ボス部屋に保護者乱入で有名になった神様専用の配信者が、世界最強のランカーへと駆け上がる

沙羅双樹の花

第1話 プロローグ





「遂にボス部屋の目の前にやって来ました。え〜、沢山の視聴者様に見て頂いている中での初配信。初のダンジョン攻略。その最後の戦いとなります!どうだったでしょうか?これまで楽しんで頂けましたでしょうか?」


 重厚な扉の手前、駿河するが一輝かずきは、視聴者達へと語り掛ける。

 視界の端に浮かび上がるコメント欄には、膨大な文字列が次々に流れていく。


:早く行け

:あと少しで日本記録

:さっきのドラゴン、一撃だったのエグくね?

:これで初配信。凄すぎて草

:流石、大手。新人のレベルが違い過ぎ

:マジで三大大会優勝するって言うだけ有るわ


 如何にもコメント欄といった辛辣な言葉の数々。

さりとて、単なる誹謗中傷とは異なる温もりを感じる。

 一輝は、ふっと笑みをひらめかせ、細長い通路に一層張り切った声を響かせる。


「楽しんで頂けているようで何よりです。それでは最後の戦いに臨みたいと思います。」


 コメント欄を視界から消し、最後の戦いに集中出来る環境を整える。

 小さく緊張の息を吐き、両開きの扉へと手を掛けた。


 勢いをつけて、ぐっと押し込む。

 分厚い扉はギギギと床を擦り付ける音を奏でながら、ゆっくりと開かれ、ボス部屋への道を解放する。


 重厚な柱に囲まれた広々とした一室。

 その奥にある玉座には、金髪の戦乙女が鎮座している。

 背まで掛かる長髪を彩るオリーブの髪飾り。

 華やかな装飾の施された鎧を纏う靱やかな肢体。

 精悍と怜悧を兼ね備える端麗な美貌は静謐を湛え、双眸は固く閉じられている。

 はっと息を飲むほど美しい女性だ。


「来たか。」


 薄い唇が玲瓏な声を呟く。

 伏せられていた睫毛を持ち上げ、空を閉じ込めたような碧眼を外気に晒す。


 瞬間、玉座の間に緊張が走る。

 神聖にして不可侵。思わず膝を屈したくなるような威圧感が、女性から放たれる。


「う、嘘だろ・・・・・」


 一輝は茫然自失と立ち尽くした。


:おいおい、マジか!?

:この御方が来てしまったのか!?

:やば過ぎワロタ


 動揺の余り、邪魔にならないようにしていたコメント欄が、映り込むが、それさえ気にならない。


「ア、アテナ!?どうしてお前がここに!?」

「ふっ、私こそ貴様の初配信、最後の敵!さぁ、雌雄を決するぞ!一輝!」

「いや、そうじゃねぇぇぇ!!お前、支援者パトロンだろ!?何しに来やがったって言ってんだよ!!ボス気取りで戦おうとしてんじゃねぇ!!」


 腹の底から絶叫する。

 配信者ライバーの活動を支援する支援者パトロンといえど、記念配信などを除けば、滅多に配信に顔を出す事は無い。

 まして初配信で支援者パトロンが来たなんて前代未聞だった。


:まさかの保護者同伴で草

:草

:草

:一回耐えようとしたけど、端っこに片されてるリビングアーマーさん見て、流石に噴いた

:草


 コメント欄大盛り上がり。

 しかし、まったく嬉しくない。

 これで困った時は保護者ママを呼ぶとか噂立ったら、流石に泣く。

 アテナは、水を差された様子で鼻を鳴らし、細い顎で本来のボスであるリビングアーマーを指した。


「ふん、そこのガラクタに貴様の相手は務まらない。それに、き、貴様の初配信が大丈夫か、心配だったからな・・・・・」


 すっと目を逸らし、白皙の耳朶を赤らめるアテナ。


:可愛ええから、許す!

:目覚めました!チャンネル登録します!

:俺達の姫が雌の顔をしてるぅぅ!?

