんだ、知りたくなかったなぁ、そんな事……!


「これを……あと……2年もするのか……僕……」


 当然と言えば当然かもしれないし、言語にすれば簡単そうに思えるけれども、それでも僕にとっては余りにも気が遠くなるような話でしかなかった。


「取り敢えず、周囲の反応から見ればバレてはいないようだけど……だけどさぁ……⁉ 僕は男なんだけど……⁉ それはそれで色々と複雑になるっていうか何と言いますか……⁉」


 いや別に僕が男だって気づいて欲しい訳ではない。

 

 実に難儀だ、僕の男心。


「あぁ……アイデンティティが……僕のアイデンティティが……もう……ボロボロ……僕、そんなに男に見えないのかなぁ……?」


 取り敢えずは下半身を死守できたものの……次という次に下半身のアレをうっかり触られたらどうしよう?


 今回は偶然にもこうして理事長室に逃げ込めただけでも幸運であり、その次もその強運が発動されるだなんて楽観的にとても思えやしなかったのであった。


 今後の身の振り方というものを茉奈と和奏姉さんと考えてみるのも必要なのかもしれないなと思いながら、理事長室に置かれていた姿見の鏡面を用いて、僕は女子生徒共にしわくちゃに乱れされてしまった制服を着直す。


「……っ」


 そうすれば、当然ながら女装をしている自分が当然写ってしまう訳で。

 

 銀髪に紅眼で、姉譲りの素晴らしい体型をしている自分の姿は誰がどう見ても男の子ではなくて女の子にしか見えなくて。


「……もしかして、僕って、かわ、いい……?」


 今日、僕は本格的で女子校の教室に足を踏み入れた訳なのだけど、そこにいた一般生徒よりも綺麗な女子生徒が自分の目の前の鏡に写っていた。


「……いやいや、一体何を考えているんだ僕……⁉」 


 色々と自分のアイデンティティを失いかけ、危ない思考に支配されかけそうになった僕は頭をぶんぶんと振り、偶々理事長の机の方にへと目を向け、それに意識を割けることにした。


「……相変わらず、随分と立派な机だなぁ」


 誰がどう見てもこの学園内で一番偉い人間の机であるという事を知らしめるかのような黒塗りの高級志向の机はまさしくお嬢様学園の運営者として相応しいなと思いながらも、僕は何も考えずにその机のすぐ傍まで近づいた。


 机の上には何やら重要そうな紙やら色々なものが無造作に置かれてはいるものの、基本的にはファイル等で管理されていたりと綺麗に整頓はされている。


 とはいえ、私立女学院の理事長代理の仕事は案外想像していたものよりかは楽で、ちょっと紙の内容を速読して、しかるべき対応をすればいいだけなので料理を作るよりかは簡単……だと言いたいところなのだけど、人間の人生が何個も関わってくる訳なので杜撰になんてとても出来ない。


 緊張感しかない仕事をやらされているなぁ、とそんな厭な実感を今更ながら覚えては後悔した僕はそのまま理事長室を後にしようとして……とある事を思い出した。


「……そう言えば、まだ目を通してない資料が1枚だけあったっけ……?」


 理事長代理でありながら学生である僕は業務の全てを朝の時間で終わらせることが出来なかったとしても、授業があるのであれば必然的にそちらの方を優先させなければならない。


 故にこそ、優先順位の高い仕事を朝のうちに終わらせ、資料の内容をチェックするだとかそういう仕事は昼休みの時間を利用して潰そうと考えていたけれども……折角こうして理事長室にまでやってきたのだから、内容に目を通すだけはやってもいいかもしれない。


 そう思い至った僕は理事長室に堂々と置かれている机の鍵を開けては、中からファイルを取り出し、目にしていなかった資料を閲覧しようとして。


「――な、な、な、なぁぁぁぁぁ⁉」


 そこに書かれてあった衝撃的な内容に度肝を抜かれてしまった。

 

 というのも、資料のタイトル名は至って単純で『身体測定の告知手続き並びに体操服の発行手続き』という内容が実に分かりやすいタイトルだったのだから。 


「……た、た、た、体操服ぅ⁉」


 いや、ちょっと待って!

 これは流石に不味いって!


 要するに、今後の女学園生活において、姿ってことじゃないか⁉


「ちょ、ちょっと待って。確か、前、無理矢理にここの体育祭を連れてこられた際に茉奈と和奏姉さんが着てた服って確か……、だったような……⁉」


 ブルマ。

 それは腰周りを覆う女子用の体操服の一種であり、特に太ももだとかを強調させる造りになっていて、近年の学校では余りに採用されない傾向にあったのだけど……ここは明治時代の頃から運営されている超がつくほど歴史のあるお嬢様学校である。


 当然ながら、そんな百合園女学園が古き良きブルマを採用しない訳がなかった。


 いや、確かにブルマを着用した女子生徒は大変に健康的なおかげで目のやりどころに困るけども、それでも僕個人としてはブルマを着用した女子は大好物ではあるけれども……それとこれとでは話が全くもって別なのである!


 下半身が調されるような! 

 そのブルマに!

 この男の僕が!

 着替える!


 

  

 そうなってしまえば僕の下半身のアレは一体どうなるというんだ⁉


「そんなの、勃起するなと言われても、無理に決まっているじゃないかぁ……⁉」


 男の僕がどういう因果か百合園女学院の体操服を袖を通す事になりそうだが、僕は変態ではない。


 繰り返し言う。

 僕は、変態じゃない。


 本当なんです。

 信じられないでしょうけれど、誰か信じてください。


「……このがっこうこわいよぉ、和奏姉さん……っ!」


 前門の変態、後門のブルマに襲われてしまった僕は気が気でなく、僕は現実から逃げるように理事長室の扉の鍵を開けて外に出る――。


















「フ。どうやらお困りのご様子ね、唯お姉様? 大丈夫? セックスする? ブルマ着てやりましょ? 保健体育の予習演習」


 理事長室の扉を開けた先には、先ほどの変態淑女が可愛く思えるぐらいの大変態にしてメス豚の最上級の先輩が敵なんて居やしないと言わんばかりの余裕たっぷりな笑みを浮かべながら佇んでいたのであった。

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