浮気したのね……? 私以外のメス豚と……? 

 それは数時間前の出来事の事。


「フ。私もこの女子寮を利用する事にする。だって、唯お姉様がいらっしゃるんだもの。妹である私も入るしか選択肢はない。それに私は前いた学校では品行方正で真面目で優秀で優等生にして模範生にして超絶美少女だった。迎え入れる学園側からしてみても断る理由なんてないでブヒもの……しまった、つい面白すぎてまた豚になってブヒってたブヒね」


 ブヒブヒ言いながら四つん這いになったメス豚先輩こと下冷泉霧香はそんな事を口にするや否や、茉奈を襲う――フリをして僕に襲いかかってきては僕の靴を舐めてきやがった。


 どうしようかな、この変態と思った矢先に彼女はあたかも自分が人間であったと言わんばかりに両足で立ち上がっては、パンツの中から入寮許可書を取り出しては百合園女学園の理事長代理である僕に提出してくれたのであった。


「――にゅ⁉ に、に、に……入寮許可書ォ⁉ え⁉ あ、あ、あ、義兄あね⁉ 拒否しましょ⁉ 絶対に受諾したら駄目です……というか、その紙、今どこから出しやがったんですかこの変態ィ⁉」


「フ。パンツ」


「なるほど、パンツ」


「あー。なるほど。パンツですか……で理解できるほど私は変態じゃないんですが⁉ どうして義兄あねは納得しやがっているんですかねぇ⁉ 頭が下冷泉霧香になりつつあるよ⁉ 正気に戻って! 今すぐ!」


 頭が下冷泉霧香になっている。

 それは人生で言われたくない言葉ランキングの中で堂々の3位ぐらいの罵詈雑言に値する悪口だった。


「いやでも、下冷泉先輩ならそれぐらいは余裕でやりかねないと思って」


「フ。唯お姉様が私の事を理解してくれて本当に嬉しい。次は私の身体の事を隅々まで余すことなく理解してくれると嬉しい! ついでに頭だけでなく苗字も下冷泉にならない⁉」


「あはは、黙ってくれませんかねこのメス豚先輩」


「ブヒィ!」


「……うわっ、もうすっかり調教済みですね。義妹いもうと、ちょっと義兄あねにヒきました……」


 あぁ、義妹よ。

 本当にドン引きするかのような目で僕を見ないでくれないだろうか。


「……で? 本当にアレを寮に入れるんですか?」


「フ。膣に入れてもいいわよ! これで私は百合園霧香ちゃんね!」


「メス豚先輩? 何で人の言葉を喋るんですか?」


「ブヒィ!」


「……随分と手慣れてきている義兄あねに動揺を隠せない私ですが、スルーしてあげますスルー。で、本当に入寮させるんですかアレ?」


「許可書を見るに正当な手続きはちゃんと済ませてあるみたいですし、邪険には出来ないでしょう」


「……懐が広いんですね、義兄あねは。私は死んでも嫌なんですけど。独裁者になれないタイプの善人ですね、悪人になりましょうよ悪人」


「フ。唯お姉様は懐はもちろんアナルも広いわね!」


「おいメス豚」


「ブヒィィィ!」




 ━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




 そして、今。


「フ。フフ。フフフのフ。今日知り合ったばかりの唯お姉様とこうしてお買い物ができるだなんて! しかも偶然にもばったりと! 運命ね! 結婚しましょう唯お姉様!」


「ん。春キャベツ、いいお値段」


「フ。無視。あらやだ嬉しい興奮する。唯お姉様はこの私と一緒にお出掛けデートをしているのだから興奮するわよね? してるわよね? 私は興奮している。なのにどうして私の身体よりも春キャベツの方をまじまじと見ているのかしら? ほら、あそこにこんにゃくと大根があるわよ。エロいわよね。ほらほら食材でエロい妄想をするなって怒ってもいいのよ? さぁ! 怒って! この薄汚いB87W57H88のメス豚は責任を取って僕と結婚しろって! 嬉しい! 喜んで結婚する!」


