陽まわり 〜できた日陰を掬って〜

皆月 惇

春が終わる前に


「桜が散るとさ——」


 そう言い始めた彼女の視線は、木々の枝でも前方でもなく足先を追いかけていた。


「春がもう終わっちゃったな、って思うよね」


 つい先日まではまだ粗い半纏模様だったアスファルトも、この道はもう一面の薄桃に茶系色が上塗りされている。


「そしたら、次の季節は何になるの」

「最近の暖かさはもう、初夏って感じじゃない?」


 春を早く忘れたいような、そんな言い方だった。枝に葉が揃い始めた頃に、そっと教えてくれたことを思い出す。

 この季節は美しいけれど、好きではない。変化について語りながら、思考の渦をゆっくり紐解きながら聞かせてくれた。誕生日はいつも葉桜、毎年新しい環境に置いていかれないように必死で、ピクニックのようなウキウキ感を覚えた記憶がない。嫌いという言葉はつかわない、そんな感性の彼女が好きだった。


「あのさ——」


 僕も新しい一歩を踏み出す。彼女の視線がようやくこちらと向き合った。瞳の奥には想像し難い苦労や困難が隠れていて、そこから助け出すことができるのは、自分ではないことを知っている。


「来週、いや明日にでもさ。“お出かけ”しようよ」


 ただ、美しさというのは、残酷さの裏に宿っているものだと信じていて。


「これはお出かけじゃないの?」

「これはいつもの散歩だよ。そうじゃなくてさ、ここではないどこかへ——もっと遠くへ」


 連れ出したいのだけど。最後の言葉を飲み込んだのは、ぱっと変わった彼女の表情にまた惹かれてしまったからだった。


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