:そういう問題じゃねぇwww

:まぁ、ゆうてパトロンやし。金出してるからええやろ


 普段は、気が強く、知的で、誇り高い女性の恥じらう姿。殆ど敗北宣言に等しい告白だが、それでも言ってしまういじらしさ。

 コメント欄すら魅了する圧倒的な可愛さだ。

 これで一輝も溜飲が下がる──わけなかった。


「いや、許せるか!」


 光の鞭でひったくるようにアテナの身体を引き寄せ、目の前まで引き摺り出す。

 構図としては盗人に縄をかけた警察官に近い。

 すると、何故か、アテナは、期待の篭った眼差しで見上げてくる。


「くっ!なんたる辱めを!殺せ!」

「何言っちゃってんの!?お前!?」


 頼むからこれ以上、火に油を注ぐな。

 割と真剣に頭を抱える。


:アテナ様、まさかのくっ殺属性で草

:バレたら確実に殺されるけど、笑わずにいられない

:これは伝説になる!


 お祭り騒ぎが大好物なのは人も、神魔も変わりがない。

 とめどないコメントが、滝のように絶え間なく流れ続ける。


「折角、あと少しで日本記録とか盛り上がってたのに、完全にご破算なんだけど!?」

「むっ、三大大会三冠を目標に掲げる者が、たかが新人ダンジョンの日本記録ぐらいに拘るのは、感心しない。もっと上を目指すべきだ。」

「いや、なんで偉そうなんだよ!?」


 悪そびれもなく、説教してくるアテナに、渾身のツッコミを入れる。

 そして、荒々しい息を吐き出し、


「まぁ、良いけどさ。」


平静を取り戻す。

 元々、一輝は今回のダンジョン攻略記録に、さして重きを置いていなかった。

 何方かと言えば、演劇会の発表で親が異様にはしゃいでいるのを目の当たりにしたような気恥しさから来る反応だった。


:良いのかよww

:というか、口調変わってね?

:こいつも変人の予感


 コメント欄では言われたい放題だが、終わってしまった事に一々、文句を言っていても仕方が無い。

 気を取り直して、状況を纏めに入る。


「え〜、という訳で、最後の戦いは、パトロンとの口喧嘩という全く予想がつかない結果になりました。真に遺憾ですが、今回の配信はこれで終了になります。最後に、飛び入りゲストのアテナさん、言いたいことは有りますでしょうか?」

「リスナーの貴様らに警告しておく。もしも、一輝に個人的に連絡を取ろうとしたり、居場所を特定して接触したりすれば、私の持ちうる全能力を使って、貴様らを排除する。震えて眠れ。」

「という事で、パトロンとなる人はよく選びましょう!それではまた!」


 その一言を最後に配信は終了した。

 後日、この動画はSNSを中心に広く拡散され、保護者同伴のダンジョン攻略として、瞬く間に神魔の注目を集めた。





 推し活。

 それは、実在する人間、アニメや漫画のような創作物、人以外の物に至るまで、己が好きな『推し』を応援する活動の事を言う。

 聞いた事がある者も少なくないだろう。

 何せ、推し活は、今や日本の社会現象とも言われているのだから。


 だが、この推し活、実はやっているのは人間だけではない。


 西暦の始まる遥か昔から様々な英雄を推し、人類の繁栄に寄与してきた推し活道の最古参。

 人智を超えた奇跡を司る超越者。

 ──『神魔』達も推し活を行っていた。


 かつて、神や悪魔と呼ばれた彼等は、今では直接、地上には干渉せず、代わりに人間の文化を真似て、動画配信で『推し』の活躍を楽しむようになっていた。


 その『神魔』専用の動画配信プラットフォームが、《フリズスチャンネル》だ。


 ここでは、神魔に選ばれた『神仕者ライバー』のみが活動し、迷宮ダンジョン攻略や決闘バーサス盤上遊戯ボードゲーム、ゲーム配信など、スタイルに応じたエンターテインメントを提供している。


 神魔達は、某動画配信サービスのように、基本無料でそれ等のサービスを利用出来るが、グッズ購入だったり、スパチャなどには、神魔の司る奇跡が込められた『デーヴァコイン』が必要となる。