「……この春キャベツは芯の切り口が小さいからダメ……これは巻きがダメ……こっちは軽すぎでダメ……うん、これなら重さもいい……」


「フ。ガン無視。まさかこの私が野菜に負けるだなんて思わなかったわ。花より団子とはよく言ったものね。とはいえ、私の胸は中々に大きいサイズだと思うから団子要素もあるわね、私。花にして団子であるこの1000年に1人……いや、10000年に1人の美少女である下冷泉霧香を放置するだなんて……それでこそ唯お姉様! 痺れる! とってもゾクゾクする! 妊娠させたい! 妊娠して! デキ婚しましょデキ婚! そして愛の逃避行をしましょう! 一緒にボロアパートに住みましょう!」


「ごめんなさい。メス豚先輩よりも魅力的な春キャベツがあったものなので購入を検討していましたので先ほどから吐いている戯言は全部聞いていませんのでそのつもりで」


「フ。唯お姉様がやっと私に反応してくれて嬉しい! とはいえ理事長先生であらせられる唯お姉様のお手伝いをするのは寮生として当然! 好感度を稼いでそして結婚へ! 妊娠! 出産! 3P!」


「今の先輩はまだ区分的には寮生ではありません。いくら下冷泉先輩が優等生だからといって、いきなり寮に入寮出来るシステムにはなっていませんよ。先輩が寮生になるのは正確には1週間後です」


「フ。唯お姉様は頭が固いのね、素敵。まるで男性の生殖器……ごめんなさい、淑女の発言にしては少し下品だった。まるでカチカチになった男性のペニスのように素敵な頭をしているのね。舐めたくなる」 


「一体どういう頭をしていたらそんな発言が出来るんですか」


「フ。唯お姉様のことだけを考えている頭」


「湧いているんですか、頭」


「フ。褒めてくれてどうもありがとう。ほら、私が押してるカートに春キャベツを投げ込むといいわ。ところであのお豆腐、処女膜のような膜が張ってあって美味しそうね? 2人でぐちょぐちょになるまでつつきあいしない? 子作りしましょ子作り」


「豆腐ですか、いいですね。すまし汁用に買うとしましょう」


「フ。すまし汁とガン無視は嫌いじゃない。むしろ興奮する。ところですまし汁って語感が何か卑猥な感じがするのは何故なのかしら。アレかしら。澄ました顔で汁を下半身から――!」


 そんなこんなで今までの会話の内容から分かる通り、僕は今日の昼に遭遇してしまった下冷泉しもれいぜい霧香きりかと一緒に食料の買い出しをしに業務用スーパーにへと足を運んでいた。


 ……そんな訳があって堪るか。

 

 料理が出来ない和奏姉さんと茉奈に代わって、料理が出来る僕が偶々この業務スーパーで買い物をしにやって来たら、このメス豚はスーパーの入り口で待ち伏せしては「フ」という薄ら笑いを浮かべて近づいてくるや否や、いきなり僕の片腕にまるで恋人のように腕を絡みついてきたのである。


 下冷泉霧香は誰がどう見ても筋金入りのストーカーであった。


 因みに言うのであれば、彼女はかなりの巨乳だった。


 巨乳の間に挟まれた右腕で感じているこの感触はとても気持ちがよかった。


「……とはいえ、先輩が荷物持ちと送迎用の車の手配をしてくれて本当に助かりますが」


 よく人から意外だと言われるけれども、百合園の家では余りお手伝いさんを雇わないので、僕は世間一般で言うところのメイドさんとは余り馴染みが無かったりする。


 これも全て自分の事は自分でやれるようにするという百合園家のモットーがあるからという背景がある訳なので、その気になれば幾らでもお手伝いさんを雇うだけの財力はある。


 だがしかし、人の口には戸が立てられないとも言う。


 今の僕は女装をしているという致命的な弱点まで兼ね備えてしまっているのが現状である以上、余りそういう事情を知った金で雇われた人間を身近に置きたくないというのが実情であるのだが。


「フ。日本の旧華族である下冷泉家なのだからこれぐらいは当然。後で私の従者である葛城かつらぎに調査させた最安値のスーパーの情報なども後で共有させておくわね」


「……っ! それは普通に滅茶苦茶助かるから普通に悔しい……っ!」


 実際問題、買い出しというものは何回もしなくていいように出来るだけ多くの食材を買い貯める必要がある。

 