 『デーヴァコイン』は、《フリズスチャンネル》を運営する『プロメテウス機関』によって換金され、『神仕者ライバー』へと還元される仕組みになっている。

 この《フリズスチャンネル》で、一輝は、つい先日、配信者デビューしていた。


「物凄い反響だな。」


 一輝は、神魔専用のSNS《Z》でエゴサーチをしながら、唸るように言った。

 PCチェアに体重を預け、軽く伸びをする。

 すると、横合いからアテナが自慢げに胸を張る。


「当たり前だ。貴様は私の選んだ『神仕者ライバー』なのだからな。」

「いや、目立ってるの俺じゃなくて、お前。あのアテナが色にけたって書かれてるぞ。」

「何!?」


 こちらを押し退け、食い入るようにPCを凝視するアテナ。蒼の視線が左から右へと移動する毎に、端麗な美貌に険が寄っていく。

 まぁ、好き放題言われているのだから、当たり前だが。


「こやつら、余程、殺されたいらしいな・・・・・!」

「気持ちは分かるが、落ち着け。お前に喧嘩売るような馬鹿の相手を、お前がする必要性なんか無い。」


 怒る肩をポンポンと叩いて、宥めすかす。

 アテナは気位が高い。

 ここで止めておかないと、割と本気で呪いの1つや2つ、発信者に掛けかねない。

 というか、ネットの匿名性が女神相手に通じると思ってる馬鹿って本当にいるんだな。命知らずにも程が有るぞ。


「・・・・・それもそうだな。」


 その一言に溜飲を下げたのか、アテナはPCから手を離し、落ち着きを取り戻す。

 それに伴って憤怒の色もスっと消えていく。

 気位の高さが玉にきずだが、彼女は、人類など比較にもならない程の賢神だ。

 冷静になれば、怒りを長続きさせる事は滅多にない。


「まぁ、思わぬ結果になったけど、最終的には良かったんじゃないか?注目して貰ってるのも悪くないし。ただ、俺のやりたい事と求められている事が違う可能性があるのが、心配だけど。」

「それなら、不安にならずとも大丈夫だろう。初めから、プロ路線でやる、とプロフィールにも書いてある。」


 『神仕者ライバー』には、主に2つのスタイルがある。

 1つは、プロスポーツ選手のように、神魔の主催する大会に出場する選手として活躍するスタイル。

 所謂、プロ路線と呼ばれ、配信者というよりも、スター選手としての立ち位置に近い。


 もう1つは、エンタメ路線。

 自分なりのコンテンツを扱いつつ、好きなことでファンを集めるやり方だ。

 人間の配信者に近いのが、こちらとなる。


 勿論、両方を行っている者もいるが、大抵はどちらかに比重が偏っている。

 一輝は、前者寄りのプランを予定していた。


「それに、『神魔』は、強者を好む。トークが上手いとか、話が面白いとかは、二の次だ。実力さえ示せば、余程、無礼じゃない限り、ファンになって貰えるだろう。特にバトル系の配信をするなら尚の事な。」


 そう自信たっぷりに言い放った後、アテナは、何かに気付いたように動きを止める。

 そして、頭を抱えて、苦しみ始める。


「ぐぅぅ・・・・・しかし、そうなってしまうと、皆が一輝の魅力に気付いて、私だけの一輝が、私だけのものでなくなってしまう。一体、どうすれば・・・・・!?」

「知恵の女神が、その有様なら諦めるしかないだろ。」

「ぐぁぁぁぁ!」

「前言撤回、色惚けって言われる訳だ。」


 膝をついて懊悩するアテナに、溜息を一つ吐く。

 昔はこうじゃなかったのだがな、と遠い過去へと想いを馳せる。


「そんなに悩まなくても、お前は特別だよ。色んな意味で。」


 恥ずかしげもなく言う。

 本人も誤魔化しようが無いほどに、事実であるからだ。

 両親を持たない一輝にとって、アテナは、唯一無二の家族であり、夢の手助けをしてくれる恩人でもある。

 単にファンという枠組みから一線を画す存在なのは、疑いようがない。


「一輝・・・・・!」


 アテナは、感動したように目を輝かせて、こちらを見上げてくる。

 その視線に少し気恥ずかしくなった一輝は、今度は照れ隠しのように言う。


「はいはい、これから配信するから、暇なら実況やってくれ。戦神様の実況なら、目の肥えた神魔たちも満足だろ。」

「うむ、任せておけ。精一杯、布教する!」

「もっと他の言い方は無かったのか。」


 両拳を握りしめて、気炎を燃やすアテナ。

 呆れ半分、親しみ半分に苦笑する一輝。

 何れ世界中に雷名を轟かせる2人の歩みは、まだ始まったばかりだった。






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