 理想を言えば、商品が安くなる時間帯で出来るだけ安い買い物が出来る最新情報を確保するのがベストなのだろうけれど、そんな事が出来るのは歴戦の主婦だけの特権であり、勉強する時間や学校に拘束されてしまいがちで新鮮な情報を収集するのが難しい学生ではとても真似出来ない芸当なのである。


 買い物が出来る日が限られている以上、一度の買い物で多くの食材を購入するのが理想と言えば理想。


 ……まぁ、そんな事は頭の中では分かっているのだが、それでも暇さえあれば最寄りのスーパーで何か安い根切り品がないかどうかを探してしまいがちなのだが。


 よく茉奈からは貧乏くさいと言われるのだけど、僕は茉奈とは違って生まれは一般家庭なのだから、そういうのが性に合って仕方がなかったりする。


「フ。お礼をもっと聞きたいところだけど、別にお礼は言わなくてもいい。唯お姉様たちが私が入寮したいというワガママを聞いたというのに私だけが何もしないっていうのは居心地が悪いもの。これぐらいはして当然だと思う」


「……え? ……うわっ……意外と常識があるんですね。気持ち悪っ……ではなく、びっくりですね。出来るのなら衆目のある環境で下ネタを言わないという常識も身につけて欲しかったものです」


 ここで言うワガママというのは、つい先ほど目の前にいる彼女が僕がお世話になる百合園女学園の女子寮に自分も入寮すると宣言した事だろう。


 おかげ様で僕の安息地である筈だった女子寮は一瞬にして彼女という異分子が発生し、誰もいないから女装をし続けなくても大丈夫だという安直な行動が取れなくなってしまったのだ。


「フ。当然、常識は持ち合わせているわ」


「何で息をするように嘘を言うんですか、このメス豚先輩」


「嘘じゃないわ。だって常識が分かっていないと非常識を演じられないでしょう? 逆もまたしかり。非常識が分かっているから常識が演じられる。万人共有のルールは要するに常識。人間は常日頃から常識を利用し、常識に寄生し、そうやって生きている生き物でしかない。だって常識は酷く便利なのだから」


「……すっごくまともな事を口にしていてびっくりですよ……」


「フ。いまいちよく分かっていない表情ね。そそる。唯お姉様にも分かりやすいように言えば、そうね、自分が通っている女学園に女装をした男子がいる可能性だってある訳だけど、それを考える人は普通にいる筈がない。だって、そうでしょう? 


「……う、わぁ。それは何とも分かりやすい説明ですね……?」


「フ。常識って怖いわね。もちろん、唯お姉様が理事長先生である以上、そんな非常識な事は絶対にないでしょうけれど」


「あ、あはは……」


「フ。フフ、フフフ……!」


 怖い。この人やっぱりすっごく怖い。

 当たらずとも遠からずと言うべきか、貴女のその例えはまるで正確そのものですよ、怖い。


 うん、彼女が僕の女装生活における最大最悪の難敵になるであろうという予見は見事に当たってましたよ、茉奈。


 とはいえ、動揺して自分の正体を露見させなかった自分を褒めてあげても良い気がしてきたので、ご褒美代わりにこのセール品でもある豚小間肉を購入する事にしよう。


 今日は現実逃避に春キャベツと豚小間肉をメインにした春特有の季節の夕食でも作ろうかなぁ。


「……フ⁉ ゆ、唯お姉様……⁉ 浮気するの……⁉ 私以外のメス豚と……⁉」


「食べるんですよ」


「性的に⁉」


「その綺麗な顔面にガムテープ貼り付けて黙らせてやってもいいんですよ」


「フ。束縛プレイ? 興奮してきた。はい、これマイガムテープ。使って」


「では遠慮なく」


「――え? えっ、唯お姉様が私の頬に手を添えっ……⁉ ちょ、ま、待って……! キス、だなんて、そんな、心の準備が、まだ、出来て、あ、え、あ、あ、あぁ……! これ絶対に性行んんんんんんんん~~~~~~ッ!」


 取り敢えず、ガムテープで口と両目に両腕に両足を縛ってみた。


 スーパーを利用するお客さんたちの目が僕たちに突き刺さっていた訳なのだけど、僕個人としてはこの変態メス豚下冷泉霧香のお世話をするので必死だった訳なのだから、そんなおかしなモノでも見るような目をするぐらいならこのメス豚の面倒を誰か見てやってください。

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